23.チョロイン
「さーて、部屋もそこそこ片付いたことだし、君の能力をちょいと借りて道具を創ってもいいかな?」
「どうぞ」
少し奏さんとの距離を感じる。
やり返し方がまずかったのだろうか。僕も経験ないので人のことは言えないが、少し純情すぎではないだろうか?
床の空き缶を片した後は、机の上に散らばっているものだったりとかを軽く片付けていた。説明を受けるだけだったはずなのに、謎の時間を使ってしまった。
「これ、なんだと思う?」
「小さい鐘……ですか?」
「そ。これで何が起こるかは、君もさっき経験したと思うよ」
そういえば、次元幽閉の状態になる前、鐘の音がどこかから聞こえてきたような。
これが海琴さんの言っていた、覚醒者を別次元に閉じ込める道具か。
「海琴さんの能力を持った道具ってことですか?」
「正解。みこちゃんの異能力を使って作られている、覚醒者を別次元に幽閉する道具。魔物って、最初は覚醒者が幽閉される別次元と同じ場所に現れるんだよね。それを放置してたら、現実世界に顕現してきちゃうから、これを使って先に倒しちゃおうってわけ」
「それで、その道具には時間制限があると……」
「え、ほんとに私の話聞いてくれてたんだ……。そうなんだよ、出現した魔物を3時間以内に討伐できなければ、魔物ごと現実世界に吐き出されちゃう。別次元では生物の死以外はなんだって復元されるけど、現実世界に出てきちゃえば……」
容易に想像できる、先の黒スライムが市街地に出現すれば、何が起こるか。
大災害なんて言葉で言い表せないほどの蹂躙が待っている。
というか、あんな魔物が出てくるというのに、5年以上前は一体どうやって被害を食い止めていたのだろうか。気になるところである。
「それこそ松賀みたいな破壊力のある覚醒者が何人もいればいいけど、そうもいかないからね。魔物毎日全国で大量に現れているんだ。だからこそ、この組織には部隊制が導入されている」
「部隊制?」
「そう。覚醒者の人数自体は結構数いるんだけど、実際戦いに使えるような異能力を持った覚醒者って3割程度しかいないんだ。だからこそ、戦闘と戦闘補佐ができる者たちで部隊を組んで、魔物に対抗できる力としている」
松賀さんが槍の投擲一撃で大きい魔物を倒していたが、あれはイレギュラーなのだろう。
本来であれば、複数人で部隊を組み魔物の出現に備える。
「僕の覚醒した異能力って、戦闘に使えるとは思えないんですけど、どうなるんでしょうか?」
「さぁ?多分本部でその話も出るんじゃないかな?今日のところはいきなりだったから、誓約と説明だけなんだけど、後日戦闘ができるのか、有用な異能力なのか判断されると思う。けど、私の見立てじゃ君は戦いに行かされないと思うなぁ」
「そうなんですか?」
「だって君の異能力、他で代わりになるような人いないからね。というか、浅田が集めてる覚醒者って松賀以外は基本的に魔物と戦わないよ。私の異能力で道具創りするのに向いている人を集めてるみたいなところあるから」
確かに。もし僕の異能力を使って創れる道具が、これから先の魔物との戦いに必要不可欠だと判断されれば。
万が一にもそんな人員を無くさないよう、多少戦える程度じゃ戦闘には行かせない可能性が高いだろう。
「さっきの道具以外なら……これとか」
「なんですか?これ」
白い半円状の布を懐から取り出す奏さん。布は二枚が重なるように縫われているようで、半円の弦の部分が開くようになっているようだ。
なんかどっかで見たことあるような……。
「これね、四次〇ポ〇ット」
「ちょっと?」
「ひ〇つ道具を無限に入れられるド〇え〇んのおなかについてるやつね」
「奏さん?」
確かに似ているとは思ったが、ここまで隠さず言われるとは。誰かピー音入れて。
某猫型ロボットが持っているような、無限に道具が入るポケット。言われてみると奏さんの作る「能力を持った道具」って、某猫型ロボットが出してくる道具と似てるしな。
「まぁ冗談だけど、似たようなものだよ。武者小路の異能力を使って創った道具で、私の創った能力持ちの道具に限り、無制限に出し入れができる道具なんだ」
「ああ、それは便利ですね」
「そう。武者小路って元々東京都の戦闘部隊の一員で、持ち運びが難しい大型の重火器とかを取り出して使うとかいう物騒な戦い方してたんだけど、私の異能力と合作で創れる道具が優秀だから浅田に引き抜かれたんだよね」
へぇ、清澄さんって元々東京の人だったんだ。都会人だなぁ、少し憧れる。
どこでも重火器を使って戦闘するって、ちょっと男のロマンがあるなぁ。
「……と、いうわけで夜嗣君。君の異能力を使って道具を創ろうと思うんだけど……」
「……?はい。いつでもどうぞ」
「あのさ……」
奏さんがモジモジとしており、なかなか僕に近付いて来ようとしない。
「さっきみたいなの……一旦なしでお願い」
「あ、すみません、嫌なことして」
やたらと別の話をして尺稼ぎをしていると思ったら、そういうことか。
僕がキス待ちドッキリをやり返したのが奏さん的にちょっとトラウマになっているかもしれない。反省。
年下の男、しかも高校上がりたてなんて、成人している女性からすればガキもいいところだろう。そんなのに生意気な態度取られたら不愉快なのも頷ける。落ち着こう、僕。
「嫌とかじゃ……」
「スゥゥ……ハァァ……え?なんですか?」
「うざ。じゃあ始めるから、私に背中向けてくれる?」
深呼吸している最中に奏さんが小声で喋っていたので聞き返すと、なんと罵倒が返ってきた!
頭の上にはてなマークを浮かべながら、奏さんに背中を向ける。
「後でみこちゃんが帰ってきたら、2人の能力を合わせて創らせてね。今は夜嗣君の能力だけでやってみる」
「はい」
「じゃ、じゃあ触るね……」
言葉の直後、首筋にひんやりとした感触。あ、服越しに背中触るとかじゃないんだ。
もみもみと首の後ろを揉まれる。どこまでが必要な作業なのかがわからないので、暫く目を瞑って無抵抗でいよう。
もみもみ。
もみもみ。
さわさわ。
なでなで。
首の後ろを揉んでいるかと思えば、頭を撫でられ始めた。これ、必要なのか?
「夜嗣君ってさ……」
「?はい」
「……付き合ってる人とか……」
「……いないです」
何を言っているんだこの人は。なんでちょっと甘そうな空気が漂っているんだ。
そしてなんで僕はちょっと満更でもなさそうな気持ちになってしまうんだ!落ち着け僕!これも多分さっきの仕返しだ!魅力50前後の僕が年上お姉さんから相手にされる訳ないだろ!
流石にちょっと撫ですぎだよなと思いながら、続く言葉を待っていると、思わぬところから声がかかった。
「……じぽ、です」
「みこちゃん?!」
海琴さんの声が横から聞こえる。目を開けてそちらを見ると、信じられないものを見る目で奏さんを見ていた。
「かなで、えろい顔しすぎです。相手が男でも未成年相手に手を出したら捕まるです」
「みこちゃん!私そんな顔してないんだけど!?」
「海琴さん、おかえりなさい」
「ただいまです。よつぐ、今なにしてたです?」
「僕の異能力を使った道具を創ろうとしてました」
「把握です。ちなみにそれ、背中触って数秒で終わるはずです」
奏さん?振り返ると、顔を両手で覆って隠している奏さんがそこに居た。耳まで真っ赤である。
そこまで恥ずかしがられると、こっちまで照れてしまう。
海琴さんはため息を吐くと、僕の肩をポンと叩いた。
「かなでは、こう見えて男性経験0です。そのくせ恋愛漫画を読み漁っては恋したいと叫び散らかす女です」
「まぁ、男慣れはしてないんだろうなとは思ってました」
「えっ」
後ろから驚くような声が上がったが、あんな態度で逆に男性経験豊富と思える方が不思議だ。
むしろ、男性経験豊富であんな演技ができるならもうサキュバスだよ。
海琴さんは、今度は奏さんの肩を叩きながら言う。
「そもそもが未成年です。かなで、未成年はだめです。もう16歳未満に対する性行為は同意があっても犯罪になるです」
「せっ……!しないよ!それなしなら別にいいんでしょ!」
「うーん、だとしても社会人と高校生が付き合うのってどうなんです?ぼくはちょっと遠慮しちゃうです」
「あるもん!漫画だったらあるもん!」
「出たです出たです。恋愛漫画脳」
「じゃあみこちゃんはどうなのさ!経験あるの!?」
「ぼくは最初からそんなこと興味ないです」
女同士の会話になってしまったため、僕は横から入れなくなった。
妹の雪音にも、よく女同士の話に男が入ったら萎えるからやめた方がいいのだと言われているので、ここは石像にでもなったつもりで待とう。
「よつぐだって、きっと年上とか興味ないです」
「えっ……」
あります。大いにあるのでこのタイミングで話を振らないで下さい。
そして奏さんは僕に絶望したような顔を向けないでください。
「奏さん、道具創りましょう」
「あ……うん、そうだね。早く創って、夜嗣君帰らなきゃだもんね」
「チッ、逃げたです。腰抜けです。ケッ、です」
逃げで結構。酔っているとはいえここまでストレートに脈ありますみたいな態度を取られると、僕としてもどうしていいかわからないのだ。それも年上の人。
心苦しいが、このままだと僕は帰れなくなる。こんな状況になってますなんてアレさんたちに話せるわけがないし、なるべく早めに戻っておきたいのだ。自由裁量勤務とは言っても、今日は一日空いていると言ったばかりだし。
「……ない?」
「……ないことは、ないです」
とはいえ、こんな顔をする奏さんを曇らせたままにはできないので。
僕の正直な気持ちは一応伝えておくことにした。




