30.悪魔って
「あの……パイモン様……?」
「む?どうしたのだ、ヨツグよ。契約者なのだから様付けはしなくていいのだぞ」
契約が終了し、満足そうに頷いていたパイモンに問いかける。
どうしても気になるところがひとつあるのだ。
「ではパイモンさん、今の僕の頬に、なにか紋章のようなものは現れていますか?」
「いや、何も出ておらんぞ?」
「ありがとうございます。ラウムさん……でいいでしょうか?」
「いいッスよ」
「門から出てきた時の僕の顔には紋章はありましたか?」
「いや、そういうのは見えなかったッスよ?」
ラウムさん、僕に対して微妙に砕けた敬語口調なのは、僕がパイモンさんと契約したからなのか?敬語で話すか完全に砕けるか、どっちか迷った結果みたいな。
いや、気になるところはそこではなく。
奏さんの発言からすると、異能力を悪用する場合は誓約違反になり、紋章が現れ続けるはず。悪用しようなんて思わずに時を止めるだけで頬に紋章が現れるのだから、自分の願いを叶えるために悪魔を召喚するなんてどうあがいても誓約違反になるはずである。
だが、現実はそうでもなかった。
つまり、僕は覚醒異能力である【明滅する時の王】以外の能力については、誓約に捕らわれず自由に使えるということになるのだろう。
先にパイモンさんがラウムさんと話している時に言っていた、力の源泉がパイモンさんたちの世界と同じという言葉。
そして、ラウムさんがこの世界に来ても、覚醒者の増援がなかったこと。
魔物がこの次元に現れることが分かる異能力者も、僕が能動的に悪魔を呼んだ場合は気付けない可能性が高い。
どうしてこんな強力な魔族が現れるのに、松賀さんくらい強力な覚醒者が来なかったのかという疑問はまだ残っているが、この推察を確実なものにするためには、一度現実でも【悪魔召喚】を使ってみるほかない。
もしもそれで察知されて裏切者扱いなんてされた日には……。いや、考えても仕方がない。
どちらにしても、僕は詰みかけなんだろう。
王手をされながらのらりくらりと躱しつつ、どうにか生きていく道を探す。かつ、ガチャガチャで能力を増やしていき、自分ひとりでも組織に対抗できるような能力をつけていく。
覚醒者のみんなは、きっと良い人だ。人類の事を考えて……。
だけど、僕も死にたくはない。どこかに逃げることも考えないといけないのかもしれないな。
「今後一緒にいる時、もし僕の頬に紋章が現れたら教えてほしいです。数秒待っても消えない状態になってたら、この世界で最も強いと思われる能力を持った人が殺しに来る可能性が高いです」
「ふむ……そいつには少し興味があるな」
「はは……」
浅田さんと社長の戦闘力がどれくらいなのか不明だが、奏さんの口ぶりからして松賀さんよりも強いはず。
槍投げで山を吹き飛ばすような能力を持ってる人よりも強いとなると、想像もできない。
そんな化け物同士の戦いなんて、巻き込まれたら即座に死亡する気しかしないのだ。
「ヨツグよ、我からも問いたいことがあるのだが」
「はい、なんでしょうか?」
「その腰の鼠。誰かから頼まれて集めておるのか?」
パイモンは指で僕の腰についていた籠を指さした。
相変わらずトコトコと籠の中で走り回っているハツカネズミ。そういえばこの鼠たちも、魔物疑惑がかかっているんだった。
先ほど足元に寄ってきていた2匹の鼠は、時間を止めて覚醒者の部隊から離れる際に無理やり籠の中に入れているので、今は全部で7匹入っている。
「そうです。元々の依頼者はわからないんですが、この袋を使って鼠を集めてほしいと言われたので」
「ふむ。ヨツグよ、少し預からせてもらうぞ」
「え、あ、はい」
言うが早いか、パイモンさんは無遠慮に籠の蓋を開き、その中から2匹掴んで引っ張り出す。
パイモンさんの手の中で拘束から逃れようとするハツカネズミは、チューチューと悲痛な鳴き声を上げながら暴れていた。
直後。
「え」
ぷちゅ、という水っぽい音と共に、パイモンさんは鼠を握り潰した。
その手の隙間から零れる黒い液体。……黒い液体?
鼠から絞られ垂れる黒い液体は、逆再生をするかのようにパイモンさんの腕を駆け上がる。
開かれたその手の上には、鼠ではなくとても小さな黒いスライムが、ぷるぷると自己主張をしていた。
「擬態だ。先ほど話した盟友のペットは、その体を切り離し任意の生物に擬態させることができる。完全に死滅する前に体の一部を逃がしていたのだろう。小さすぎて交信はできぬようだがな」
「ああ……びっくりしました」
急に鼠を潰しやがったので流石に驚いた。と同時に、この場に鼠が残っていたことにも納得がいく。
鼠たちが一緒についてきたのはまだ謎だけど。
え、黒いスライムの擬態って気付いてなかったら、僕ってパイモンさんだけじゃなくて黒いスライムも現実世界へ持ち出すことになっていたのか。
うーん、人類の敵。
「数日もあれば元通りにはなるな。あやつの怒りも収まるであろう。感謝するぞヨツグ」
「数日で……じゃない、いえ。偶然ですから」
数日であのサイズまで戻るって、やっぱり魔物の生態は理解できない。
黒いスライムだってわかってたら多分保護していないと思うので、完全に偶然の産物だ。
そもそも、感謝されているし契約はしているのだが、魔物を生かすための手助けをするほど人類を裏切るつもりはなかった。あくまで僕が死なず、世界を滅ぼされないようにしただけだ。
いや、パイモンさんたちにこの世界を壊させないため、積極的に協力した方がいいのか?
一人考えていると、視界の端で横たわっていた青髪の青年たちが体を起こし始めるのが見えた。
まずい、色々と大変にまずい。
「パイモンさん、ラウムさん。彼らが起きてこの様子を見られると、さっき言った紋章の件と同じようになりかねないです」
「む?それに関しては大丈夫であろう、ラウム?」
「ええ。大丈夫です」
そりゃ2人(?)は大丈夫だろう。息をするように消し飛ばせる程度の脆弱な存在なのだから。
だけど、僕の立場がある。この場は良くても、裏切者だと告発されてしまえば、それもやはり社長とやらに殺されるかもしれないのだ。
「我も挨拶をせんとな」
そう言い残し、アパートの廊下から飛び降りるパイモンさん。なんと、隠れる隠れないどころか自分から向かって行ってしまった。いっそ僕だけ隠れていた方がいいのではないかと考えていると、ラウムさんに手を掴まれた。
「俺らも行くっスよ」
「え、あっ、ちょ」
断る間もなく、ラウムさんは僕を小脇に抱え、パイモンさん同様に飛び降りた。
何かあったときに加勢できるようにと近くのアパートに居たので、青髪の青年たちの目の前に出てまでは一瞬のことであった。
立ち上がり、自分たちの体の状態を確認しながら仲間内で会話をしていたが、気づけば既に銃をはじめとした武装を装備していた。先ほど倒れているときは全員装備がなかったので、やはりこれは今紋章の出ている青髪の青年の異能力なのだろう。
近付いていくパイモンさんとラウム、そして降ろしてもらえた僕に、部隊の全員が気付いたようでこちらを見てくる。
そして。
跪いた。
「「「「「偉大なる魔王様方にご挨拶申し上げます」」」」」
「楽にせよ」
その記憶があるのかはわからないが、先ほど自分たちを殺した相手に片膝をつけて跪き、頭を垂れている。
パイモンさんの一言に従い、全員が立ち上がり銃を地につけ、休めのポーズをした。
明らかに何かされている。
「あの……ラウムさん」
「ん?」
「様子がおかしくないですか?」
「ああ」
ラウムさんは何か納得したように手を叩き、悪びれもせず言葉を続ける。
「悪魔として生き返らせたから、当然ッスよ」
「ええっ」
人類の敵、量産中ってことですか?
生き返らせてくれたのはありがたい。元々敵対している相手なのに今この状況で攻撃されないように事が運んだことも軌跡に近い。
だけど、さすがに魔物と戦っていた覚醒者を悪魔として生き返らせるとは。
パイモンさんに傅く低位の悪魔であれば、契約している僕にも従うんだと思う。僕たちのことを話すなと命令すればそれだけで今日のことは丸く収まるだろう。
もしもすべてがバレたら、言い訳なんてできないが。
僕は本来悪くないはずなのに、殺した張本人と契約をしているという点、生き返らせたのは僕のスキルが元である点から、その事実で僕が悪く扱われてしまいそう。
ああ、胃が痛くなってきた。こんな歳からストレスで胃に穴が開くなんて嫌なんだけどな。
「元の種族のまま生き返らせるなんて、そんな神っぽいことしないッスよ。悪魔なんスから」
「こっちの方が好都合であろう。なに、人間ごときには区別などつかぬ」
何がおかしいのかアハハと声を上げて笑うラウムさん。何がおかしいんだ。
だが、確かにパイモンさんの言うように、見た目にはなんの変化もない。異能力もちゃんと使えているみたいだし、頬についている紋章もそのままだ。
倫理的にどうかは別として、これならバレることはない……のかな?
コロナにやられていました
まだ完治していないのでゆっくり投稿していきます




