36.並々な高校生活
昨日寝た時間というのが非常に早かった……まぁ気を失っただけなのだが、そのおかげで午前中は一切眠くならずに授業を受けることができた。
普段も別に寝るわけではないが、ここまで頭がすっきりしていなかったと思う。睡眠は偉大なり。
授業中にテロリストがやってきてそいつらを異能で制圧、異能バトルのセカンドシーズン開幕!なんてことが起こるわけもなく、いつも通りの授業風景がサーッと流れていっただけだった。
昼休憩。生徒たちはそれぞれ机に持ってきた弁当を広げたり、その辺のスーパーで買ったであろう総菜パンを取り出したり、購買に向かったり。思い思いの昼食時間を過ごすことになる。
うちの高校には購買と併設された食堂があるのだが、毎日野球部員がその場所を使うのが慣習となっているため、他の生徒は購買で食べ物を買ったらさっさと出ていく。僕もその一員で、購買でから揚げと稲荷寿司を買って食べる毎日だ。
購買に向かう直前、紗凪さんと目が合った。が、軽く会釈だけされて目を逸らされる。
傷つくことはない。むしろ、僕の立ち位置をよくわかっているんだと思う。覚醒者としての責務と、一般的な高校生としての顔。その二面性を保つためのペルソナを持っているからこそ、僕に対する気遣いもできるんだろう。
ありがたい。
今日も食料を確保できた僕は、幼馴染たちの待つ屋上へとやってきた。
屋上には屋根付きのテラス席が幾つかあり、生徒向けにも開放されている。が、近辺の中学は全て屋上立ち入り禁止だったからなのか、入って良い場所という感じがしないらしい。
たまに教師が来ることもあり、そんなに人気の昼休憩スポットにはなっていない。現に今日も僕たちしかいなかった。
ちなみにうちの高校には不良生徒が存在しないので、溜まり場になることもない。
「来た来た。遅かったな?」
「なに買ってきたの?」
「稲荷と唐揚げ」
幼馴染とは同じクラスでもあるが、二人は弁当を持ってきているので先に屋上へと来ているのだ。
僕も弁当を作っていいのだが、自分のだけとなると中々面倒なのだ。雪音が中学生のうちは給食なので、二人とも弁当が必要になったら作ると思う。
僕も雪音も人並みに料理はできるので、当番制でもいいし、前の日に作るでもいいな。母さんが一緒に住んでたら多分作ってくれたんだろうけど。
「ふーん、昔から好きだね、それ」
「誕生日にケーキそっちのけで稲荷寿司食ってたもんな、よっち」
「最後の晩餐に選ぶならこの組み合わせだね、いただきます」
二人は先に弁当を広げ食べ始めていたので、こちらも席につき急いで食べ始める。
一口齧りついた稲荷寿司から感じる風味は、僕の記憶とは異なる味がした。
「お?どうした、不味かったか?」
「うーん、不味いとは言わないけど、こんな味だったかなって」
「よっち、桜子さんの作る稲荷寿司と比べたらだめだよ、あれは国宝だから」
「にしても、前と味が違うような……」
「前?」
ゆめちは首をかしげている。従姉のさっちゃんが作る料理は、稲荷寿司に限らず国宝級なのは同意として。
毎日購買で買っているはずなのに、こんなにすぐ味が変わるものだろうか?とはいえ、先ほど言ったように不味い訳ではない。ので、もぐもぐと食べ進める。
ゆめちは何かに引っかかっていたようだが、どうでもよくなったのか弁当に目を落とした。
「そういえば初凪先生いるじゃん?情報の」
「うん」
「別れた元恋人が結婚してたって病んでたらしい」
「えー、未練あったのかな」
「いや、なんか恨んでる相手が幸せになるのが許せないんだってさ」
それはまた、まぁ気持ちはなんとなくわかるけど、何があったらそのレベルまで恨むんだろう。恋愛って怖いな。
うちの高校は、商業高校として簿記関係の授業とパソコンのことを学ぶ情報処理の授業がある。最近は普通科の高校でもパソコン関係の授業は必修化されているんだったかな?他校に友達いないからわからない。
昼食なんてのはすぐに食べ終わる。
残った昼休憩の時間、幼馴染と駄弁って過ごす。そんな時間の過ごし方が、僕は結構好きだ。
波長が合うからこそずっと一緒にいる。話が尽きることはなかった。
昼休憩が過ぎた後。僕の孤独な闘いはここから始まる。
胸ポケットの中で抑え込まれている爆発は、未だ収まる気配がない。
授業を真面目に受けている中、この爆発をどうにか無力化する方法なんていうのを考えつくこともなかった。
いや、厳密に言えばいくつか思いつくことはある。海琴さんに頼んで別次元で爆発させたり、奏さんから道具をもらって次元幽閉状態で爆発させたり。だが、僕自身は道具を支給されていない。戦闘要員じゃないし、まだ入ったばかりだから仕方ないのだけど、昨日作った道具のひとつくらい貰っておけばよかったかもしれない。
持ったままだったらアレさんに不審がられたと思うし、パイモンさんが出てきた時に使ってたかもしれないけど。
爆発を抑えるんじゃなくて、被害が出ない場所で爆発させることなら思いつくのだ。だが、それでは意味がない。覚醒者たちの知らぬ力を僕が持っているということが露呈してしまうことに繋がるのだから。
氷見さんとはメッセージの交換をしていないので、連絡をとることはできない。
どうしたものか……。昼食を摂った後というのは、若干思考力が落ちる気がする。
しかも今受けている五限目は古文の授業。担当の若い女性教師がやたらと優しい声色で授業を進めるので、寝て脱落している生徒が数人見受けられた。
僕は普段から寝ずに真面目に授業を受けているのでまだ耐えられるが、もし普段から寝るタイプだったらこの教室の生徒全員吹き飛んでいたかもしれない。
だが、いつもより眠い。もしかして、朝運動しているせいか?
そう考えると若干納得が行った。同時に、いつも朝練をしている野球部の寝落ち率が高いのも納得。
集中集中。今はこの爆弾もどきの事は忘れて、とにかく授業を真面目に受けることを考えよう。
放課後にも時間はあるのだ。今日も鼠を探して練り歩く予定だけど、どこかで余裕があったら【悪魔召喚】でも使わなければいけないかもしれないな。
ありおりはべりいまそかり、ありおりはべりいまそかり。
「珍しいな、よっちが眠そうにしてんの」
「いやー、朝ランニングのせいかも」
「体力ないもんな」
「すぐ慣れると思うよ、よっち」
放課後。帰路に就く準備をしていたところを、うっちーとゆめちに声を掛けられる。
確かに、この二人だって道場で朝練しているはずだし、紗凪さんも朝犬の散歩兼ランニングをしている。だが、授業中に寝たりはしない。
本当に体力がないんだなぁ、と実感する。
「あ、ごめん、今日アルバイトがあるから、先に帰るよ」
「あ、そういえばバイトしてるんだったな。どこ?」
「便利屋の手伝いみたいなのしてる」
「なんそれ、特殊すぎん?」
「え、なにそれめっちゃカッコいい。見に行っていい?」
「うーん、だめだね。守秘義務とかあるから」
実際に鼠を捕まえるだけの仕事で守秘義務が発生するかはわからないが、軽々しく人の依頼を遂行している姿を友人に見せるのはまた違うと思う。別に見せても問題ないとしても、今日はちょっとこの爆発をどうにかしたいので、ついてきてもらっては困るのだ。
ゆめち、そうだろ。カッコいいだろ。わかる。僕も思った。けど、実際にやってることはまだ猫探しと鼠探しなんだ。言葉にすると意味が分からない。
持っているスマホが震える。見ると、紗凪さんからメッセージが入っていた。
『思ってたより話しかける隙がない!今日一日自然に話しかけらんなかった!笑』と。
ありがたいことに、紗凪さんは僕に対して心を許してくれているみたいで、できれば学校でも自然に話していきたいんだろうな。
けど、気を使って話しかけない選択をしてくれている。少しずつでも話していけばなんとかなるはずだ。
教室には、既に紗凪さんの姿はなかった。
明日は、ちゃんと言葉で挨拶をしよう。
『明日からはちゃんと話せるように頑張る』
そう返した。




