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3.よそ行きの顔

 ペルソナ、という言葉をご存知であろうか。

 仮面を意味する言葉からうまれた心理学用語で、社会的な環境に適応するために用いる人格の側面のことである。

 まぁ、何が言いたいかと言うと、誰にでもよそ行きの顔はあるよってことだ。


 だから雪音のこの変わりようは、おかしい話ではない。だけど……。



「ふふ、姫宮君ってお兄ちゃんって呼ばれてるんだね」


「いや、それは……まぁ、うん」


「ん?どうしたの?」


「いや、なんでもないよ」



 流石に家では兄上と呼ばれてます!なんて言えない。でもお兄ちゃんなんて初めて聞いたぞ?雪音が話し始め、僕を呼び始めてすぐくらいからもう兄上呼びだったから、思わず頭がフリーズしてこの状況を許してしまった。

 天津さんから視線を外して前を見ると、コタロウと元気に追いかけっこをする雪音の姿。あいつ疲れるって言葉知らないのかな。

 あ、押し倒されて顔舐められてる。


「でもお兄ちゃんなんだったら納得だなぁ」


「ん?」


「姫宮君。同級生とは思えないくらい大人っぽいから」


「そう?それを言ったら天津さんもかなり大人びてると思うけどな」


「あはは、そんなことないよ」



 クスクスと笑いながら結構子供だよ?なんて話す天津さんは、どこまでも優しそうな目で雪音を眺める。

 だけどその目は、どこか悲しそうに見えた。



「私もお兄ちゃんとか居たら……」


「え?」


「なんでもないっ!おーい、雪音ちゃん!私も混ぜてー!」



 天津さんが小さく呟いた言葉に聞き返すも、天津さんは誤魔化すように立ち上がって雪音の方に走っていく。

 勢いよくコタロウに抱きついて雪音と一緒にもみくちゃになる天津さんに、いまさらその真意を確かめることはできなかった。









「やはりコタロウは可愛いのだ。あんなにも賢く忠義を尽くす犬は我は他に知らぬぞ!」


「確かに、リードを離してても逃げないしなぁ」



 その後割とすぐに天津さんとは解散し、雪音と2人で帰路につく。僕には普段見せないよそ行きの顔は、雪音のペルソナなんだろう。きっと天津さんも、そして僕も。

 それにしても、本当にグレートピレニーズは賢い。リードを離していても逃げないし、呼んだら来る。そしてデカくてモフモフ。可愛すぎる。

 大きい犬は大体賢い気がする……と、ふと親戚が飼っているハスキー犬を思い出した。口を開けた瞬間アホの子になるところもまた可愛らしいが、全員が全員賢いわけでもないな。



「なぁ、兄上よ」

 

「どうした?」


「……学校で、紗凪殿を気にかけてやってほしいのだ」



 深刻そうな顔で、そう告げる雪音。

 普段の言動で台無しになっているものの、雪音は他人の感情にとても聡く、そして優しい。

 雪音なりに、天津さんになにか感じ取るものがあったのだろう。



「……わかったよ、だからそんな顔しない」



 雪音の頭を撫でながら、心配させまいとそう告げる。

 正直な話、知り合ってすぐかつ相手はクラスの中心人物だ。ただの一般生徒でしかない僕に何かができると思うほど自惚れてはいない。

 むしろ積極的に様子を見守っている方が気色が悪いだろう。だからほんの少しだけ、無理をしていないかだけ見守ることにする。



「うむ!さすが我が兄上よ!それじゃあ家まで競争なのだ!」


「あ!おい!ずるいぞ!」



 言うが早いか猛ダッシュを決める雪音の背中を追い、僕も走り出す。ここから家まで信号も障害物もない直線だ。妹に負けるわけにはいかない!と、もつれそうな足を必死に動かした。










「兄上よ、急にオシャレに目覚めてどうしたのだ?……もしや、紗凪殿のことが……!」


「違うからね」



 家までの競争は惜しくもなんともなく、完全なる大敗を喫することとなった。

 汗をかいて気持ちが悪かったのでシャワーを浴びて、その後リビングで髪の水気をタオルに吸わせながらヘアセットの動画を見ていたところ、雪音にそんなことを言われた。


 タイミング的にそう思われても仕方ないけど、違います。頭がおかしいと思われたくないから言わないけど、これはステータスの魅力の数値を上げることができるかの実験を今からするためにやっているのだ。

 決してモテたいとか、そんな、そんな不純な動機は……。

 全くないと言えば、嘘になるかもだけど……。



「うーん、どの動画もそうだけど、顔が良いから髪型が似合ってるところあるんだよなぁ……」


「ふむ?兄上は顔が良くない方なのか?」


「うーん……普通かなぁ」


「ふむ……我には人の美醜がわからぬ……」



 顎に手を当てながら、うんうんと悩む雪音の姿は、切り取って額縁に入れればそれだけで名画になるほどに可愛らしい。

 そもそもの話、僕の家族は美男美女揃いだ。

 父、姫宮夜久(よるひさ)。今年40歳になるというのに、今でも20代前半と言って通じるほどの若さと、モデル顔負けのスタイル、そして美貌。黒髪黒目の同じ日本人パーツを持っているとは思えない。

 母、姫宮初雪(はつゆき)。綺麗な金髪は背中まで伸び、ふんわりさせながら先端で二つ結びにしている。母もまた今年38歳なのに、2人も産んでいるとは思えないほどの若さと、ハーフのような可愛らしい顔立ち。おっとりとした垂れ目の中に輝く碧眼には吸い込まれるような魅力があるらしい。

 妹、姫宮雪音(ゆきね)。銀髪赤目ツインテール美少女だ。母曰く、母方の祖父と同じ髪色と瞳の色らしいのだが、やっぱり浮世離れした可愛らしさに悪い虫がつかないか兄はいつも心配になっている。

 特に、今日外で見せたよそ行きの言動でこのビジュアルだと絶対にモテる。間違いなくモテる。


 とか考えながらじっと見つめていると、コテンと首を傾げて僕を見た。うーわ可愛い。


 対して、僕である。父の黒髪黒目以外は何も引き継いでないんじゃないかと思うほど普通な顔面……普通だよな?

 家族が良すぎて相対的に自分が悪く感じてしまうが、悪くはないと思う。



「父上は?父上はどうなのだ?」


「あれはイケメンだよ、多分かなり上の方だと思う」


「ふむ?ますますわからぬ。兄上が鏡に何を見ているのやら……」


「いや、父さんと僕じゃ顔全然違うでしょ」


「わからん、我は何もわからんのでプリンを食べることにするのだ!……紗凪殿が義姉上になる日も遠くない、か」


「だから違うって!」



 はいはい、なんて知ったふうに手をひらひらさせながら冷蔵庫に向かう妹。これは誤解を解けている気がしないのだが、もう言っても聞かないようなので諦めよう。

 うんうんなるほど、乾かし方ひとつとっても奥が深い。これは、ひたすら練習あるのみだな。

 動画を見ながらやったというのにあらぬ方向にうねり出した髪の毛を指で引っ張りながら、鏡の中に映る自分を見つめる。



「……やっぱり、全然違うだろ」



 妹の美的センスを疑うのみであった。

 それはそれで、顔だけ良い虫ケラに騙されないだろうから良いのかもしれないけど。

 ステータスを見たところ髪のうねうねのせいか魅力の数値も48になっていたし。



「あらあら、青春ね〜、アオハルってやつね〜!お母さんドキドキしちゃう!」


「違うからね母さん」


「今晩はお赤飯にしなきゃ〜!」


「違うからね母さん?!」



 人の話をマトモに聞かないところ、妹と母はどこまでも親子なのだなぁと感じる。

 今日も仲良く賑やかで、それはそれは幸せだけどね。





 


「……なんで赤飯?」



 その後帰ってきた父は、食卓を見て疑問に思ったらしい。僕もまさか本当に赤飯にするとは思っていなかった。



「あ、もしかして……痛い痛いなんでもないですすみません」


「あなた?」


「……?」



 父よ、確かに赤飯といえばソレ、ソレといえば赤飯みたいな風潮があるのはわかるけど、雪音を見ながら口に出すべきことではない。そんなことしてるから耳を引っ張られるのだ。

 幸い、雪音には伝わっていなかった模様。

 あと普通に違う。


 赤飯は美味しかったし、今日はよく動いたから自室に入った後すぐ布団に倒れ、眠りについてしまった。













「復活してる……」



 次の日の朝目覚めた僕を待っていたのは、昨日と全く同じ場所に鎮座しているガチャガチャの機械であった。

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