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デイリーガチャで現代無双!?  作者: 初凪 頼


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33/38

33.インフレステータスでできること

 こんな数日で筋力や体力が飛躍的に向上している訳もなく、当然のように僕は雪音に追いつくことができずにいた。

 精神があれだけインフレしているのであれば、運動能力も向上していてもバチは当たらないと思うのに。まぁ、あの能力値がそのまま肉体に宿っていたら歩く災害と化していた可能性も否めないけど。

 そもそも精神の値が上がったところで、何か変化を感じたわけでもない。【念動力】の出力上限が上がったくらいだと思う。まだ使ってないけど、手加減して使わないと山ぐらい持ち上げてしまいそうだ。

 インフレバトル漫画の終盤かな?

 

 

 軽い運動で流す量ではない汗を感じながら、やはりシャワーを後回しにして正解だったのだと思う。

 例のごとくやっとの思いで追いついたかと思えば、雪音は真っ白なデカ犬、コタロウと既に戯れていた。

 その隣には当然、飼い主たる天津さんがにこやかに立っている。



「夜嗣君、おはよう!」


「あ、天津さん、おはよう」



 出会いがしら突如として下の名前で呼んでくるクラスのマドンナに一瞬ドキッとしながらも、表情は極めて平静を保ちながら返事をする。ニヤッとなんかしてない。

 下の名前呼びに対して疑問に思ったのか、コタロウの腹をまさぐっていた雪音の手が止まる。コタロウの方を見てはいるが、明らかにこちらの話に集中している様子だ。迂闊なことは言えない。



「えへへ、夜嗣君。私のことも紗凪(さな)って呼んでよ」


「うん、天津さん。昨日まで苗字呼びだったよね?」



 言った後に、しまったと思った。案の定雪音は、「昨日……?」と邪推している。

 一般厨二病妹に対する昨日までの濃い日々のカバーストーリーなんて考えてないぞ。

 まぁ、何か言われたら言葉の綾ってことにしておこう。便利な言葉だ、言葉の綾。



「雪音ちゃんは下の名前なのに、そのお兄ちゃんは苗字呼びっておかしくない?名前呼びってそんなに特別なことじゃないもん」


「そうなんだ……」



 異性を名前呼びというのは些かハードルが高いと思っていたけれど、陽に属する世界では普通のことらしい。

 自然と住んでいる世界の違いを見せつけられた気がする。

 雪音は同意をするように小さく頷いていた。え、もしかして雪音、下の名前呼びの友達普通に存在している?


 今のところ同性の友達しか見てないけど、異性も普通に下の名前呼びする陽の者かもしれない。まぁ、コミュ力高いし、外では猫被っているみたいだからありえない話ではないか。

 ちょっと嫌。兄上面接入りますからね。



「じゃ、紗凪さん。おはよう」


「はい、おはよ!連絡先交換しようね!」

 


 純粋無垢な笑顔だ。

 アーサーの名乗りを邪魔して別次元送りになったアホの子と同一人物とは思えない。

 心なしか、先日ランニング途中で出会った時よりも明るい気がする。

 周囲に言えない悩み、覚醒者のこととか、そういうのを共有できる同世代の友達ができたからなのだろう。


 スマホの画面をこちらに向けてくる。表示されていたのは、メッセージアプリの友達申請用に使う2次元バーコード。

 あ、そういえば交換していなかった。そう思い、こちらもスマホを取り出してカメラで読み取る。

 視界の端では雪音がニチャニチャと下卑た笑みを浮かべていたが、当然無視する。


 あまりにも自然な連絡先交換。僕じゃなきゃ見逃しちゃうね。

 と、今更ながらメッセージに通知が来ているのがわかった。

 アレさんから1件と、海琴さんから2件。奏さんから7件。……後で見よう。海琴さんと奏さんは自然と下の名前呼びできたのに、紗凪さんに対してちょっと抵抗があったのは、やはり同年代の学校の女の子ということで意識してしまっているのだろうか?

 今まさに紗凪さんからスタンプが送られてきたので、それに関しては適当なスタンプだけ返しておく。

 まぁ、どちらにせよ学校では今まで通りあまり話さない関係性で終わると思う。むしろ、これまでの絡みの少なさから急にたくさん話すようになったら、周りの男子たちからどんな感情を向けられるやら。


 というか妹の目の前で交換しなくても、学級のメッセージグループから登録してくれればよかったのに。

 それに、今の僕は絶対に汗臭いから近付かないでほしい。

 


「いっぱい連絡するね!雪音ちゃん、今日もコタロウと遊んでくれてありがとうね」


「こちらこそありがとう!またね!」


「それじゃあ学校の準備もあるから、この辺で。夜嗣君、また学校で!」


「うん、また後で」



 行くよ、とコタロウに声を掛け、紗凪さんは駆け足で去っていく。

 かわいいなぁ、犬。



「よし、僕たちも帰ろうか」


「まぁ待つのだ兄上よ。話を聞かせてもらいたいのだ」


「うん、学校から帰ったらね」


「下の名前で呼び合って……やはり!」


「何がやはりなのかわからないけど、違うね。帰ってからね」


「昨日もこっそり逢瀬を重ね……!」


「違うから帰ろうね」



 さっき下の名前云々は首肯してたじゃん。なんでそこ引っかかってるの?

 昨日って単語にもやっぱり引っかかっているみたいだ。だが、帰ってシャワーを浴びたい。汗を流したい。

 雪音も朝にシャワーを浴びるので、時間の余裕は思っているより少ないのだ。

 

 ここに来るまでは僕を置いてさっさと走っていたのに、帰るときは少しだけ前を走ってやたらとさっきのことを聞き出そうとしてきたので、学校から帰ったときには忘れていることを願おう。

 チラチラと後ろを向いてきているくせに、なんでこんなに足が速いんだ。

 走るペースが速すぎて、僕に答える余力は存在しないのであった。








 さて、雪音より先にシャワーを浴びて、念入りに体を洗った後。

 僕は自室でステータスの計算をしようとしていた。

 

 精神の値が、9223372036854775807と表示されているステータス。これに筋力の37と【念動力】のレベル5を掛け合わせるのだ。

 読みにくかったので、9,223,372,036,854,775,807と紙に書き出す。うん、桁が多すぎるとあまり意味がないな。

 19桁で、ざっくり922京?なんだそりゃ。

 デフォルトで入っている電卓アプリではさすがに19桁も入力できなかったので、別のスマホアプリをダウンロードしてみた。プログラマー電卓とかいう強そうな名前だったので、多分計算できると思う。


 アプリが使えるようになったので、早速開く。上下に広告はあるが、元々入っていた電卓のアプリとそこまで見た目は変わらない。これなら普通に使えそうだ。

 数字を入力していくと、入力している数値の上に数字とアルファベットの組み合わせ、下に0と1の組み合わせが表示される。なんか、プログラマーみたいでカッコいいじゃないの。

 精神の値を入力し終わり、掛け算のボタンを押そうとした時に、ふと気付いた。

 

 入力した数値の上には、先頭だけ7で残りは全てFと表示されている。

 下には、先頭だけ0で残りは大量の1が表示されている。


 思わず、首をかしげた。偶然でこんなに綺麗な数字や文字が並ぶか?と。

 状態の欄に表示されている文字化けといい、プログラマー電卓で出てくる文字数字が綺麗なことといい、やっぱりこのステータスはプログラムで動いているんじゃ?と思ってしまった。

 せっかくシャワーを浴びたのに、背中に冷や汗が伝う。何か恐ろしい出来事が起こるんじゃ……と、今更なことを考えてしまい、自嘲気味に苦笑した。


 掛け算のボタンを押し、37と入力。上には25、下には0010 0101と表示された。こっちの数字は別に綺麗じゃないな。

 イコールと書かれたボタンを押す。しかしながら、結果は予想外だった。



「あれ……バグ?」



 計算自体はエラーにならないのだが、計算結果が元の数字とほとんど同じなのだ。

 

 9,223,372,036,854,775,807 * 37 = 9,223,372,036,854,775,771

 

 こう画面には表示されている。2桁の数字を掛けているのに桁数が変わっていない時点でおかしいことがよくわかる。

 他にも5をかけても、37と5を先にかけて185になるので、それを掛けても結果はほとんど変わらない。

 

 9,223,372,036,854,775,807 * 5 = 9,223,372,036,854,775,803

 9,223,372,036,854,775,807 * 185 = 9,223,372,036,854,775,623

 

 どれも、下3桁がちょっと変わっている程度だ。なんなら、掛ける数字が大きいほど計算結果が少なくなっている始末。


 結局、電卓で細かく計算することはできなさそうなので上の方の桁だけでざっくり計算。

 17垓グラム、1700兆トンぐらいの限界出力はある。



 ――――――

 【念動力:レベル1】

 あなた次第で、あなたは怠惰な人間にも悪人にも英雄にもなれるだろう。

 手を触れずに念じるだけであらゆるものを動かすことができる。

 動かすことができる物体の大きさに制限はない。

 動かすことができる物体の数に制限はない。

 限界出力は筋力×精神×能力レベル[g]で算出される。

 熟達すればレベルが上昇する。

 ――――――



 念動力の説明文によれば、大きさに制限はない。手も触れる必要がない。もしかして、月とか動かせちゃうくらいの出力があるんじゃ!?

 なんて期待しながら月の重さを調べてみたら、約73.5×10^18[t]とか書いてあった。10^18が100京なので、7300京トン以上の重さがある。全然これっぽっちも足りていなかった。桁違いすぎる。そもそも月なんて動かしてどうするのかって話だけどね。

 人類滅亡MADを現世に再現するくらいしか使い道が思いつかない。

 宇宙って、凄いんだな……。『天文学的な』なんて枕詞をよく聞くけど、本当の天文学的な数値は思ったよりも大きかった。


 ただ、富士山の重さを調べたところ、5兆トンとか出てきたので、富士山なら地表から引きはがす力を加味しても100座を余裕で同時に動かせる。どうでもいいけど、山の数え方って『座』っていうんだね。知らなかった。

 逆に考えたら富士山1000万座以上の質量がある月とかいうの何者だよ。お月様だよ。



 こんなに大出力を使うことなんて絶対にないだろうな、なんて考えながらノートを閉じ、教科書を入れるために学生鞄を開いく。

 

 そこに入れたままだったアルミパイプが、なぜだか物悲しく感じた。

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