27.鼠
ゴールデンウィーク4日目の昼下がり、男子高校生がネズミを探し歩く。
うん、意味の分からない字面だ。もっと意味の分からないことが最近立て続けに起きているから、今更ネズミを探して練り歩くくらい逆に日常っぽさがあるかもしれない。ないか。
そもそも逃げた場所がわからないことには探すことも難しいのではと思ったのだが、この町内で逃がしてしまったのは確からしい。匂い袋を手首からぶら下げ、そこらを散策する。
もちろん、匂い袋が手首からぶら下がっているように見せかけた【念動力】の訓練中である。物体の自然な動きの再現。難しいよね。
この町、幼い時から住んでいるが実際に歩いて巡ることはあまりなかったので、こうして歩いていると景色ですら新鮮に感じる。
あの山とか、別次元で松賀さんに吹き飛ばされてたなぁ。今やきちんと修復されているところを見て、少し安心する。
海琴さんの異能力を使って創られたとかいう鐘があるからいいけど、もし無い状態で戦うってなったら松賀さんの異能力って結構制限されそう。
なるべくネズミがいそうな側溝や水路の近くを歩いていると、白い物体がこちらに向かって走ってくるのが見えた。
足元までやってきたその物体は、360度どこからどう見てもネズミだった。真っ白で綺麗な赤色の瞳をしている。アルビノの個体なのかな。
調べた限りハツカネズミってもっと獣っぽい色をしていた気がしたけど、明らかに匂い袋に反応している。
アレさんから貰ったアドバイス通り籠を差し出すと、そそくさと籠の中に入ってきた。
籠の中のネズミを眺めるが、思ったより可愛い。
病原菌を運ぶとか、汚いイメージが先行していたけど、やはりペットとして飼われるような個体は可愛いのだろうか?
籠の中でチューチュー言いながら僕の顔をじっと見てくるハツカネズミ。こんなに可愛いんだから、僕も急いで20匹集めないと。
そう考えたのも束の間、足元にさらに追加で5匹ほどハツカネズミが寄ってきていた。全ての個体が白色である。
まとまって動いていたのだろうか?急にいっぱい出てきたので、さすがに少し驚いてしまった。
ネズミを入れる籠は結構大きく、10匹程度なら余裕で、ちょっと窮屈かもしれないが20匹でも入れそうな程度の大きさの籠である。一匹目の時と同じように籠の入り口を向けてあげると、5匹のネズミは我先にと籠に入ってきた。
ティナといい、このネズミの飼い主といい、普通では言うことを聞かなさそうな動物を調教するのが上手すぎないか?
幸先のいいネズミ探しの仕事のスタート。このままのペースで20匹全員捕まえられるといいんだけど。
ジリリリリリリリリリ!!!!!
けたたましく鳴り響く目覚ましの音。
またか、という感情と、早速使っているんだな。という気持ちが同時に沸いて出てきた。
だが、二度もこんな偶然があっていいのか?と、いうか。この近辺に魔物が出現しすぎでは?
「あれ、君は……」
既視感のある声の掛けられ方をしているが、声からして松賀さんではない。
後ろを振り向くと、青い髪の爽やかな青年が立っていた。その手にはライフル銃のようなものを持っていて、青年の後ろにも、数人似た武装で立っている。
青髪の青年の頬にだけ黄色に輝く紋章が浮かんでいることから、現在進行形でなんらかの異能力を使っているのだろう。
覚醒者で構成された部隊とやらだろうか?これが松賀さんだったら話は早かったのだが、知らない人なので説明しなおさなければならない。
面倒だな、と感じつつ、青年に話しかけようとしたその時。
「ッ……動くな!!!!」
青髪の青年は、慌てた様子で僕に銃口を向ける。
突然の出来事に、体は硬直してしまう。結果的に動くなという命令に従うことはできたが、銃口をこちらに向けられる理由がわからない。
「あの、すみません。何故僕は銃口を向けられているんですか?」
「この空間に存在できるのは覚醒者か魔物だけのはずだろ!なんなんだお前は!」
「はい。僕も覚醒者で、今日……」
「黙れ!腰に魔物をぶら下げている奴が覚醒者を名乗るな!」
慌てて腰にぶら下がっている籠を見た。そこには、元気に籠の中を歩きまわるハツカネズミたち。
たしかに、今日の午前中に次元幽閉状態になったときは、即座に犬の鳴き声すら聞こえなくなった。たぶん、彼の言っていることは一部は真実なんだろう。
だが、ここまで体の近くにいる動物だったら一緒に次元幽閉状態になってもおかしくないのではないだろうか。
それに、奏さんと話していた限り、魔物というのは一時的にこの空間にやってくるだけで、あの道具を使っても一緒に幽閉されるとは限らないのではないか?もしそうだとしたら、3時間の時間制限なんてあってないようなもので……いや、もしかして効果時間に制限がなくなったから、奏さんが僕に言わなかっただけで効果が変わっているとか?
元々の鐘の効果を深く知らないせいで、情報が足りない。言い訳がうまくできない。
そう考えていると、また2匹のハツカネズミが僕の足元に寄ってくる。
……僕が触れていなくても次元幽閉されてる子がいるんですけど。これ、このネズミ本当に魔物ってこと?にしては可愛いし戦闘能力なんてなさそうだけど……。
「グッ……田中!時間止めろ!」
「了解ッ!」
青髪の青年は、銃口をネズミに向けた。が、大きさで撃っても無駄と判断したのか、それとも僕に対処するためなのか時間停止を命令する。
田中と呼ばれた男は、目覚まし時計を掲げた。
そういえば時計の針をロックしたら1分間時間を止めれるんだったな。
田中と呼ばれた男が目覚まし時計で何かしらの操作を行った瞬間に、周囲の音と田中以外の人間の動きが静止する。
田中の頬には、ほんのりと白く光る紋章が浮かんでいた。道具を使っても紋章は出てくるのか?
田中は腰のホルスターからナイフを引き抜き、こちらに向かって来ようとし……僕の動きが止まっていないことに気付いた。顔を一気に青ざめさせ、腰を抜かす田中。
「な、なんで止まってな……」
「田中さん?僕は今日から新しく赤誠コンポーネント株式会社に協力することになった、覚醒者の1人です。まだ何をするか具体的に決まっていませんが……」
「う、うるさい!人型の……魔族が!化け物が!クソォォ!」
ライフルをこちらに向かって乱射する田中。思わず目を背けてしまったが、銃弾は少し動いてすぐに静止する。
時が止まっている状態では、体から離れた物体はすぐに静止するからな。初めて時間を止めたのだろう。相当混乱している。
それにしても、人のことを化け物呼ばわりとは。琥珀麻呂さんみたいなことを言わないでほしい。
だけど戦い慣れていそうな隊員からその言葉が出てくるということは、人型の魔物が出現することもあるんだろうか?
「田中さん……その道具、僕と栗山さんと御厨さんで創ったものです。僕の異能力が元になっているので、動けるだけです」
「あ、あ、く、来るな……」
田中には一体何が見えているのか。
このままあの銃弾の射線に立っていたら、1分後時間が動き出したときに蜂の巣になってしまう。だから動くついでに田中に近付いただけなのだが、怯えすぎだ。
いや……逆の立場に立ってみたら確かに怖いか。知らない顔のやつがいると思ったら、魔物を連れているようにしか見えなくて、新しく手に入れた時間を止める道具も通用していない。そのうえ覚醒者の事情にやけに詳しく話しかけてくる。
信じてほしいと言いたいところだけど、【虚偽感知】を持っている僕と違って何が本当なのかわからないのだろう。
殺されない程度に無抵抗を貫かなければ。
1分を待つのは面倒だなと思ったが、そういえば僕の異能力は任意で時間も動かせるんだった。
ということでスタート。
どんな威力を持っていたのか、ブロック塀と家屋を貫き吹き飛ばす銃弾。
腰を抜かして絶望したような田中と、時を止めたはずなのに一緒に動いている魔物を連れた男。
「う、う、撃て!!!!」
あー……。そりゃそうか。
僕は時を止めた。




