45.妹の能力
「ベリアル。その言い方は不適切。元男と言うべき」
「そうですよ、失礼な。私の体は立派な女の子なんですから」
「ぐぬぬ……たまに男っぽい所作が出るであろうが……」
ああ、魔王の時の話だったか。今日で一番思考が停止したけど、よかったよかった。いや、別に何がよかったとかはないけど。男に膝枕されてちょっとドギマギしてたとか思いたくもないし。
そういえば、山で出会った時のお辞儀の仕方も少し妙だったもんな。女性のお辞儀と言えばカーテシーというのが異世界の通説だと思っているけど、あの時していたのは違うお辞儀の仕方だった。名前はわからないけど、カーテシーの男版だと考えれば自然なのか。
「転生して一番得したのって間違いなくあなたよね……」
「ええ!穢れなき乙女に絡みついても何も言われない、なんと素晴らしき生か!……わ、失礼しました」
「……ああ、ユニコーンの魔王だったっけ」
ユニコーンといえば、純潔な乙女を貴ぶことで有名な幻想生物。そんな生物の名前をつけられるくらいなのだから、まぁその反応も納得できないことはない。残念ながら、僕の妹の友達たちはやはりみんなどこかが抜けている人たちだったようだ。妹も含めてな。
そんな乙女を愛するユニコーンがどうして僕にあんな思わせぶりな態度をとるんだろう。男が近付くと怒り狂うみたいな逸話なかったっけ?
「少年、広い場所に当てはあるのかい?」
「あ、そうでした……どれくらいの広さが必要なんですかね?」
とは聞いたものの、あまり広い場所に当てはない。こんなとき、海琴さんみたいな別次元に行ける能力があれば便利なのに。当然敵対勢力なので、協力は得られないし頼むことすらできないだろう。
なんとなくスマホのメッセージアプリを確認すると、案の定通知が溜まっていた。ほとんどが奏さんのようだが、後で返信しておこう。暇なのかな?
「そうだね、みんながみんなパイモンみたいに姿を変えられるわけじゃないから……大きいのだと、この家より大きいからね。そうだ、君のお祖父さんが持つあの山なんかどうだい?」
「え……」
あの山、じいちゃんとさっちゃんが住んでいる家の裏山だ。
確かに広いし、人目にはつかないだろう。だが、ここから移動するのも中々遠いし、そもそもじいちゃんやさっちゃんを巻き込みたくない気持ちが強い。
万が一魔王がその場に現れたことが察知されれば、そこが戦場になってしまう可能性だってあるのだ。その余波から守り切れると断言することはできない。
パイモンさんたちを呼び出すこと自体がリスクになるのは勿論承知の上だけど、無関係な身内を命の危険に晒せるほど心は強くない。
「おお、いいではないか。兄上、我もその案に賛成なのだ」
「広さは十分だし、周りに誰もいませんもんね」
「ボク、行ったことない」
「バエル、私もよ。山を持っているって、どんな金持ちなのよ」
雪音は賛成だと言う。本当に考えているのか?
阿武堂さんも、周りにはじいちゃんたちがいる。何を言っているんだ。
「ああ、少年。お祖父さんと、桜子さんの心配をしているのかい?」
「はい……え、アレさん、知り合いなんですか?」
アレさんの口からさっちゃんの名前が飛び出す。
じいちゃんならまだわかる。父さんの父親なのだから、コンタクトをとっていてもおかしくはない。
だけど、さっちゃんは僕のいとこ。いとこの事まで把握しているのは何か理由があるのだろうか。
「ああ。ヨルの家族だし、なにより……いや、まぁ大丈夫さ。行ったらわかる」
「?わかりました。でも、どうやって向かうんですか?」
「それについては、ベリアル。頼めるかい?」
言葉を濁すアレさん。じいちゃんたちの知り合いで、そのうえで大丈夫だと言うのであれば信頼していいのだろうか?もしかしてじいちゃんも元魔王?そんなわけないか。
魔王をよく知るアレさんが大丈夫だと言うのなら……。もしもの時は全力でじいちゃんの家の方に被害が行かないよう守らなければ。
アレさんが声を掛けると、雪音はコクリと頷いた。
「よかろうなのだ。兄上よ、少し離れるのだ」
「わかった」
雪音はテレビが置いてある方向に向くと、両手を前に突き出す。
何かを召喚しそうな恰好のまま、雪音は日本語ではない言葉を発し始めた。以前の僕であれば意味の分からなかったであろう言語。異世界語だろう。雪音は今、魔法を使おうとしているのだ。
魔王としての力を失った状態でも、魔法は使えるのか。と思ったけど、朝僕がしでかしたことを魔法を使ったと言っていたし、元魔王が魔法を使うのはおかしくないことか。
「『堕天の権能をここに行使する。我求むは我を根源とする一振りの剣。我が半身にして無価値なるものの名を冠する神器よ、ここに来たれ』」
「おー……」
感嘆のあまり、思わず声が出てしまった。
雪音が突き出した手の前に光の粒が現れたかと思えば、光は横に長く広がっていく。光の粒の密度が高くなり、徐々に形を変え、ついに光が弾ける。
最後にその手が握っていたのは、一振りの両刃剣であった。漆黒の刀身。全体的に黒を基調としたもので、飾りのようなものは見られず、ただただ剣と言う道具を全うするためだけに存在する、武骨な剣。
雪音が扱うには丁度良さそうな長さだが、剣としては少し小ぶりなように感じた。本物の剣を見たことなんてないから、あくまで想像だけど。
「なんだか……小さくなったかしら?」
「ちっさぁ」
「バエル、煽るのはやめるのだ。この剣は我の半身故、我が小さくなればその分小さくなるのも仕方なかろう」
「ざぁこ」
「うるさいのだ」
ティナが何故かメスガキみたいなことを言っているが、正直僕は感動した。
この歳になるまで雪音が厨二病から抜け出せないのを微笑ましく見ていたけど、異世界の言語で魔法を使っているのだ。異界から武器を召喚なんて、男なら誰でも夢見る。真っ黒でカッコいいし。
「あ、兄上よ。パイモンと契約して異世界の言葉もわかっておろうが、今の詠唱をしても我と同じことはできぬぞ」
「え、なんで?」
パイモンさんは魔法を教えてやる、なんて言っていたから、てっきり僕にも同じことができると思ったのに。
「そも、魔法と言うのは元来魔王の力を制御するための言霊に過ぎぬのだ。人の身でも使える魔法というのはあるが、我はそれを知らぬ。滅ぼされた故、使える者もおらぬはず」
「でも、パイモンさんは教えてやるなんて言っていたけど」
「ふむ。それはパイモンの力を使うための魔法なのだ。詠唱はパイモンに聞くと良い。変身もパイモンの能力のひとつ故、兄上でも使えるであろう」
おお、それを聞くとちょっと使いたくなるかも。
魔法だなんて聞いて、形態化されたものだとばかり思っていたけど、魔王の力を使うためのものだったんだな。
あれ、異世界の言語とか言ってたけど、具体的にどこの世界の言語なんだろう?『底の世界』なんだとしたら、その前に魔王が存在した世界で力が使えたのはおかしいことにならないか?
いや、違うか。制御するための言霊、なんて言っているから、『底の世界』に行ってから身に着けたものなのだろう。だとすれば、その魔法という形で制御できるようにしたのは……。
うん、なんだかまた鼻血を出すはめになりそうなので、ここらで考えるのはやめよう。どうせアレさん絡みだ。
「さて、では移動するぞ……そいっ」
軽い掛け声とともに、雪音はその手に持った剣を中空に向かって斜めに振り下ろす。
その剣が通った軌跡は、まるで布を切り裂いたかのように空間に穴を開けている。
切り裂かれてできた、空間に浮かぶ裂け目。まるで海琴さんが使う能力のようだが、丸くないし、向こう側が見えていることが大きく異なる。
穴の向こうには、暗い屋外が見えた。正直山なんてどこも景色が変わらないので断言できないが、多分じいちゃんの家の裏にある山だと思う。
「ワハハ、どうだ兄上!これが我に残された能力、手にした剣でなんでも切り裂ける能力なのだ!」
「え、何を斬ったの?これは」
どう見ても空間系の能力だと思ったけど、思ったより脳筋な能力を持っていた。なんでも切り裂けるって、随分と物騒で攻撃的である。
「うむ!『移動に要する距離と時間』の概念を空間ごと切り裂いて、目的地まで繋げたのだ。空間を斬らない場合は我だけ移動してしまうのでな、応用なのだ!」
「ちなみにベリアルはこの能力で、『全て』を切り裂いて元の世界を滅ぼしたのよ」
「ブネ!!!!!!!!!!!」
ぶっ壊れ能力じゃないか。
世界を滅ぼした能力がそのまま残っているってどうなの?逆に何を失ったんだか。




