37.設定
「ボクはお兄さんを発見した」
「あれ、偶然だね、ティナ、それに阿武堂さんも」
「わー、雪音ちゃんのお兄さん!偶然ですね!」
帰宅途中、鼠を捕まえるための籠と匂い袋を用意して遠回りして帰っていると、中学の制服に身を包んだ雪音の友達と出会った。この道具、意外と鞄の中にすんなり入ったんだよね。
ティナは最初がゴスロリだったのでそのイメージが強かったが、その後あの姿を見ていないので、今はただの幸薄そうな金髪ツインテ美少女になってしまっている。
阿武堂さんは最初から清純派美少女だ。
ふたりは誰かを待っていたようで、電柱の下で立ち止まっていた。
「あれ、雪音は一緒に帰ってないんだ?」
「え?お兄さん、雪音ちゃんなら今日は学校に来てないですよ?体調が悪いって先生が言ってました」
「仮病を使っているにベリアルの魂をかける」
仮病、仮病か。
朝の様子を見るに、絶対に仮病だとは言えないが、その場合でも体調というより心の面で不安だ。
とりあえず帰りながらの鼠捕獲はやめて、ここからまっすぐ家に帰ろう。
ティナも他人の魂を賭けるのはやめような。しかも雪音のだし。
「心配だから私たちでお見舞いに行こうって話をしてたんです」
「もうひとりを待っていた。が、お兄さんが現れたのでボクは今からすぐお兄さんと一緒に行く。アムドゥスキアスよ、息災でな」
「バ……絵瑠ちゃん!外でその呼び方はやめよ?またアレさんに怒られちゃうよ」
「………………」
アレさんの名前を出した途端、ティナは無表情のまま口を噤んで喋らなくなった。
僕を巡ってティナと雪音の喧嘩が始まりそうだったあの時、それを止めたアレさんが何を話したのかは知らない。だが、あの時の様子からしてなにかしら説教を受けたであろうことは容易に想像できる。
アレさん、2メートルを超えていそうな高身長で、目が死んでいる。なのにすべてを見透かされているような雰囲気を持っているから、そんな人が怒ったら相当怖いだろう。
「ティナ、友達のことは待ってあげようね」
「……お兄さんが言うなら」
「お兄さん、よかったら一緒に待ってくれませんか?もうちょっとで来ると思うので」
「え?僕はいいけど、お友達に悪くないかな?」
「雪音ちゃんのお兄さんだから大丈夫です!一緒に待ちましょう!」
まだ知り合って数日だが、ティナは素直で言うことをちゃんと聞ける根はいい子なんだろうし、阿武堂さんは気遣いまでできるいい子だ。二人とも身長は雪音と同じように低く、小学生くらいにしか見えないけど、厨二病のおかげもあってか難しい言葉を知っている。それにみんな、ただの中学生とは思えないほど大人びている時がある。
阿武堂さんは、僕にも一緒に友達を待ってほしいと言った。どうせ行先は同じだから、せっかくだからということだろう。個人的にも雪音の交友関係は気になるところなので、その申し出はありがたい。
あ、もしかして鼠の人かな?なんて予想をしていたら、すぐにその友達がやってきた。
燃えるような赤色の髪。周囲を威圧するような鋭い眼には、深紅の瞳が備わっていた。文句なしの美少女。
だがやはり、身長は雪音たちと同じくらいである。
「お待たせ、二人とも。この方は?」
「雪音ちゃんのお兄さんだよ」
「はじめまして、雪音の兄の姫宮夜嗣です」
一言目に「この方」だなんて言葉遣いができるなんて。本当に中学生なのか?
阿武堂さんといいこの子といい、大人びている。
「どうも、はじめまして。雪音さんの友達の、羽生寧々といいます」
「二人とも、お堅すぎ。もっとフランクに」
「絵瑠、初対面の方にフランクに接するのはダメよ」
確かに妹の友達に対してカチカチの挨拶だったと思うが、羽生さんの言葉は正しい。非常に良い教育をされていると見た。この子も、雪音たちとの間で厨二病的なことを言っているんだろうか?
ちょっと気になる。鼠っぽさはないけど、なんの魔王様なのかな?
ふと、羽生さんが僕の顔を真剣な顔で見つめていることに気付いた。
「えっと……どうしました?」
「いえ……」
言葉を掛けても、僕の目を見続けるのをやめない羽生さん。
居心地の悪さを感じつつ、目を逸らしてしまおうか悩んでいると、突如として顔色を変えて阿武堂さんに耳打ちをし始めた。それを聞いた阿武堂さんも、血相を変えてこちらを見てきた。
え、何々。怖いんだけど。
「お兄さん、本当、変なことを聞いてしまって申し訳ないと思うんですが」
「う、うん。どうしたの?」
阿武堂さんは、真剣な眼差しで僕を見つめて改まって発言する。
続く言葉は、僕の想像を超えるものだった。
「魔王と契約しましたか?」
もう、設定なんて言葉で現実逃避をすることはできなかった。
阿武堂さんは、出会った時に「一角天馬の魔王、アムドゥスキアス」と名乗った。その時は厨二病の設定だとスルーした発言だったが、逆に言えば設定だとスルーされたにも関わらずこうして聞いてくるということは、確信があってのことなのだろう。
ティナだって、最初から「蜘蛛の魔王、バエル」と名乗っている。雪音は「堕天の魔王、ベリアル」だったか?
そして昨日、僕が契約したのは「智天使の魔王、パイモン」。パイモンの言う盟友。もう、間違いないだろう。
「……うん。契約、したよ。昨日」
「き、昨日?」
阿武堂さんは若干困惑した顔をした。ああ、そういえば【念動力】の練習してたの見られて、それで覚醒がどうとか言われたんだよな。
実際あの時は覚醒異能力に気付いていなかったから嘘は吐いていないんだけど、阿武堂さんの言う覚醒と僕の考えている覚醒は同じ意味なのだろうか?
「じゃなくて……誰と契約したんですか!バエルですか?ブネ……は違うでしょうけど、まさかベリアルじゃないですよね?……まさか、グリモワールとか……?」
「ボクじゃないよ」
「ま、まぁちょっとその話は後にしよう?外でする話でもないだろうし」
「……そうですね。」
極めて真剣な話だ。僕だって早急に情報共有をしたい。
が、さすがに学校帰りの人が通るこの場所で、大声でその話をされても困る。
周りから見たら厨二病。そう見られてしまうのは若干嫌かもしれないが、もっと嫌なことがある。
他の覚醒者に会話を聞かれることだ。
氷見さんとの情報共有の際にはこんなことになるなんて思っていなかったので細かく聞いていなかったが、彼の部隊に属する田中さんは、時間を止めて僕と戦おうとする際に「魔族」と言っていた。
であれば、覚醒者の中に「魔王」という単語に反応する人がいてもおかしくはない。そして、「魔王」を知る人が、覚醒者でありながら魔王と契約している僕の存在を知ったら。
僕は、裏切者扱いを受けるだろう。
いや……悪意がないだけで、覚醒者と魔王の間を揺れている裏切り者という点。間違いはないか。
実際、氷見さんたちを殺した存在と契約しているし、氷見さんたちは僕の故意でないとはいえ、人間でなくなってしまった。
今日はとても平和だった。ずっとこんな日が続くと思った。
そんな考えは、とても浅はかだったのかもしれない。
「遅かったじゃないか、少年。それに……なるほど、話が早そうだね」
「兄上、おかえりなのだ。話があるから、とりあえず座るのだ」
「雪音、ただいま。どうしてアレさんがここに?」
場を移し、僕と雪音の住む家へと帰ってきた。
てっきりまだ雪音が気分を落ち込ませているのかと思ったが、待ち受けていたのはダイニングテーブルの席に座るアレさんと雪音だった。
家族4人分の椅子があり、アレさんと雪音は隣り合って座っている。有無を言わさぬ様子で席に着くよう促されたので、大人しく従った。
羽生さんと阿武堂さんはアレさんの側に立ち、ティナは迷いなく僕の隣に座る。君も魔王ならあっち側だと思うんだけど、どうだろう?
しかしながらこの雰囲気。間違いなく魔王のことについての話になるだろう。
これだけ魔王が集まっている中、アレさんが無関係な訳がない。流石に殺されたりしないよね?




