12.ここ私有地ですけど
その後も実験を繰り返したが、わかったことがいくつかある。物理的に説明不可能な現象で、どうしても戸惑う部分もあるがそれこそ今更だ。気にせず【念動力】の特性を調べた。
【念動力】で動かすための出力という部分。静止しているなら単純に物体の重さと考えれば良いが、動いている物体の場合はそうもいかなかった。
アルミパイプを5本入れた鞄は【念動力】で動かせる。
だが、鞄を落としてそれを空中でキャッチするように【念動力】を使おうとしても、すり抜けたように発動することができなかった。手応えすら感じない。
多分、落下している物体のエネルギーも加味して出力の範囲内でなければ、微塵も動かすことができない。だが、一度動かし始めればそれで生じた運動エネルギーは無視できる。
まぁそうじゃないと動かし始めた途端に制御を離れるからね。
細かく自分に動かせる物を把握しようと思ったら、物理の授業でも始まってしまいそうだ。
現状でわかっていることをまとめれば、この能力は極めて攻撃的だが、防御性能はイマイチ、ということになるか。
防御するために盾を浮かしたりしても、出力以上の攻撃で簡単に盾が無効化されるし、抵抗されたら【念動力】で相手の動きを止めることもできない。
そこまで考えて、僕は平和な現代日本の住民であることを思い出した。
今試していたような攻撃的な使い方よりも、部屋の電気を切り忘れた時に寝転がったまま切るとかそういう使い方の方を模索するべきだ。
帰ったらそういう平和的な使い方を試してみよう。
後はまぁ、手に持てる程度の物なら自分のイメージ次第で動かす速度や動かし方もかなり自由そうだったので、常日頃から訓練するのみである。
気付けば3時間は経っていた。昼飯時で、さっちゃんがお昼を用意してくれているそうなのでご相伴に預かろうと思う。
さっちゃんの作る飯は美味い。どんな高級料亭でも、さっちゃんの作るご飯には勝てないだろう。いや、高級料亭に行ったことないから想像だけど。それくらい美味い。
――。――。
ふと、微かに声が聞こえた。
これは……歌?
声の聞こえる方向に向かって歩く。近づけば近づくほど、聞こえる声は明瞭になり、それが女性の歌声であることがわかった。この先には景色の良い崖があったはず。初日の出を見るのに毎年来ているのでわかる。今年も来た。
歌っているのはさっちゃんなのだろうか?昼食を用意しているのと、基本的にさっちゃんはじいちゃんと一緒にいるので、まさかこっちに来ているとは思わなかった。……見られてないよな?
まぁでも、あそこまで景色が良い場所で思う存分歌えたら気持ちいいよな。特にさっちゃんは配信活動をしているので、歌の練習も兼ねているのだろう。
近づくにつれ聞こえる声量が大きくなっていき、思わず聞き惚れてしまうような綺麗な歌声。歌っているのは、洋楽だろうか?聞いたことのない歌だった。
こんなに歌が魅力的なら、インターネットでは相当人気に違いない。
だが、そんな僕の予想に反して、そこに居たのは見たことのない少女だった。
腰まで伸びる長い紫髪。身長は雪音と同じくらいで、かなり小柄だ。
「――――ッ、誰っ?!」
後ろから眺める僕に気付いた少女は、勢いよくこちらに振り返る。
目の色は赤く、なによりその可愛らしさ。雪音といいティナといい、カラフルな髪色に赤目な美少女が増えてきた。ガチャガチャとは別の意味で非日常な感じがするけど、現代は多様性な社会を目指しているようなので、僕は何も言うまい。
というか、誰はこっちのセリフなんだけどな。ここは私有地な上に周囲は民家もない。結構辺鄙な場所だと思うんだけど。
「はじめまして。僕は姫宮夜嗣。この山の持ち主の孫だよ。君は?」
「ひめ……みや……もしかして、雪音ちゃんの……?」
「そう、雪音の兄だけど。あれ、雪音のお友達?」
まさかの雪音の友達。
雪音、友達は小さい女の子ばっかりなのかな。
もしかしたらこんなおとなしそうな子も雪音と絡むときは厨二っぽさを前面に押し出すのかもしれない。
それにしても、雪音の友達がどうしてこんなところにいるのだろうか?
「は、はい。雪音ちゃんとは同じクラスで!阿武堂 希愛っていいます!」
「そうなんだ。阿武堂さん、いつも雪音がお世話になってます」
「い、いえ!こちらこそ!」
よかった。雪音にちゃんとした友達がいて。
ティナの時はイロモノの友達ばかりなのかとちょっぴり危惧したけれど、この子はかなりマトモそうだ。
ここまで余所行きの顔がおとなしいなら、厨二病でも一向に構わない。
「それで、どうしてこんなところに?」
「あっ、それは……雪音ちゃんに思いっきり歌ったり演奏したりしたいって相談したら、ここなら誰も来ないよって教えてもらって。それで、桜子さんにいつでも自由にどうぞって言ってもらったんです!よく来てます!」
「なるほどね」
そりゃあここなら誰の迷惑にもならないし、外で大声を出して歌うのは気分が良さそうだ。
とはいえここに来るのも結構大変である。駅からは遠いし、雪音と同じ学校なら家もその辺りだろう。それに、電車代がかかるので、コスパも良くない。正直カラオケで良いんじゃないかなと思ってしまうが、思うところがあってここに通ってるんだろうから、余計なことは聞かないでおこう。
雪音の友達で、さっちゃんも知ってるならここに居ても何の問題もない。
「あ、そうだ。今からお昼ご飯を食べに家に戻るんだけど、一緒に来る?」
「え、ご一緒してもいいんですか……?」
「大丈夫大丈夫。じゃ、行こっか」
さっちゃんは優しいので、昼飯時に一人増えるくらいなら多分怒らない。
というより、雪音やさっちゃんとも顔見知りなら放置する方が論外だ。せっかく会ってそのまま放置して自分だけ戻るのは、普通に外聞が悪すぎるだろう。
じいちゃんの家まではそこまで離れていないので数分歩けば着く。その道すがら雑談混じりに雪音の普段の様子を聞いたり、好きな音楽のジャンルを聞いたりしたのだが、どうも少しビクビクしているような気がした。
まぁ、自分より身長の高い男においでおいでされたら警戒もするか。
……。いや、私有地だからないんだけど、もし警察に見られたらこれ言い訳できないな……。
「ただいまー!」
ちょっと気まずい空気の中、じいちゃんの家に無事到着したので、玄関扉を開け放ち大声で声をかける。
割烹着に身を包んださっちゃんが台所の方からやってきた。
「おかえり、あら?希愛ちゃん?どうしたん、ふたりでから」
「お、おじゃまします……!」
「偶然山で会ったんだよね」
「そうかぁ、今日来とったんじゃねぇ。希愛ちゃんもよかったらお昼ご飯食べていきんさい」
「あ、ありがとうございますっ!」
うん、やっぱり礼儀正しい子だ。
さっちゃんも、そんな阿武堂さんの様子を見て微笑む。
「ほいじゃあ後で持っていくけん、二人とも居間で待っときんさい」
「はーい、阿武堂さん、こっちだよ」
「おじゃましますっ」
気合いを入れて二度目の挨拶をしたかと思えば、脱いだ靴をきちんと揃える阿武堂さん。他所にお邪魔するときのマナーがきちんとなっているその姿に、少し感動を覚えた。
雪音も、他所様でこのようにちゃんとマナーを守れているのかが心配になる。
とりあえず雪音には、ジャブ程度に『阿武堂さんって良い子だね』とメッセージを送っておいた。
返事が来たら後で「同じようにしなさい」と右ストレートでもかまそう。
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