18.これが異能バトル
昨日更新できなかったので本日2話更新です
こっち1話目です
どうにもアルバイトが上手くいかない。
研修がいつまでたっても終わらないとかやめてほしいけど、とりあえず今は何もすることがなくても時給が発生するようなので、納得するしかない。
人間、自分にしか利益がないと逆に焦るものなのだなと感じた。
他にどうすることもできないので、とりあえず事務所に戻ろうとしていた。
ゴーン……ゴーン……。
教会で聞くような、大きな鐘の音。同時に、世界から色が失われる。
近所の犬が吠える声も、飛んでいた鳥の姿も、おおよそ生物の気配と呼べるものが周辺から消失していた。
突然の出来事に、一瞬体が固まる。
が、動ける。桜御翁元親が最初に接触してきたときと似たような雰囲気ではあったが、僕自身の動きが制限されたり、自分の立てる音が消えているわけではなさそうだ。
そもそもあれは夢の世界。今回は眠気に襲われたりもしていない。
今自分の身に起きている現象を確認できないか、ステータスを確認してみる。
思った通り、一部にこの状況を示唆する表記があった。
――――――
姫宮 夜嗣
15歳
状態:次元幽閉(不完全)
あなたの存在は現世とは位相のズレた次元に幽閉されています。
不完全な次元幽閉の為、持続時間経過後に元の次元に戻ります。
この状態の残り時間:2:59:48
筋力:37
反応:66
瞬発:51
精神:188
魅力:57
覚醒能力:
【明滅する時の王】▽
常時発動能力:
【虚偽感知】▽
特殊技能:
【自己分析】▽
【念動力:レベル4】▽
【悪魔召喚】▽
――――――
状態の欄にある次元幽閉という文言。
この説明通りなら、放っておいても死にはしなさそうだ。
精神の値がまたも急上昇しているが、これはひとまず後で考えよう。どうせ答えは出ない。
問題は、僕をこの状態にした何者かが存在するということ。
間違いなく超能力。それも僕を捕捉して、ピンポイントで僕に対して超能力を行使している。
まさか、桜御翁元親が近いうちに会おうと言っていたのが、今だとでもいうのか?
「ぁあ?誰だおめぇ」
後ろから声をかけられる。慌てて振り向くと、そこには身の丈よりも長い槍を地面に突き立てた男が立っていた。
黒髪短髪で、目つきが悪く、非常に威圧感のある雰囲気を醸し出している。何よりもあの槍が目を引く。
三叉槍だのトライデントだのと呼び方は色々あると思うが、刃の部分が三又に分かれている槍。
全体的に青銅のような質感で、シンプルな造りになっている。街中でそんなものを持って一体何をしているというのか。
「まぁさか、今回の敵はおめぇだって言うんじゃぁねぇだろうなぁ?」
「すみません、鐘の音が鳴ったと思ったら、辺りが急にこんなになっていて……」
「ぁあ?あー、なるほどなぁ。おめぇか、ボスが言ってた奴は」
槍を構えようとしていたので、慌てて自分は何も知らないことを伝える。
今回の敵、ということは、何度も何かと戦っているということか?
この状況を作り出したのがこの男なのだろうか。だが、今ここで出会うまでこの男は僕を認識していなかった様子だ。
それに、ボス?桜御翁元親がそうだろうか?
「おーけーおーけー、これが終わったら説明してやるから、ちっと見てろや」
「わかりました」
そう言いながら槍を肩に担ぐ男。
後で説明すると言われているのに、武器を持っている相手に食って掛かるような間抜けなことをするわけにもいかない。
「……ちぃっとばかし物分かりがよすぎんなぁ、おめぇ。苦労してんだろ」
「まぁ、色々と慣れてますから」
「ちっ、まぁ聞き分けのねぇ奴よりゃよっぽどマシだ」
度重なるドッキリや非日常で精神は鍛えられていると言いたいところだが、確かに自分でも今の状況を驚くほど冷静に捉えられていると思う。さすがに慣れてきたとはいえ、銃刀法をばっちり違反した槍を担ぐ態度の悪い男に声を掛けられて平常心を保てるのは少しばかりおかしい。
これも、急激に上昇した精神のステータスの影響だろうか。上がりすぎると、人間的な感情が抑圧されていくのではないか。
少しだけ、不安になる。
「っと、そろそろか。危ねぇから敵が来たらおめぇは下がってろ」
「はい」
数十秒ほどじっと空を見上げていたかと思えば、急にそう言葉を発する男。
こっちのことを気遣ってくれるあたり、意外と悪い人ではないかもしれない。目つきは悪いし口調も荒いけど。
今からその敵とやらが来るのか?この市街地に?
男に追随して上を見ていると、空に小さな黒い円が浮かんでいるのが見えた。
そこだけ空間がぽっかりと切り取られたかのように、真っ黒。
目を凝らして見ると、少しずつ大きくなっているように見える。
瞬間。
「やっぱ事前情報通りだな」
それが黒い円から零れ落ちて、地に落ちる。
まるで黒いビニール袋に水を詰め込んだかのような見た目。それはゆっくりと地に満ち、周囲の家々を押し潰し飲み込んでいく。
少し離れているはずなのに、遠近感すら失うほどの巨大さ。粘性を持つその体は……。
「あれが今回の敵の、スライムってやつだ。まぁ雑魚だな」
なんの緊張感もなく、槍を担いだまま男はそう言った。
あれが雑魚?待って、僕の思っている異能バトルと違う。
あんなの、時を止めようが【念動力】で物をぶつけようが勝てる相手じゃないだろ。
【悪魔召喚】ならなんとかなるかもしれないけど、デメリットを考えると……。
「え、あれ、あそこの家の住人は大丈夫なんですか」
「は?まずは他人の心配とかすげぇなおめぇ。ありゃ大丈夫だ。詳しいこたぁわかんねぇが、次元が違うとかなんとかでここでの構造物の被害とかはぜぇんぶなかったことになる。生物は壊れりゃ死ぬがな」
当然の疑問を口にしたが、男からすると意外な質問だったらしい。
次元が違う空間にいることは知っていたが、周囲の被害は気にしなくていいのか。
「それじゃあおめぇはここで見てろ。動いたら無事は保証できねぇからな。これから先輩になる男の動きをしーっかり目に焼き付けなぁ」
男が僕の前に立ち、持っていた槍を地面に向け、勢いよく突き刺す。
それと同時に、黒いスライムがその体を動かしはじめ、次の瞬間。
ズガァァァァァァァン!!!!!
耳をつんざく轟音が、辺りにまき散らされる。
黒いスライムの予備動作が見えたかと思えば、周囲には黒いスライムの粘液が散らばっていた。
今、視認することすらできない速度で攻撃されたのか?それにすら気付けず、思わず腰が抜けその場に座ってしまう。
見れば、僕たちの周囲の家は軒並み崩壊し、周囲の地面も大きく抉られている。
僕たちの立っている地面の付近だけが無事。間違いなく、前に立つ男が防いでくれたのだろう。
そうじゃなければ今頃、僕は肉の破片となって散らばっていたはずだ。
「よく見とけ」
「……え?」
「停滞。纏え。穿ち解き放つ。我に隔絶した膂力を与えん。起きろ、隔たる氷雪の王」
男がそう言葉を紡ぐと、突如として周囲の温度が急激に低下する。
抉れた地面には霜が立ち、落ちていた黒いスライムの粘液が凍り付く。
空気中の水分が冷やされたのか、周辺がキラキラと輝いている。
男は地面に刺していた槍を引き抜くと、投擲の構えをとった。
手に持つ槍の姿は、氷を纏い凶悪なものと成っていた。
ボッ。
一投。
大気を震わす低い音と同時に、黒いスライムの体は大きく円状に消し飛ぶ。
遅れて、周囲に衝撃波が駆け巡った。
失った部分から、急速に凍っていき……最後は、その巨体をすべて氷の塊へと変容させる。
「うし、一撃。やっぱ雑魚だな」
化け物だ。
今の一瞬で決着のついた戦いを見て、率直な僕の感想。
時を止められるとか、触れずに物を動かせるとか、他人の嘘がわかるとか。
「……あ?どうした?」
驕っていた。僕の力では、今のスライムに成すすべなく殺されていた。
これが、異能バトルの世界。これが、本当の能力者。
『能力に覚醒したならば、その力に責任を持たねばならない』
桜御翁元親の言葉が思い出される。
僕も、戦わなければならないのだろうか。こんな化け物のように。
氷の建造物と化した黒いスライムの向こう。
頂上が消し飛んだ山の跡を見ながら、僕はただ茫然としていた。




