19.覚醒者
本日2話更新してます
こちら2話目ですのでご注意ください
「ったく、まぁ雑魚でも魔物を初めて見りゃぁそんなもんか」
呆然と腰を抜かしたままの僕を見て、こちらを見ながらため息を吐く男。その顔には、先ほどまではなかったはずの青い紋章が浮かんでいた。が、よく見えないままにまた消えてしまった。能力の一種だろうか?
それにしても、今のような事態を見てなんともならない人がいるなら是非見てみたいものだ。
「おい!見てんだろ!終わったからさっさと出せ!」
男は突然空に向かって叫び始める。すると、ヴンッという音を立てながら人の大きさほどもある黒い楕円が僕たちの近くに出現した。
先ほど黒いスライムが出てきた黒い円に似ているため、思わず身構えてしまう。
「毎度毎度うるせぇです。大声出さなくても聞こえるです」
「お、来たな。終わったからさっさと出しやがれ」
「出してくださいって言うです。言葉遣いのなってない野蛮な男です。そんなんだからモテないです」
「うるせぇよ貧乳チビが」
「もう出してやらねぇです」
僕の予想と反して、黒い円の中から歩いて現れたのは小柄な女の子であった。
かなりのオーバーサイズのパーカーを着ており、被ったフードにはウサギの耳が付いている。
フードの中に覗く顔は、黒髪ボブの可愛らしい感じの女の子。そして、その頬には先ほど男の顔に浮かんでいた紋章と同じようなものが浮き出ていた。先ほどと違うのは、青色ではなく黒色ということくらいだろうか?
男が言うように、確かに小柄ではあるが、普段妹を見ているせいかそこまで幼い印象は受けない。
「きみ、まだなにも説明受けてないです。きみは一緒に来るです」
「あ、ありがとうございます……」
女の子は僕に手を差し伸べてきた。
先ほどとんでもない威力の超能力を見せた男にも一切恐れないどころか、軽口を言い合う始末。この子の肝が据わっているのか、それとも信頼できる仲だからなのか……。
とにかく、差し出された手を取り立ち上がる。
「ぼくは栗山海琴です。きみの名前はなんです?」
「おう、俺ぁ松賀不動ってぇんだ。よろしくなぁ?」
「うるせぇです。引っ込んでろです。てか遅すぎです」
「ぁあ?別にいぃだろうがぁよぉ?」
「あ、あの!僕は姫宮夜嗣っていいます」
「よつぐ。ぼくのことは気軽に海琴って呼ぶです」
「貧乳ガキで十分だぁっ……」
松賀不動と名乗った男は、突如足元に出現した黒い円の中に吸い込まれていった。
栗山海琴……ぼくっ娘の海琴さんは、深いため息を吐く。
「話が進まないです……よつぐ、白い髪の男の人と話した内容は覚えているです?」
「白い髪の……もしかして、桜御翁元親さんって人ですか?」
「です。その様子だともとちかの言ったことちゃんと覚えてるです。よつぐも、ぼくたちみたいな特殊な能力に目覚めてるはずです。何か用事はあると思うですが、さすがにこのまま帰すわけにはいかないです。昼までには帰すから一旦ついてきてもらうです」
「えーっと……わかりました……」
「大丈夫です。とって食べたりしないです。今日は色々と話さないといけないだけです」
やはり。桜御翁元親の仲間であった。
これから行った先に桜御翁元親が待ち受けているのだろう。そして、僕の平穏は本当に終わり、異能力バトルの世界へ……嫌すぎる。せめてもう1か月くらい後だったら、もしかするとガチャでもっと強くなれて、自衛の手段も揃っていたかもしれないのに。
だが、待てよ?覚醒能力の【明滅する時の王】とやらはガチャから出てきた覚えがなかったのだが、海琴さんや桜御翁元親が言っているような能力というのは、僕のどの能力かはまだわかっていない。
ガチャ自体が僕の能力かもしれないし、ガチャから出てきたすべての能力のことを言っているかもしれない。
だが、実際にはガチャのことは知られていなくて、覚醒能力を手に入れたことがバレているなら。
ガチャ産の能力については伏せておいたほうがいいかもしれない。
僕はまだ、僕以外の能力者について知らなさすぎるのだから。
「これに入るです。目を開けたまま入っちゃだめです。目を瞑って入るといいです」
「わ、かりました」
海琴さんが僕の前に黒い円を出す。円の向こう側は相変わらず見えないが、状況から察するに空間を移動する能力とかだろうか。ためらいなく仲間に使っていたので、危険性はないのだろう。目を開けたまま入ってはダメな理由はいまいちわからなかったが、 言われたとおり目を瞑り、黒い円の中に突入する。
そこは肌寒い空間であった。目を瞑っているので周囲に何があるのかはわからないが、聞こえてくる音から察するに、テレビがあることはわかる。一昔前のアニメ映画が流れているようで、僕も何度か見たから覚えている。
焼け落ちる城から、小さな飛空艇に乗った主人公がヒロインを助け出すシーンだ。
なんで?
「おっと、テレビ消すの忘れてたです」
「え、やっぱりテレビありますよね。ラピ〇タ流れてますよね」
「バレちゃったです。ぼくは普段ここで生活してるです。見られるのは恥ずかしいから目を瞑っとけです」
「あれ、でもさっき松賀さんを落としてませんでしたか?」
「あいつは別の次元経由で放り出してるです。この次元が一番安定しているから初めてでも酔わないで済むです」
松賀さんに対する対応が雑すぎる。が、海琴さんの優しさでここに入らせてもらったようだ。
恩を仇で返すのは信条に反するので、目を開けたりはしない。
「どうせ仲間になるから言うですけど、これがぼくの異能力です。【奔放なる次元の王】っていうです。次元に穴を開けて好きなところに行き来できるです」
「ってことは、さっきの急に周りに人がいなくなったのも、海琴さんが?」
「あれは違うです。別の覚醒者……ああ、ぼくたちは特殊な能力を異能力って呼んで、それを持つ人のことを覚醒者って呼んでるです。で、異能力を持った道具を作る覚醒者がいるですけど、その人がぼくの異能力をもとに作った道具を使ったです。使った人の周囲100メートルに居る覚醒者を別次元に閉じ込める道具ですが、さっきのあいつが周りを確認せずに使ったからよつぐは巻き込まれちゃったです」
「なるほど……偶然だったんですね」
松賀さんが道具を使った時、たまたま100メートル以内に僕が居て、たまたま僕が覚醒者だったから巻き込まれて次元幽閉されたと。一体どんな確率なんだよ。
ここ数日、今まで会ったことのない妹の友達と偶然エンカウントしたり、自称猫又に出会ったりと、なにか運命めいたものを感じる。本当に偶然なんだろうけど、ここまで続くと作為的なものを感じても仕方ないよね。
「覚醒者の位置を特定できる異能力を持った覚醒者がいるですが、その人が帰ってきたらまた夢で、もとちかが声を掛けて、日程を決めてからよつぐを迎えに行く手筈だったです。でも、起こったことは仕方ないから急遽ついてきてもらってるです」
「なるほど……」
「さっきの戦いを見たらわかると思うですけど、覚醒した能力によっては人なんか簡単に殺せちゃうです。だから、覚醒した能力が暴発したりする前にこうやって連れてくる必要があるです」
確かにそうだ。
僕の場合はステータスを見れば能力が手に入っていることはすぐわかるし、どんな効果があるかも判明している。
だが、それは【自己分析】による結果をみることができたからだ。
普通は持っていないだろうから、知らないうちに覚醒していて、知らないうちに能力を使いあら大変!なんてことになったら良くないからな。
それならそうと桜御翁元親も言えばいいのに、彼は思わせぶりなことを言うだけ言って夢から立ち去った。
もし僕があれこれと能力が発動できないか試すタイプの人だったらどうしたんだろう。
……実は意外と考えなしだったのだろうか。いや、さすがにそんなはずはないと思いたい……。
「これから行く先で、よつぐの覚醒した異能力がわかるです。使い方もわかるです。それから色々教えるです」
「わかりました」
ゲームとかアニメでいう、鑑定する能力みたいなのがあるのかな?と、そこまで考えて気付く。
あれ、これもしかして、ガチャ産の能力のこともバレてしまうのでは……?
「立ち話は終わりです。ぼくが連れてくですから、途中で手を離したらだめです」
「……わかりました」
今更後戻りはできないし、させてもらえない。
抵抗なんかできないだろう。もしガチャ産の能力を知られたくなくて暴れたりなんかしても、松賀さんみたいな人が居たら一瞬で取り押さえられる。なんなら危険分子と判断されたらあの黒いスライムみたいにされかねない。
そこから現実逃避する暇もなく、海琴さんにぐいっと手を引かれ、ほんのり肌寒い空間を抜けたのだった。




