13.どこまで知っているんですか?
「ごちそうさま!ふぅぅ、美味しかった!」
「ごちそうさまでした!あの、すごくおいしかったです!」
「はいお粗末様でした。希愛ちゃん、一人の時でも食べに来ていいけんね?」
「わ、ありがとうございます!」
さっちゃんのあまりにも美味すぎる料理に舌鼓を打った阿武堂さんは、目をキラキラとさせながら嬉しそうにしていた。
僕も遠くなければ定期的に通いたいくらいの料理なので、もし車かバイクの免許を取れたら来る頻度を上げようと思っている。
「それじゃあ僕は戻ろうかな。お昼ご飯ありがとう」
「はいよ、それじゃあ気を付けるんよ。あ、そうじゃ。希愛ちゃん、楽器はやるんかいね?」
「あ、それなりに嗜んでます!」
「はぁ~、ええねぇ。よかったらでええんじゃけど、ちょっとアドバイスほしいんよ。このあと付き合ってくれん?」
「あ、もう是非!おいしいお昼ご飯も頂きましたし、いくらでも!」
すっかりさっちゃんと仲良さそうに話す阿武堂さんを見て、思わず微笑んでしまう。
それにしてもさっちゃん、楽器も始めたのか。本格的にどんな配信しているのか気になる。それに、あんなに魅力的な歌を歌えるのに楽器もできる阿武堂さんの音楽センスにも脱帽だ。
僕はそんなセンス欠片もないので、素直に尊敬できる。
女子同士で盛り上がりだしたので、僕は先ほどまで【念動力】の練習をしていた場所まで戻った。
練習を続けて結構扱いが上手になってきたと思えば、【念動力】のレベルが4まで上昇していることに気付いた。
昼飯を食べてから大体3時間程度だろうか。ぼちぼち帰ろうかと思ってステータスを確認したところ、上昇していることに気が付いたのだ。思ったよりレベルは上がるのが速いようだ。
レベルは上げた分だけステータスに対する係数が上昇するようなものなので、こう簡単に上昇してくれるのは非常にありがたい。現状で既に9kg程度までなら自由に動かせる計算になるので、利用の幅も広がるというものだ。
まぁ、人目につかず、かつ平和的に活用するのであれば出力がどれだけ上がってもあまり役には立たないかもしれないが。
アルミパイプや本などがいくつか入ったカバンを【念動力】で浮かす。このまま肩に提げるふりをして、僕の動きに合わせて【念動力】で動かし続ける。
普通に鞄を持っているような自然な動きを【念動力】で再現さえできれば、重たい物を持つときに楽そうだし、物を動かす練習にもなる。
そのまま自分と鞄の動きに集中しながら振り返り、じいちゃんの家まで戻ろうとした、その時。
僕の視線の先に阿武堂さんが立っていた。
……見られた?!
山の中でも、そこそこ見晴らしのいい場所。直前からそこに居たとしても、鞄を【念動力】で持ち上げたところは確実に見られている。証拠に、阿武堂さんの様子が明らかに呆然としているから。
瞬時に、僕の頭の中に言い訳リストを作り出す。実は超能力者なんです……却下。正直すぎる。白を切る……これも却下。かえって怪しい。手品でした……うん、これだ。これでいい。騙すようで気が引けるが、それが一番確実だ。
なにか質問されたら手品と言う。よし。
「どうしたの、ここまで来て」
ひとまず自然に話しかける。何も言われなければ、勝手に見間違いだと思ってくれるだろう。
だが、続く阿武堂さんの言葉で僕の希望的観測と言い訳リストは根底からすべて崩れ去った。
「……覚醒していたんですね」
「え?」
阿武堂さんの顔は、真剣そのものだった。
「……どこまで、聞いているんですか」
「え、何?どういうこと?」
「雪音ちゃんから。どこまで聞いて、どこまで知っているんですか?」
既に僕の頭の中には無数のはてなマークが浮かんでいたが、ひとつの答えに帰結する。
ああ、そういえば雪音の友達だった。
「……そうだね。その正体が堕天の魔王ベリアルであることを僕は知っているよ。蜘蛛の魔王のことも。今はまだ、その程度かな」
「……そう、ですか」
きっと、この子自身も僕のさっきやったことが手品かなにかだとわかっていて、その上で厨二ワールドに引き摺りこもうとしているんだろう。
それなら、阿武堂さんは良い子だからノってあげるのも悪くはない。覚醒がどうとか言うタイプの雪音の友達なら雪音がベリアルだなんだと自称しているのも知っているだろう。他の人のいる場所では言うなと言われたけど、雪音の友達なら構わないよな?
「今はまだ、ベリアルとバエルとだけ邂逅している。その認識で良いですか?」
「ああ、その認識であっているよ」
「そして、その正体が異世界から転生した元魔王であることも知っている、と」
「あ、ああ。もちろん」
邂逅って言葉にして口にする人初めて見た。
バエルはティナのことだっけ。それにしても、異世界から転生した元魔王?思ったより仲間内で決めているストーリーが重そうなんだけど、もしかして僕もそれに取り込まれたりする?
軽くノるくらいなら別にいいけど、そこまで本格的に厨二ムーブをしろと言われても恥ずかしいから嫌だぞ。
「申し遅れました。勇者の子、夜嗣様。私は一角天馬の魔王、アムドゥスキアスと申します」
そう言い放った阿武堂さんは、胸に右手を当て左手を横に流し、足を交差させながら優雅にお辞儀をした。その様になっている姿は、見たこともないのに高貴な貴族を彷彿とさせるものだった。
それにしても僕が勇者の子なら雪音も勇者の子だし、でも魔王設定だし、色々とおかしなところがある。
けど、雪音たちが友達と一緒に一生懸命考えた設定かもしれない。温かい目で見守ることにした。
「うん、とりあえず僕は帰るけどどうする?」
「お供させていただきます」
阿武堂さんは恭しい態度のまま応える。魔王が勇者の子に敬語はまずいんじゃないかな?それとも僕、雪音たちの中で実は悪の親玉みたいな扱いになってる?それはちょっと嫌だな。
ただ、この調子でさっちゃん達の元へ戻るのも恥ずかしいし、今後のことを考えると長々この設定に付き合うのも良くない気がするのだ。
少し恥ずかしい思いはさせてしまうかもしれないけど、心を鬼にして言わないと。
「阿武堂さん。設定はなんとなくわかったけど、ごめんね。僕はそっち側にはなれないから、さっきまでみたいな態度で話してほしいな」
「はっ。夜嗣様がそう仰るなら……せ、設定?」
途端に阿武堂さんの動きが固まり、顔が真っ赤になったかと思えば今度は青白くなってきた。
ごめん、阿武堂さん。恥ずかしいよね。温かい目で見守る覚悟はあるんだよ。
でも僕もこれ以上巻き込まれるのは流石に恥ずかしいんだ。理解してくれ。
「いや、でも、さっき、覚醒して、鞄とか……え、でも」
「あ、さっきの手品なんだよね」
「あっ…………」
「阿武堂さん?!」
ようやくさっき考えた言い訳を使えたかと思えば、阿武堂さんが突然白目を向いて倒れそうになったので慌てて受け止める。
人って、恥ずかしさが過ぎると気絶するんだ……。
「……はっ」
「あ、目覚めた」
阿武堂さんが気を失っていることをいいことに、【念動力】で鞄から取り出したレジャーシートを広げ、そこに阿武堂さんを横にしていた。
両手がふさがっていても繊細な動きができるのはかなり便利だ。色々と活用方法を思いついた気がする。
右手の上で【念動力】を使って知恵の輪を解いていたが、慌てて隠す。時間にしてほんの5分程度で目覚めたので知恵の輪を解くことはできていないが、これは良い訓練になる。
「あれ、どうして寝て……あっ」
先ほどまでの出来事を思い出したのか、阿武堂さんはサッと顔を青くしたかと思えば、即座に居直り綺麗な土下座をしてきた。
「どうかこのことは、みんなには内緒にしていてください!」
「えっと……このことっていうのは、さっきの設定の話……かな?」
「設定、はい。設定のことです。勝手に巻き込んで話しちゃったことがばれたら、雪音ちゃんや絵瑠ちゃんに怒られちゃうので……」
「ああー……わかったよ、内緒ね?」
まぁ別に言うこともないだろうけど。雪音はともかくティナが怒ったら怖そう。というか怖かった。
それにしても、堤名場絵瑠でバエル、阿武堂希愛でアムドゥスキアス、てな感じで名前にちなんでいるのに、なぜ雪音だけベリアルなんだ。雪音よ、もう少し名前を考えるのだ。諦めるんじゃない。ユキネリオンとかあったろ。ないか。
だけど、どうしてなんだろう。
雪音ちゃんや絵瑠ちゃんに怒られる。この言葉に、虚偽感知が反応したのは。




