44.取り返しのつかない選択
「というか多分、それが一番イージーだ」
「ちょっと待つのだ」
何故かテンションが上がったようにアニメのセリフを引用するアレさんに対して、雪音からストップがかかった。普段雪音が何かしらのアニメのセリフを引用してもわからない僕だが、先ほどのはさすがにわかった。
アレグリで働く際の契約書にサインした時も思ったけど、やっぱりアレさんって割とオタク趣味あるんだな。
「非魔王は嫌いかい?雪音くん」
「ボンバイエやめるのだ」
「全然関係ない話していたのに、言えると思ったタイミングでここぞとばかりにアニメのセリフを引用するのって、気持ち悪いオタクそのものですよね」
「同感ね」
「悲報ボク、アニメ見ないから何の話かわからない」
「「……」」
今回雪音はアニメのセリフを引用した会話に乗っていなかったが、阿武堂さんの辛口な言葉に何か刺さるところがあったのか、アレさんと一緒に押し黙ってしまった。ティナもちょっとオタクっぽいこと言った気がするけど、気のせい?
阿武堂さん、アレさんは意外と繊細みたいだから、もう少し手心ってものを……。
「そ、そうではなくての。グリモワールよ、バエルの案は流石にデメリットが大きすぎるのではないかの」
「……ワタシは、あの子たちが全員消滅してしまうより、よっぽどいい案だと思うね。ヨルと対話する時間さえ稼げれば、魔王側としては敵対するつもりがないことを話せるつもりだ。赤誠だって、魔王本来の能力を持ったまま連れて来れば相手にすらならない。それに、少年の能力でこの場に呼び出せるなら、探し出す手間もないしね」
「だがの、下手を打てばこの世界でかつてない規模の争いが起こるのだぞ?今こちらの世界に来ておる元魔王の面々で、赤誠とまともに戦えるような者は少ない。『底の世界』から連れてきた者どもが戦えても、その余波で死んでしまう可能性もあるのだ。魔王の仲間だと連れていかれ人質になる可能性だってある」
「私もベリアルに同感です。……なにより私たちは、この世界で人として平和に暮らすって決めたじゃないですか」
「でも、連れてこなければパイモンたちは確実に死ぬ。ボクだって平和に過ごしたいけど、全てを手に入れるのは無理。友達を助けるために、覚悟を決めるべき」
「あなたたちね……。まず、お兄さんの意思が優先でしょ。実際に能力を使うのはお兄さんなのだし、何より組織に入ったばかりで立場もあるのよ」
羽生さんは、目先のことに囚われず僕を慮った言葉を発してくれた。知識を披露したい欲求が強いだけで、やはり根は良い子なのだろう。
僕としては、確かにこの世界に魔王を呼び寄せるのはマズいと思っている。パイモンさんと契約した時点でいつかはこの世界に呼び出す予定ではあったが、ティナの案を採用するということは、パイモンさんだけではなく残っている全ての魔王をこの世界で生活させることを意味するのだ。
だが、それは同時に赤誠との明確な敵対を意味する。敵対するにしても、今更僕の命の心配はしていない。羽生さんの言う通りなら、パイモンさんと契約している限り僕は割といつでも県単位で焦土にできる能力を持っており、同時にその威力を抑え込める力がある。
そのうえ時も止められるのだから、僕自身が狙われても早々即死することはないはずだ。
そもそも、魔王を全員連れて来ればこの世界に魔物が送られてくることがなくなる。そのうえで、魔王が世界を脅かさないのであれば、赤誠としても僕たちを狙う理由がなくなるはずなのだ。
その点をしっかりと赤誠に話すことができ、間に立てるのは……。
もう、覚悟を決めるしかなかった。
これ以上父さんに、雪音の友達を殺してほしくない。
話を聞いただけの人間でしかないけど、僕にできることなのであれば。
僕にしかできないことなのであれば。
「……パイモンさんを呼びましょう」
それが取り返しのつかない選択だとしても、僕はみんなを助けたい。
「パイモンよ、随分と可愛らしい姿になってしまったの……ング……」
「ク、クフフ……」
「え、待ってください。これ本当にパイモンなんですか?なんの力も感じないんですけど……」
「もしかして向こうでもう死んだ?転生失敗した?」
「ちょっと、誰か琥珀麻呂を連れてきて頂戴。多分言葉は通じないわ」
【悪魔召喚】でパイモンさんを指定し能力を行使すると、家のリビングに似つかわしくない物々しい雰囲気の豪奢な扉が現出する。しかしながら、その豪奢な扉から現れたのは、以前とは似ても似つかぬ姿となったパイモンさんであった。
「貴様ら……久方ぶりの再会だと言うのに、あまりにも酷い物言いであるぞ」
「ググッフ……」
あ、アレさんが堪えきれなかった。
まさかその姿のまま、厳かな声で喋り出すとは思わなかったのだろう。あまりのシュールさに、笑い声はあげないものの皆視線を逸らす。
「あの、パイモンさん……その姿は……?」
「む?ヨツグが言ったのであろう。次は目立たぬ姿にせよと。故に、この姿である。力の漏出も抑えられる、完璧な変化であろう?」
「確かに言いましたけど……なんで猫なんですか……?目立たない人間姿とかでも良かったんじゃ……」
そう。パイモンさんはなんと、白猫の姿で登場したのだ。
アレさんも余裕で通れそうな大きさの扉から、小さな白猫がトコトコと出てくるのを見て、流石に思考停止した。いつから【悪魔召喚】は【猫召喚】に変わったのだと。
喋ってみたらその声は確実にパイモンさんだし、契約をしているからか目の前にいるその猫がパイモンさんであることを疑うことはないのだが、あまりにもシュールすぎた。
「何を言う、この姿が一番かわいいであろう」
あ、猫好きなんだ。意外。
先ほどまでの真面目な話をしていた空気も弛緩してしまったが、これから真面目な話をしなければならない。
パイモンさんを真っすぐに見て、先ほどまで話していた内容をちゃんと共有しよう。
あ、手をなめて顔を洗い出した。
「ふむ……奴がまた現れたのは、我の責であったか……」
「まぁ、仕方ないと思います。偶然出会った使える能力者が勇者の子だなんて、普通思いませんから」
あまりにも猫然とした仕草に思わず笑ってしまったので、仕切り直してちゃんと経緯を説明した。
細かいことは端折って、この世界に他の魔王も連れてこれるかという提案である。
パイモンさんは突然勇者が現れたことを疑問視していたが、納得したというような雰囲気であった。顔色は相変わらずわからないが、少し申し訳なさそうだ。
「断る理由などなかろう。奴に対抗できる魔王など存在しないのだ。すぐに皆を連れてくる故、待っていてほしい……が、ここでは流石に入りきらぬ。広い場所だけ確保してもらえぬか?」
「……わかりました」
「うむ、では我は一度戻るとする。準備ができたら連絡する故な」
あまり猶予はないようで、パイモンさんはすぐに扉の奥へと戻っていった。
猫に真面目な話をして、猫が真面目な話を返してくるシュールな光景であった。
「雪音、阿武堂さん。ごめんね、勝手に決めて」
「いや……謝るでないぞ、兄上よ」
「そうです。再会してみて、やっぱり私たちは揃ってそこに居たいと思えました。それに……」
阿武堂さんは一拍空けながら、僕に近付く。そのまま僕の手を握り、上目遣いをしてきた。
「私たちのこと、守ってくれますよね?」
「うわっ、キツいよアムドゥスキアス」
「うーわ、うわうわうわ」
「離れるのだ!!」
あざとさで僕を落としに来た阿武堂さんは、どうやら仲間内には非常に不評であったようだ。
別に妹の友達に色目を使われても何も思わない。膝枕されてもだ。どれだけ美少女でも、さすがに犯罪臭がするその姿に本気にはなれない。
「兄上、騙されるでないぞ。こやつ、男じゃぞ」
「え?」
え?
……え?




