35.日常的幼馴染
登校途中。学校は徒歩圏内なので、歩いて学校へと向かっている。
信号が赤の間にスマホを取り出し、そういえばメッセージの返信をしていなかったと思い出した。
アレさんからは、『もし目が覚めたら連絡をしてほしい』とだけ来ていた。
『もし』という言い回しが、まるでもう目が覚めないという言い方のように見えるが、僕の考えすぎだろうか。ともかく、僕は無事に目を覚ましているので、『おはようございます。昨日はありがとうございました。ご迷惑をおかけしました、ごめんなさい』と返信した。
海琴さんからは、解散してからしばらくした後、『年上可愛い女子高生の連絡先だぞ、ほら、泣いて喜べよ。まぁ学校行ってないけど』と来ており、そこからしばらくして『奏がうるさいンゴ。早く返信してあげてクレメンス』と来ている。
実際に会っている時はぼくっ娘で少し気だるげな女の子なのに、メッセージだとオタク全開すぎる。
雪音が厨二病じゃなかったらこんな感じだったかもしれない。
『とてもありがたいことなので神棚にスマホごと飾っておきます。神棚ないけど』『今から返信します』と続けて返信しておいた。送った瞬間に既読がついたので、新しいメッセージが届く前に慌てて個人メッセージを閉じる。監視でもしていたのか?
そして、奏さん。通知は7件溜まっている。僕ももうちょっとスマホを開く癖をつけないと、現代人として置いて行かれてしまう気がするなぁ。
解散直後から来ており、以下の通り。
『御厨奏です』
『私の部屋、片付けてくれてありがとう』
『よかったらお礼も兼ねて、食事でもどうかなって』
『どこか予定空いてたら教えてほしいな』
と、ここまでは2分おきくらいに送信されている。そこから1時間ほどして、またメッセージが届いていた。
『スタンプのプレゼントが届きました【受け取る】』
『あ、間違えちゃった。気にしないで』
『うるさくてごめん』
部屋の掃除をしたお礼か。僕としても、【明滅する時の王】の使い方を教えてもらった恩があるし、むしろお礼をしたいのはこちらの方なんだけど。
何故かスタンプをプレゼントされたので受け取ると、知らないアニメのキャラのスタンプだった。使いどころがわかりにくい。
こちらからは、『こちらこそお礼がしたいくらいです。ありがとうございました。明日以降の放課後か、休日でしたら割とどこでも空けられますよ』『なんですかこのスタンプ笑ありがとうございます笑』『スタンプ』『うるさくないですよ、昨日は疲れてすぐ寝ちゃったので、返信できませんでした。ごめんなさい』と続けて返信した。
海琴さんと違いすぐには既読がつかなかったので、そのままメッセージアプリを閉じた。
海琴さんは既読はついたけど返信はなかった。
「彼女?」
「わ、びっくりした」
「え、わざとらしすぎる」
ここの信号変わるの遅いんだよな、なんて思いながらスマホをポケットに突っ込んだところで、突然後ろから声をかけられた。
声を掛けてきたのは、僕の幼馴染であり、数少ない友達、の妹の方。
その後ろには幼馴染も立っている。いや、厳密にいえば二人とも幼馴染なのだが。
兄、大成 現と、妹、大成 夢。彼らは二卵性の双子であり、保育園から高校までずっと同じ進路を辿っている幼馴染だ。
容姿はかなりの美男美女。黒髪アップバングの爽やかイケメンと黒髪ショートの明るい美少女。
正直こいつらの学力ならもっと良い高校に行けただろうに、僕がここにすると言ったら二人とも着いてきた。それくらい仲が良いと言えるけど、僕のせいで進路を狭めたんじゃないかと思う時がある。
「ほんとにびっくりした。なんで人のスマホ見てるのさ」
「なんかメッセージ返信してるな、くらいしか見てないよ。彼女?」
「違うね、彼女いないから。知ってるでしょ」
彼女ができてこいつらに言わない未来が見えない。どうせ言わなくても数日でバレる。
「そうだぞ夢。よっちに彼女ができるわけがない」
「クソ兄貴は黙って。よっちはクソ兄貴と違って誰にでも優しいから女の子に騙されないよう見張ってないといけないの」
「うわ、束縛やば。激重彼女ですかー?」
「殴るね」
「いった!殴ってから言うのはよくない!」
「信号変わったよ」
二人にはよっちと呼ばれている。僕は二人の事を、うっちーとゆめちと呼んでいる。名前の後ろに「ち」って付けるの、あだ名としてはオーソドックスだよね。
連休明けに朝から日常的なやりとりが見られたので、少しほっとした。これが一番日常生活って感じする。
それにしてもここの信号、一度引っかかると長いのだ。交通量によるものなので仕方がないが、朝遅刻しかけている時に引っかかると、テレポートで向こう側に行けたらなぁと思ってしまうくらい。
テレポートが使えるなら学校に直接行けよという無粋なツッコミはきっと誰もしないだろうが、今日はギリギリという訳でもないので心穏やかに横断する。
「あ、そういえばさ、よっち」
「ん?なんだ、近い」
「なんか隠してること、あるでしょ」
後ろから僕の肩に頭を乗せて、耳元で囁くゆめち。異性の距離としてはあまりにも近すぎるが、小さい時は一緒にお風呂に入ったりもしているくらい昔から付き合いがあるので、今更意識することはない。
しかしながら、隠していること。思い当たる節がありすぎて、どれを想定しているのかがさっぱりわからない。
異能力のことか、秘密結社っぽいとこに入ったことか?それとも人類滅ぼせそうな存在と契約したこと?現在進行形で爆弾みたいなのを胸ポケットに入れていることか?一体どの隠し事なんだ……!
「ふふん、雪音ちゃんに聞いたもんね」
「あん?なんの話してるんだ?」
「クソ兄貴には関係のない話」
「雪音から……アルバイト始めた話かな?」
どう答えたものか悩んでいると
雪音が知ってそうなことでこの二人が知らないことと言えば、先日から始めたアルバイトのことくらいしかわからない。それ以外なら、年下の女の子にちょっと懐かれているくらいか……?
「そう!それ!なんでバイト始めようって時に相談してくんないの!」
「あー、よっちバイト始めたんだ。うち来ればよかったのに」
「そうだよ、いつでも歓迎なのに」
「いやだよ、死にそうだもん」
うっちーとゆめちの家は、先祖代々続く由緒ある古武術の道場だ。低身長で非力でも使える護身術から、鍛えて繰り出し安全に無力化できる技もあるとのことで、近隣住民や地元の警察の人も通う人が居るくらいには繁盛している。
幼いころからうっちーとゆめちは古武術を修めているので、もちろん僕は喧嘩を挑んだことがない。比喩じゃなく1秒で地面に寝転ばされるからだ。そんな環境で働いたら絶対に訓練とか言って技をかけられるに決まっている。
この二人の性格なら間違いなくそうする。
「いやいやいや、殺さないって。よっち、もっと体鍛えた方がいいよ?私のことも抱っこできないでしょ」
「お前が重いという可能性がオゴッ」
「まぁ、ちょっと筋肉のなさは痛感したから3日前くらいから筋トレとランニングしてる」
「ほらー!体鍛えたいと思ってるなら来ればよかったんだって!」
「いきなりそこはハードでしょ……」
僕の中では大成家の道場で働くなんてのは微塵も考えていなかった。むしろ、アルバイト募集してるんだ。という気持ち。
今となってはアレグリの自由さが非常にありがたいので、募集を知った今でも今更行こうとは思わない。【念動力】の出力がとんでもないことになった今では、そんなに筋トレもガチでやりたいわけではないし。
……ゆめちのことを抱っこできないのは、まぁ否定できないが。
目にも留まらぬ速度で拳を繰り出され、鳩尾を貫かれたであろう倒れこむうっちーを尻目に、僕たちは学校に到着した。




