40.答え合わせ
「それって、どういう」
アレさんのあまりの発言に、思わず言葉が詰まってしまう。
僕の中には、家族としての思い出が残っている。最近は仕事の関係で会えていないけど、ドッキリを掛けるのが好きで、家族愛の強い良い父親だ。茶目っ気もあるし、イケメンで、自慢の父親。
そんな風に貶される謂れはない。
「言葉通りの意味だよ。君の父親には、おおよそ平和的な概念がない。自身の目的のため、その力を使い万人の命を奪うことを厭わない化け物だ」
「それって、言いすぎじゃ」
「魔王は、その半数を『勇者』に殺され、一部はその存在ごと消滅させられた」
思わず、言葉が詰まる。
それもそうだ。パイモンさん曰く、盟友は不遜な輩に倒され転生したと。
アレさんがさっき話した少女、ティナも、前世が魔王であったここにいるみんなも。
僕の父親が、『勇者』として殺した。だからここにいる。
雪音の顔色を窺おうとしたが、俯いたその顔は髪に隠れて見ることができなかった。
「そ、れは……人間が、召喚した人たちが命令したとか……」
「魔王を殺したのはそうかもね。だけど『勇者』はその後に、妻以外の全て人間を滅ぼしている」
もう、それ以上言葉を発することはできなくなった。
嘘だと思いたい。そんなの、嘘だって、叫びたかった。
だけど、【虚偽感知】がそれを許してくれない。アレさんが真剣な瞳で話すその内容は、全て真実なのだと。
「『勇者』の妻……君の母親も、『底の世界』の人間でね、人間が治める国の、王女だった」
「『勇者』は、王女に恋をした」
「力を手に入れた後の『勇者』は、王女のための世界を作ろうと考えた。だから魔王を半分に減らした。倒せない厄介な魔王は、その存在を最初からなかったことにされた」
「『勇者』が魔王を倒せるとわかった人類の国は、愚かにも王女を人質にとった」
「愛しい王女との平穏のためには、全ての魔王を討滅し、人間の世界を取り戻せ、とね」
「だから、人類を滅ぼした。だけど、そんなことをする『勇者』を王女は認めなかった。そして」
「王女の人生すらも書き換えて、身も心も自分のものとした」
もう、やめてほしい。
父は人の心がなく、母は人格を改竄され、妹はそんな非道の父に殺された異世界の元魔王だと。
一般的で、幸せな人生を歩んでいると思っていた。最近は色んなことが起こるけど、それでも家族との平穏を守ろうと思えた。
だけど、今は何を信じればいいのかわからない。悍ましいその現実が、僕の両肩に重く圧し掛かる。
雪音は、雪音だけは。その魂が魔王のものだとしても、僕を家族として愛してくれていると信じてもいいのだろうか。
彼女は相変わらずうつむいたままで、その表情を見ることはできない。
「追い込むようで申し訳ないが、少年。君にも覚えがあるはずだ」
「……いったい、なにがですか」
もう、薄々わかっている。
だから、言葉にしないでほしい。
「魔王としての名乗りを上げる妹、蜘蛛を飼いならす友達に、賢すぎる鼠。猫又の琥珀麻呂とも出会っているし、超常の出来事が幾つもあったはず」
「そして昨日、君は倒れた」
「妹と二人で住んでいる、なんておかしなことを言ってね」
「だって、事実父さんも母さんも、家にはいなくて……」
「そうだね、今のこの世界ではそういうことになっている。でもまぁ、大切にしていた息子を随分強引に書き換えたものだ」
「少年。君も、君の人生をヨルによって書き換えられている。ヨルの、『勇者』として手に入れた尋常ではない能力によって、ね」
「人生を……書き換えて……?」
「ああ、少年。君の人生は偽物ではないよ。君の記憶も本物なんだ。ただ、今までは非現実を疑わない程度に改変していたのに、急に強引に書き換えたから辻褄が合わなくなって、そのしわ寄せで君と言う存在が崩れかけていた」
「ワタシも君が倒れた時、流石に諦めてたんだけどね。どうして生きてるのかと思ったら、まさかパイモンと契約していたとはね。不幸中の幸い……いや、そもそもそれが原因なんだろうけど」
「と、それは後で。ヨルの能力が気になるだろう?」
「はい」
真っすぐにアレさんの目を見つめる。
父さんがどんなことを考えて、僕に何をしたのか知る必要がある。
そして、ちゃんと父さんと話をしたい。父さんの能力が分からないと、僕も対策できない。
家族としての愛情に、嘘はなかったのか。
そして、家族4人また笑顔で暮らせるのか。
父さんと母さんから直接話を聞かなければ、僕には判断できない。いや、判断したくない。
だからこそ、毎日手に入るガチャの能力や、契約しているパイモンさんの能力。それに、異世界の元魔王たちの協力が必要になっていくだろう。
「そうだよね。まぁ、知ったところでどうにかできるものでもないし、ここで話した内容もいずれ全て無かったことにされるかもしれない。だからこそ話しておこう」
「ヨルの能力、それは……」
「思ったままに世界を書き換える、強力な現実改変能力だ」
「現実、改変……」
なんだそれは。
すべてが自分の思うままなんて、文字通りの全能じゃないか。
そんな能力を持っているんだったら、世界を滅ぼす魔王を倒せるのも、自分で世界を滅ぼせるのも納得できる。だけど、それを実際に使うかどうかは別だ。
いや……むしろ、常人が急に全能になったからこそ、おかしくなってしまったのではないか?
父さんも、最初から非道だったはずがない。きっと、手に入れた力が大きすぎて、おかしくなってしまったんだ。
そうに違いない。そうだと信じたい。だけど、もしそうだったとして、これからの人生でそれがなかったことになるとは思えない。
ふと、少し疑問が生じた。
「そういえばアレさんは、僕が両親は家に居ないと言った時におかしいと言いましたよね?」
「ああ、言ったね」
「現実が書き換えられていて、僕の記憶が本物だっていうなら、最初から両親は家に居なかったのが今の現実なんですよね」
「ああ」
「では、どうしてアレさんは家に居ないと言ったことを、おかしいと認識できたんですか?」
ふむ、と顎に手を当てて考えるアレさん。
家に両親がいないのがおかしいと思うなら、両親が家に居るという、書き換えられる前の現実をアレさんは認識していることになる。
僕だって、自分の認識している現実がおかしいことはわかっている。そもそも僕にアレさんを紹介したのも、家に置いてあったワックスだって、うまく思い出せない歪な記憶なんだ。
『最初から両親は家にいなかった』という現実に書き換えて、僕の記憶もそれに伴って置き換わっている部分もある。
毎日昼に食べていたはずの稲荷寿司の味がおかしく感じたのも、実際には僕は毎日稲荷寿司を食べていなかったからではないだろうか?本当は母さんが弁当を作ってくれていたとか、そんな現実があったんじゃないだろうか?
ズキズキと、頭が痛む。だけど、耐えられないほどじゃない。どれだけ頭が痛んでも、明らかにしておきたい。本当の現実はなんなのか。
アレさんが言ったように、パイモンさんと契約しているおかげで自分を保っていられるのだろう。
「ふぅん、少年。意外と鋭いし、思ったより状況把握が適切だ。そこのところはやっぱり血筋なんだろうね。そうだよ、少年の言う通り、ワタシは書き換えられる前の現実を認識している。と、いうよりも……書き換えられた後の現実を認識できないと言った方が正しいかな?」
「……?」
「簡潔に言っちゃうと、ヨルが改変する現実の中にワタシはいない。だから、ワタシ自身は現実改変の影響を受けないし、改変されてもそれに気付けない」
「改変する現実の中にいない……?」
なんだろう、カードゲームとかでいう、「このカードは相手の効果の対象にならない」みたいな能力でも持っているのだろうか?にしては、少し含みのある言い方のように感じる。
更に追及しようとしたところで、羽生さんが言葉を発した。
「グリモワール、その辺にしないと彼、本当に死ぬわよ」




