38.元魔王達と敵対組織
「さて、少年。君も察しているだろうから、もう単刀直入に聞く」
「はい」
「魔法を使ったのかい?」
「……いいえ」
多分、朝適当に返事したのを雪音がそのままアレさんに伝えたのだろう。
普通なら魔法を使ったなんて発言をそのまま受け止め、それについて追及するなんてのはあり得ない。
アレさんの死んだ目は、いつになく真剣そのものだった。
しかしながら、事実魔法は使っていない。パイモンさんには「使えるようになる」とだけ聞いているので、異世界の言語をきちんと習得すれば使えるようになるとは思う。
雪音も、何をもって魔法を使ったと確信できたのだろうか?いつものように設定に乗っかっただけとは考えなかったのだろうか?
「兄上、もう誤魔化さなくてもいいのだ。一瞬ではあったが、兄上の部屋から尋常ではない破壊の力を感じたのだ」
「少年、もしそれが魔法ではないというのなら、一体……」
「ねぇ、ちょっと待ってほしいのだけど」
今日知り合ったばかりの、深紅の髪の美少女。羽生さんは、尚も追及しようとする二人を制止する。
それどころじゃない、とでも言いたげな目を二人に向けられるも、羽生さんは肩を竦めて言葉を続けた。
「この中に、お兄さんと契約した魔王はいないのかしら?」
「そう、それです。お兄さんはさっき、昨日魔王と契約したって言いました。誰と契約したんですか?」
「契約!?待ってくれ、少年。それは本当なのか」
「本当です。昨日契約しました」
阿武堂さんもその言葉に賛同し、先ほど外に居た時した会話の続きを始めようとしていた。
いつもの飄々とした態度はどこへやら、アレさんは思わずといった調子で大きな声を出す。
魔王としての名前を聞いたわけではないが、話の流れ的に考えてアレさんも羽生さんも、異世界から転生してきた元魔王とやらで間違いないだろう。昨日までなら、まるで頭の中にノイズが走ったかのように「設定」だと強く思い込んでいたのに、どうしてか今日は頭がすっきりとしていて、全てを受け入れられる。
「はぁ……マズいな、覚醒なんかよりよっぽど厄介だ。少年、誰と契約したんだ?」
「……智天使の魔王、パイモンと名乗っていました」
「パイモンと……?」
また出た、覚醒。質問しにくい雰囲気だけど、話の流れで聞いておかないとマズい気がする。
「あの、覚醒って……?」
「ん?あぁ、知らないのか。魔王としての記憶を思い出し、魂と肉体が最適化される現象のことだよ。もし少年に魔王としての前世があるのなら、この覚醒という段階を経る。覚醒していない状態では、私たちも何の魔王の転生体なのかわからないからね。少年は、別に前世の記憶が蘇ったりした訳ではないんだよね?」
「はい」
「じゃあ覚醒については気にしなくていいよ。普通は赤ん坊の時点で覚醒するから、現時点でしていないなら今後もすることはない」
ああ、やっぱり僕の知っている覚醒とかなりの齟齬があった。
下手に異能力のこと言ったりして、更に場をややこしくしないようにしないと。最終的には言うにしても、それは今ではない。
「あ」
「む?どうしたのだ?」
阿武堂さんは何かを思い出したかのように声を上げる。それを聞いた雪音が、不思議そうに阿武堂さんを見上げた。
ちなみにこの話をしている間、ティナはどこか見覚えのある蜘蛛を手の上に乗せて、ブツブツと聞こえないくらいの音量で喋っている。蜘蛛の魔王なだけあって、蜘蛛と意思疎通ができるのだろうか?
「いえ、あとで話します」
「むぅ、なら声を上げるでないぞ、気になるではないか」
「いいでしょ別に、そのくらい。相変わらず狭量ね」
「そうだね、今は少年の契約相手のことが第一だ。パイモンとは、どこで出会ったんだい?」
「えーっと……説明が難しいんですが、この場所とは次元の違う空間?で、盟友を探しにこの世界へ来たパイモンさんと出会いました」
「ふむ……?少年はその空間にどうやって入ったんだい?」
まぁ、当然の疑問だよね。
全部赤裸々に語ってしまいたいけど、雪音たち異世界の元魔王を探しに来た魔物たちを狩っている側の組織に属してしまった以上、言葉を選びながら喋る必要がある。
下手を打つと、雪音たちからの心象が悪くなった上に、赤誠から裏切り者認定されて僕は殺されてしまうかもしれないのだ。【念動力】である程度は抵抗できるかもしれないが、松賀さん以上の能力者が来る可能性を考えると過信はできない。
「アレさんたちは、異世界から来る魔物を倒す組織が存在することはご存じですか?」
「もちろん、知っているよ。敵対組織だからね」
「……その組織が魔物を倒す際に、周囲に被害を出さないよう、この世界に来る前の別次元で戦っているらしいんです」
なんと、思いっきり敵対組織として認識していた。
その組織に所属していることがバレないといいんだけど……。
「うん、それも知っている内容だ」
「……戦う前に別次元へ行く時、それに巻き込まれて僕も別次元に入ってしまいました。そこで、パイモンさんと出会い、契約したといういきさつです」
「ふむ……」
「あの、さっき言いかけた話と繋がるんですが」
アレさんは、顎に手を当て考え事をしている。
その隙にと阿武堂さんが僕の方を見て話し始めた。
「お兄さん、桜御翁元親を知っているんですよね?」
「うわぁ、できれば一生聞きたくない名前ね」
「……うん、知ってるよ」
最悪だ。
最初に阿武堂さんと出会ったとき、そして桜御翁元親と夢で会ったときに、共通して「覚醒」という言葉を使っていた。
だからこそ何かしらの関係者かと思ってなんの悪気もなくその場で阿武堂さんに聞いたのだが、敵対組織の構成員の名前を知っているのはそりゃあ疑問に思うよな。
何故かは知らないが、桜御翁元親の名前を出した瞬間に羽生さんが少し不快そうに顔を歪めた。
「私、一昨日は知らないって言ったんですけど、本当は私も知っています。嘘を吐いてごめんなさい」
「ううん、大丈夫」
嘘を吐いたのは知っている。問題は、桜御翁元親についてどれだけ知っているかだ。
僕の持っている情報としては、他人の夢に入り込む能力を持っていること。そして、対面で名乗ったときに【虚偽感知】が発動したことから、偽名を使っているであろうということ。
というか一昨日なんだ。毎日が濃すぎてもっと前かと思った。
「私、というかここのみんな、桜御翁元親という人物を知っています。理由なんですが……」
「簡単。あいつはボクたちの協力者」
「あ、言っちゃった。その通り、彼は敵対組織の中で私たちの情報が流れないようにするための、私たちの協力者です」
「協力者……」
言ってもいいか?とでも聞くようにアレさんの方を見た阿武堂さんだったが、考え事をしていたアレさんは気付かず、代わりにティナがその答えを述べた。
桜御翁元親が、元魔王側の協力者?ということは、明確に裏切者じゃないか。どんな顔してアーサーの隣に座っていたんだよ。怖すぎる。僕もあまり人の事言えないけど。魔王と契約しているし。
とはいえ、彼が偽名を使っているということに変わりはないので、依然としてその一点で信用に足らない。
確かに、異世界の元魔王で魔物が来ている元凶である彼女らの情報が漏れた場合、最悪の場合抹殺だなんだという話になりかねないか。元魔王、ということは今の彼女らの戦闘能力はそこまでないのだろうか?
「はい。彼の組織内での役割は、夢を操る能力を使って情報収集をすることだと聞いています。既に私たちの情報は桜御翁元親の手元にある状態ですが、私たちに協力してくださるということで、その情報を彼の中だけで留めてもらっています」
「異世界の元魔王、という情報をですか」
「そうです。事実、今まで来ていた魔物たちは私たちを求めて来ているので、存在がバレたら間違いなく討伐対象になるんだとか」
「魔物を来ないようにってできなかったんですか?」
パイモンさん曰く、魔物をこちらの世界に送るとき、送り主は魔物と交信してこちらの世界に魔王が転生している気配があることを確認していたらしい。どうにか逆にコンタクトを取ることはできなかったんだろうか?
阿武堂さんは、静かに首を振った。
「彼らは、私たちよりも早く魔物の存在に気付いてしまうんです。私たちは皆、ほとんどの力を無くした元魔王に過ぎないので、桜御翁元親さえ抑えておけば気付かれる心配はありません。ですが、魔物を使って元の世界と接触して、そんなところを組織に見られでもしたら」
「ああ……」
間違いなくその場で殺される。
それは氷見さんの部隊に銃を向けられた僕も、身をもって体感した。
「……よし、少年」
「はい」
考え事をしていたアレさんが、何かを決意したような顔でこちらを見てきた。
「全て話そう。私の知る限りの、君を取り巻くすべてを」




