39.語られる過去
「とは言っても、何から説明すればいいか……そうだね、この子たちが元々存在した世界についてまず話そうか」
アレさんは、勿体ぶった様子で手を叩く。
パイモンさんが言うには、不遜な輩とやらが魔王を倒し、その倒された魔王がこちらに転生したらしい。魔王の転生前の世界の話をしてくれるのだろう。
「こことは違う世界。そこは、ありとあらゆる神から見放された、緩やかに消滅していくのが確定した世界」
「もちろん、たくさんの生命が存在する。人間もいるし、この世界ほどとはいかなくても文明を築いている。動物だってこの世界と変わらないくらい存在した。けど、この世界とは大きく違う部分があった」
「それが、魔王の存在だ」
アレさんは、言葉を区切りこの場に居る元魔王達を指し示す。
話題に上がった元魔王達の面々は、少し気まずそうに目線を逸らした。
僕は何も言わず話を聞き続ける。
「ワタシは……その世界のことを『底の世界』と呼んでいる」
「この『底の世界』には、本来魔王どころか魔物なんてのも存在してなくて、今ワタシたちがいるこの世界と同じような生命体系をしていたんだ。けど、魔王が現れ始めた」
「本来の生命体系から逸脱した、強力無比な能力を持つ生命体。それが魔王。だけど、『底の世界』に自然に生まれた訳じゃないんだよね」
そう言いながら、アレさんはティナの頭を撫でる。
その手に蜘蛛を持ったまま、ティナは僕の目を見てきた。
「ティナ・バエル、蜘蛛の魔王。それはこの子が『底の世界』に来てからワタシが名付けた名前なんだ。この子は、蜘蛛を操り、蜘蛛を繁殖させ、更に自分の配下として強化する能力を持っている。そして、操っているすべての蜘蛛の能力が自分にフィードバックされる」
「『底の世界』に送られる前は、別の世界で人攫いに捕まって、奴隷にされた可哀そうな少女だった。少女は昔から蜘蛛が好きで、蜘蛛を意のままに操れることを知っていた。だけど、奴隷になってからのあまりの待遇に世界を呪った」
「近くの蜘蛛を操った。蜘蛛を繁殖させた。繁殖力も強化して、あっという間に無数の蜘蛛の軍団を作り上げた」
「少女は、その力で奴隷の立場から脱却した。だけど、そこでは終わらない。生まれ、増え、地に満ちる蜘蛛の数は留まることを知らず」
「たった2日で、星の表面に存在する他の生命体は全て消え、蜘蛛と少女だけになった。世界の尽くを滅ぼし尽くした少女は、最後に己の配下に己の肉体を食わせ、死することを選んだ」
伏し目がちに、そして愛おしそうに、少女について語るアレさん。
今でこそ飄々としているティナに、そんな過去があったなんて。
ティナは、まるで母を求める少女のように、無表情ながらもどこか嬉しそうにアレさんの手を受け入れていた。
「だけど、世界を滅ぼした少女の魂は、知らないうちに生命体としての範疇を超えていた。ひとつの世界の『王』たる器として、存在の消滅が許されないその肉体は世界に再構築される。滅ぼし終わった世界でも、他の世界でもなく、別世界の不純物全てが沈殿して澱む世界、『底の世界』にね」
「この子のは一例だけど、他の子たちも大体そう。元居た世界を滅ぼして、それで『底の世界』に再構築される生命たちを、総称して魔王と呼んでいる」
……。
俄かには信じられないが、【虚偽感知】に反応はない。それに、雪音や雪音の友達の反応からしても、これは真実なのだろう。今嘘を吐く理由がない。
ティナも、阿武堂さんも、羽生さんも。そして、雪音も。
一度世界を滅ぼした、世界を滅ぼせるほどの力を持った魔王だったなんて……。
「そんな、かつて己の世界を滅ぼした魔王が蔓延る『底の世界』。少年、君はどんな世界だと思う?」
「……混沌とした世界なんじゃないかなと、思います」
目の前に実例が居るのであまり言いたくはないが、世界を滅ぼしたことがある存在が複数そこに居て、世界が無事に済むとは到底思えない。滅ぶとまでは行かなくても、世界の大半は闇に包まれているような世界を思い浮かべた。
「クク、不正解だ。平和だったよ、信じられないほどにね」
しかしながら、アレさんの回答は僕の想像を一蹴した。
「元々不遇な境遇で世界を呪ったり、手にした力が制御を外れたり、試しにやったことが裏目に出たり。ちゃんと力を制御できて、不遇な環境に置かれなければ、その力の持ち主は案外マトモな子ばっかりなんだ」
「今のこの子たちを見て、君は快楽目的で世界を壊すような性格をしているように思えたかい?」
「思わないです」
……確かに、そうだ。
今までは厨二病なだけだと思っていた雪音の言動も、魔王としての尊大な態度だと考えれば普通だし、家族思いのいい子だ。阿武堂さんも物腰は柔らかいし、羽生さんも淑女としてどこに出しても恥ずかしくなさそうである。ティナは……ちょっと怪しいが、悪い子ではない。きっと、奴隷時代にされたことで人格形成が若干歪んでいるのだろう。
パイモンさんだって、この世界で破壊や殺人をしないという契約をしてくれた。
赤誠の覚醒者たちも、この社会を守るために戦っている。異世界の魔物も、自分たちの仲間を探すためこの世界に送られている。お互いが歩み寄っていけば、争うことなく平和的に解決することもできるのではないだろうか?
ふと、黒スライムが問答無用で攻撃してきたことを思い出した。あんな風に攻撃を仕掛けているから、戦いになるんじゃないか?それとも、本能的な何かなのだろうか。
「そう言ってもらえて嬉しいよ。まぁ、そういう訳でワタシたちは平和に過ごしていたんだ。魔王同士、持ちつ持たれつ均衡を保って、酷い衝突もなく笑顔で暮らせる日々が続いていたんだ」
「だけど、ある日均衡は破られた。人間が、『勇者』と呼ばれる存在を召喚した」
「『勇者』は、最初は弱かった。人間にしては強いけど、世界を滅ぼすことができる魔王からすれば塵芥に等しい脆弱な存在。事実、ワタシが直接赴いて話しかけた時は酷く怯えていたしね」
どこかで聞いた話だ。
勇者、阿武堂さんが口を滑らせた、勇者の子という言葉を思い出す。今はこの家に居ない姫宮家の主、姫宮夜久。僕の父親が、もしかしてその勇者とやらなのだろうか?
「もしかして……その勇者って」
「おや、気付いた?そう、多分君の考えている通り、姫宮夜久……君の父親は異世界で勇者だったんだ。今の君なら、色々と思い出して点と点が繋がるんじゃないかな」
やはりそうか。アレさんの言う通り、色々と繋がった。
勇者の子発言もそうだし、アレさんと初めて出会った時に聞いた「殺されるんじゃないかってくらい怯えていた」という発言。琥珀麻呂さんが僕の父親に怒られることを恐れていたこと。ヒメミヤの血という言葉。
逆に、どうして今まで気付けなかったのか。誰かに頭の中でも弄られていたのか?
「魔王があまりにも強くて、人間は存在を許されているだけに過ぎない状況だった。別にどの魔王も人間を滅ぼそうだなんて考えていなかったし、人間の築いた文明から得られる食料や技術っていうのは魔王にとってもありがたいものだったからね。無くなったら無くなったで別にいいけど、あるなら使うくらいの情はあった」
「けど、人間はそんな状況が嫌だったんだろうね。異世界から、魔王に対抗できる可能性を持った『勇者』を召喚したんだ。即戦力ではなかった『勇者』に、人間はがっかりしたみたいだけどね」
「ただ、ワタシとしては魔王以外に『底の世界』へやってくる存在が気になったから、一旦会ってみたんだ。まぁ、放っておいても大丈夫だろうって見逃したけど、それが間違いだった。ごめんね、君に言うのは本当に申し訳ないけど、そこで『勇者』……ヨルを殺しておくべきだった」
無くなったら無くなったでいい、という言葉に、少し恐怖を覚えた。圧倒的な上位者となった魔王達にとって、人間の存在は「どうでもいい」ものだったんだろう。
さっきは分かり合えるかも?だなんて思ったけど、思い上がりだったかもしれない。仲間以外が「どうでもいい」魔王達がこの世界に来たら、下手すると全て滅ぼしたあとに『底の世界』に帰っていくかもしれない。パイモンさんと契約してよかったかもしれないな。
そんな状況とはいえ、自分たちの勝手で『勇者』を召喚しておいて即戦力にならないからガッカリ?少し腹立たしいが、置かれている状況を顧みれば仕方がないかもしれない。アレさんの口ぶりからして、召喚されたことは即座に気付いたみたいだし。
けど、殺しておくべきだったとは中々物騒だ。そこで僕の父が殺されていれば僕は生まれないので、殺されなくてよかったとは思う。『勇者』が均衡を崩したということは、そこから成長して魔王に負けないくらい強くなったのか?人間の勢力が盛り返すくらいに。
続くアレさんの言葉。
「少年。『勇者』、君の父親は、人の形をした化け物だ」
そのあまりにも酷い言い草に、僕は言葉を失った。




