31.多分、大丈夫
お待たせしました
「情報共有はこれくらいですかね?」
「他にも何かあればいつでもご下命ください、姫宮様」
「じゃあ様付けはやめてほしいかなぁ」
厄介なことに僕の推察は当たっていたらしく、青髪の青年……名前を氷見劫師さんというのだが、彼の部隊の全員が僕にも跪くようになってしまった。【虚偽感知】が感知していないので偽名ではないらしい。すごい名前。
年上に跪かれることの慣れていなさに加えて、このままの態度で他の覚醒者の前に出られると色々と邪推される。
僕は一般家庭の出身だから、仕えてくれる人なんていらないのだ。
彼らの武装は、氷見さんの異能力【果てぬ戦場の主】の効果で生み出されており、その能力は見ての通り、任意の武装の顕現。氷見さんが異能力を使うことで、強力ではない異能力の持ち主であってもそこそこ戦えるようになるため、彼主体の部隊が組まれているらしい。
他の人はみんな【借用者】という等級の覚醒者らしく、【金鷲の目の借用者】という異能力を持つ田中さんは、目が良くなる程度だと言っていた。
3000人を超える覚醒者の集団と聞いて身構えていたけど、案外このくらいの能力を持った人の方が多いのかな。
いやでも、ほとんどが能力を悪用すれば国を滅ぼせるとかも聞いたし……脅し文句なのかな。
今回の作戦は、僕の異能力と海琴さんの異能力を使って創られた道具の試運転。正常に機能するか、考えている通りの動きなのかが主題となっており、出現する魔物は非常に弱いと判断されていたのだとか。
魔物の出現自体も、ひびが入った空から出てくる魔物は大した強さではないと考えられていたらしい。
ひびではなく黒い円から出現する魔物が最も強力で、その次元の穴の形をもとに派遣される覚醒者が決められているとのこと。海琴さんがひびの形を確認しているんだろうか?
今回のようにひびから形を変えるなんて聞いたこともないし、四角形の穴なんてのも聞いたことないと言っている。パイモンさんが言うには、魔物用の通り道を使おうとしたら思いのほか通りにくかったので、綺麗に整形してから出てきた、とのこと。つまりイレギュラーだ。
氷見さんたちには、ここだけの秘密にしておいてもらおう。
また、海琴さんなしで次元幽閉から脱出できるかの実験も兼ねているため、時間がかかりすぎない限り海琴さんは覗き見をしないらしい。以前は海琴さんなしだと3時間待たないといけなかったそうなので、そこがちゃんと解決できているのかの確認も兼ねているのだろう。
ラウムさんが生き返らせたとき、消し飛んだはずの服も一緒に復活していたので大丈夫かとは思っていたけど、ちゃんと道具も復活していたらしいので多分大丈夫だとは思う。
だけど、そろそろ時間がかかりすぎている気がする。僕も鼠を届けに行きたいし、いい加減解散しなければ。
「そうだ、パイモンさん。次に来るときはもっと目立たないようにできませんか?」
「ふむ」
目立つ王冠、モザイクがかかったように認識できない顔。そして翼の生えた背の高い男なんて、目立ちすぎる。流石に東京でもこんな人がいたら振り返る人くらいいるんじゃないだろうか。
東京は独特な格好の人が多いらしく、どんな格好をしていても誰も興味を示さないと聞いたことがある。
だがここは住宅街がある程度の田舎。変な格好の人は注目を浴びるのだ。
パイモンさんは逡巡したのち、軽く頷いた。
「考えておくとしよう」
不安だ。
「ではヨツグよ、我らは向こうに帰るとする。契約を通してまた交信するから、その時に門を出してほしい」
「わかりました」
咄嗟に返事したけど、異世界から交信できるのか。魔物みたいな扱いだな、僕。
パイモンさんは破壊や殺人をしないと契約してくれたし、氷見さんたちも僕に対する態度を除けば以前と変わりなく見える。
色々と起こってしまったが、これで解決するといいな。
「また会おう」
「また気軽に呼ぶッスよ~」
「ええ、また」
【悪魔召喚】で呼べる悪魔はランダムなのか、ラウムさんで固定なのかはわからない。が、契約しているパイモンさんは指定すれば呼べるのは直感で理解した。
今後ラウムさんを呼ぶことはないと思うけど、軽く返事はする。カラス頭の気のいい人って感じだったなぁ。
「では私共も完了報告に戻ろうかと思います」
「そうですね、色々とバレないようにお願いします」
「承知いたしました!」
「そういうのがないようにお願いします」
異能力を解除したのか、気付けば彼らは私服に戻っていた。
5人揃って敬礼をしているので、静かに嗜める。
が、僕が一緒に報告をするわけではないので、ひとまず大丈夫だろう。
氷見さんが異能力を解除したあと、田中さんが手に持った目覚まし時計を操作すると、ジリリリと音が鳴り、鳴りやんだところで世界に色が戻ってきた。
次元幽閉状態が解除されたのだ。松賀さんに巻き込まれたときは退場するとき海琴さんに連れて出てもらったけど、この道具を使うとこんな風に戻ってくるんだ、と少し感動した。
巻き込まれた時に居た場所からは離れており、現れた場所は市街地の中。
「ちょ、ちょっと。これ使う場所考えないといけないやつじゃないですか?」
「そ、そうですね……以前は気を付けておりましたが、失念していました……」
今は偶然誰にも見られていなかったみたいだが、周囲から見れば突然現れているようなものだ。
不自然すぎる。というか下手するとそこに居る人と融合しちゃうんじゃ……?
僕に関しては巻き込まれる瞬間は突然消えているし……この道具、もっと注意して使うべきだろう。
といっても今後、戦闘要員ではない僕は使うことないだろうから、巻き込まれないことだけ祈ろう。
今日みたいに何度も巻き込まれるなんてこと、流石にもうないはずだ。
……パイモンさんに魔物を送らないよう頼めば、そう悪魔たちにも取り合ってくれるかもしれない。
だが、パイモンさんの盟友探しをこちらで行う最中は、不自然に魔物がいなくなったりして覚醒者のアンテナが鋭くなるようなことは避けたいのだ。
そんな感覚が鋭い時に【悪魔召喚】をして、察知されてしまっても困るだろう。
全部終わったら、平和になるだろうから。だからそれまでは今まで通りにしていてもらおう。
そうしないと、僕が殺されてしまう。
「……鼠、渡しに行くか」
去っていく5人の背中を眺めながら、つい独り言を呟いてしまう。
今までの人生であれば、ゴールデンウィークなんて適当に時間を潰すだけで終わっていたのに、今年はとても濃い毎日だ。
間にある登校日の方が何も起こらないんじゃないか?ってくらい濃い毎日。つい、普段は呟かない独り言が出てしまってもしかたがないだろう。今日話している最中に消えた天津さんが学校にいるはずだから、何もないことはないだろうけど。
天津さんもそうだけど、松賀さんは一体どこに飛ばされてしまったんだろう。先に円卓の場所へ送られたのかと思っていたけど、そういう様子でもなかったし……まぁ、僕が気にすることでもないか。
「おお、もう5匹も。少年は仕事が早いな」
「あはは、ありがとうございます」
鼠の入った籠を目の高さまで持ち上げて、鼠を見ながら僕を褒めてくれるアレさん。
心なしか、籠の中の鼠がアレさんから逃げるように端に集まっているように見えた。まぁ、目線の高さって言ってもアレさんめちゃくちゃ身長高いから、鼠も怯えているのかもしれない。
「クク、それじゃあワタシはこの子たちを依頼主に渡してくるから、少年は家に帰っていいよ。ヨル達も待っているだろう」
「わかりました」
本当に、最近は毎日が濃い。濃すぎて、頭がおかしくなってしまいそうだ。
それに、アレもおかしなことを言うものだ。
父さんも母さんも、仕事の都合で家に居ないというのに。
「まぁ、家に帰っても雪音しか待っていませんけどね」
「……ふむ?どういうことだい?」
「え?いや、あの家は今雪音と二人で住んでて、父さんも母さんも今……あれ?」
何かがおかしい。
僕の放った言葉に、アレさんは何かを疑問に持っている。
父さんも母さんも、仕事で家を空けていて、あの家には妹と二人で住んでいて……そんな中父さんに、アレさんを紹介してもらって……。アレさんと会う時に雪音についてきてもらって……。
違う。この記憶はなんだ?おかしい。
頭を抑え、呻き出す僕。
「少年?大丈夫かい?」
「多分、大丈夫……です……」
心配するようなアレさんの声に、必死で返事を絞り出した僕は。
その直後に、意識を失った。




