25.スンスン、これはメスの匂い
海琴さんに最初連れてきてもらった時と同じように、今度は元の場所に連れて行ってもらった。
海琴さんいわく、次元の穴を開けようとしている先の周囲の状況は先にわかるので、人に見られないように異能力を使うのはお手の物らしい。
相変わらず別次元内の海琴さんの生活スペースは見せてもらえなかった。
見たら次から強制的にポイするとのこと。
「じゃあよつぐ、何かあったらメッセージ送るです」
「色々とありがとうございました」
「奏にもなんでもいいから連絡してあげてほしいです。多分喜ぶです」
「わかりました」
そうは言ってもなぁ。女性にメッセージなんて送り慣れていないので、なんて送ればいいのかわからない。
それも年上の女性。アレさんも年上の女性だけど、業務連絡がメインだし。
そういえば天津さんとも全然話していないけど、明日どうせ学校だし、まぁいいか。
海琴さんとも別れ、アレグリの事務所へと向かう。
既に正午を少し過ぎているので、早歩きで。そこまで遠く離れているわけでもなく、事務所へはすぐに到着した。
雑草覆い茂る道を進み、事務所の中に入ると、誰もいない。スマホを見ても特にメッセージは入っていないし、アレさんはともかく事務所で待っていたはずの雪音もいない。
2人でどこかに行くなら、最低でもメッセージは残すだろう。前もそうだったし。もしかして、まだ自称猫又の琥珀麻呂と話しているのだろうか?雪音の知り合いでもありそうだったし、合流しているとか。
にしても鍵をかけないのは不用心な気もするが……まぁこんな場所に誰も入ってこないか。事務所としてどうなんだって話だけど。
一応、『事務所に戻っています』とだけアレさんにメッセージを送っておく。
すれ違いになっても嫌なので、事務所で待つかどうか悩んでいると、すぐにメッセージは返ってきた。
『今雪音ちゃんと昼食を受け取りに行っているから、もう少し事務所で待ってくれ』との返事。
異能力だとか組織だとか、そういう話をしてきたばかりだったので、アレさんや雪音がいなくなっているのも不穏なことではないかと少し勘ぐってしまっていた。だが、異能力関係のことを除けば後はいつもの日常。
奏さんたちと協力して道具を創る以外には、僕は普通に過ごしていても良いんだと思う。
少し安心して、ソファに深く腰掛けた。ふと、雪音が読んでいた本が目に入った。大きく、分厚い本だ。
手に取ってページを捲ってみる。雪音が読んでいるのを横から覗いた時にも思ったが、やはり読めない。日本語で書かれていないのはもちろん、アルファベットとも違う。特徴からしてヒンディー語でもないので、アラビア語とかそっち系だろうか?
スマホの翻訳アプリでカメラを起動して向けてみるが、言語が検出されない。雪音、一体どこの言語の本を読んでたんだ?というか読んでたのか?実はかっこつけで本を開いてたけど何もわからなかったとか。
あり得る。厨二病ってそういうところあるもんな。
よくわからない文字によくわからない魔法陣やよくわからない植物や動物、石のようなものまで描かれているページをパラパラと捲っていく。
ふと、世界地図が描かれたようなページで手が止まる。見開きで右のページには地球の世界地図が描かれており、反対に左のページには全く知らない場所の地図が描かれている。どこかの国の地図の拡大版だろうか?
地球の世界地図の方には、端の方によくわからない言語と、さらにその横に『地球』と書かれている。
左のページの方には、地図内に直接地名を指しているような書き方がされているが、案の定読めない。
なんだか、知らないゲームの攻略本でも読んでいる気分だ。
他には特にめぼしいページも見つからず、ただただ謎言語の鑑賞会になっていたので本を閉じる。
もう一冊、雪音が読んでいた本とは別に分厚い本がテーブルの下に落ちているのを見つけた。
今持っていた本に比べて、明らかにボロボロな本だった。表紙の素材が何でできているのかはわからないが、端的に言って汚い本。まるで誰かが数十年持ち歩き続けたかのようだ。
これまたボロボロの紐で閉じられている。隠したり封をしたりといった様相ではないが、異質な雰囲気に読んでいいものなのか迷う。が、置いてある場所からして先ほどまで雪音が読んでいたであろうことが予想できるので、多分大丈夫だろう。
鞣した動物の皮のような質感の表紙。まるで血でも滲んでいるのかというほどにあちこちが赤黒くなっている。
こういう本って、ホラーゲームとかだったらめちゃくちゃ繰り返し同じことが書いてあったりするんだよな。んで、閉じて振り返ったら驚かされる、みたいな。
少しドキドキしながらも、緩く結ばれた紐をほどく。そのまま表紙を捲ろうとして……。
「ただいまなのだ!兄上!寿司、寿司なのだ!」
「雪音ちゃん?扉は壊さないでくれるかな」
ドゴォ!というけたたましい音と共に、入り口の扉が開かれる。
振り向けば、両手に袋を持ったまま片足を上げている格好の雪音と、呆れた顔で首を振るアレさんが居た。
運動神経が良いのはわかっていたけど、ドアノブすら使わずに蹴りで扉を開いてしまうとは。アニメとかではよく見るシーンだけど、現実でもできるんだ、それ。
僕は手に持っていた本を置き、雪音とアレさんのもとに向かう。
「すまないね、少年。入れ違いになっていたようだ。先に戻っていると思ったらまだ戻っていなかったから、雪音ちゃんと予約していた昼食を取りに行っていたんだよ」
「ほら兄上!寿司!しかも高い寿司なのだ!グリモワールの奢りなのだ!」
「ああ、すみません。戻るの遅くなっちゃって」
「……?兄上、なんかタバコみたいな臭いするのだが……」
雪音の持っていた寿司の袋を片方持ち、机の上に下ろす。その際に近付いたからなのか、雪音がスンスンと鼻を鳴らしながら僕の服を嗅ぎ始めた。
ああ、奏さんの部屋吸い殻すごかったもんな。一緒にいる時は吸っていなかったけど、残り香みたいなのが付いちゃったか。ていうか鼻良いな。あの部屋に直接入った僕も、そこまで煙草のにおいは気にならなかったのに。
今度は僕の手を取って、指先の匂いを嗅ぎ始める。
「吸ってるわけじゃないのだ……?」
「未成年なんだから吸うわけないでしょ。タバコを吸う人と話をしてたからそれで匂いがついちゃったのかも」
自分で言っていて思うけど、最近の僕は誤魔化すためとはいえ嘘が増えてきた気がする。
【虚偽感知】が自分の嘘には反応しない仕様でよかった。奏さんがタバコ吸うのは本当だからどっちにしろ大丈夫だろうけど。
そのとき、開いたままだった扉の方から声がかかる。
「にゃ、匂いのことなら任せるにゃ」
「あれ、琥珀麻呂さん」
そこには今朝も出会った白い猫又モチーフの少女、琥珀麻呂さんが立っていた。
相変わらずの口調と猫耳猫しっぽ。立ち姿を見ていると、尻尾がうねうねと自然に動いているのがより目立つ。
雪音は、またか、とでも言いたそうな顔でこちらを見ていた。うん、不可抗力です。
「すんすん、にゃるほどにゃるほど。これは髪を染めてるオスの匂いにゃ。抱きしめられたにゃ?あと、メスの匂いがふたりぶん……。片方がタバコと酒をやってるにゃ。あとそのメス発情してたにゃ」
「発情以外は正解です」
「にゃんでにゃ!絶対発情してるにゃ!交尾してぇメスのにおいがついてるにゃ!発情したままめちゃ近くまで近寄ってるにゃ!にゃんにゃらヨツグもはつじょ」
「ストップです」
思わず手で琥珀麻呂さんの口を塞ぐ。
聞かれてないかと後ろを見れば、アレさんも雪音も、興味ないと言わんばかりに寿司を見ていた。
聞かれていないことにはほっとしたが、琥珀麻呂さん。危険人物である。
今度は手の中でスンスンと鼻を鳴らし。
「恋人繋ぎまでしてるにゃ……」
もう、何も驚くまい。
琥珀麻呂さんは何かしらの能力を持っているのだろうから。
だが、それは果たして異能力なのだろうか?もしかすると、僕がガチャでも能力を手に入れているように、能力の源泉が違う者も多く存在しているかもしれない。
そしてまだ僕は能力者事情に詳しくない。迂闊にストレートに聞いて藪蛇だった場合。敵対組織もいないとは言い切れない。
もう少し様子をみなければ。




