11.【念動力】の本領
雪音が帰ってこないと思ったら、アレさんからメールが届いていた。
『このまま雪音ちゃんたちと出かけるから、今日のアルバイトは無しで頼むよ』
父と母はどこかに出かけ、雪音はアレさんとお出かけ。
まだアルバイトを始めて二日目だというのに、イレギュラーでアルバイトが無くなりがちだ。少しお金の心配をしてしまうが、それでもまだ二日目。まだまだ稼ぐ時間はあるだろう。
ただ、明日も好きな時間に行っていいのかわからなかったので『明日はいつ行けばいいですか?』と返信する。
すぐに既読がついたかと思えば、『いつでも好きな時間に好きな分だけ働くでいいよ、ダメな日は連絡する』と返信があった。
本当に自由裁量勤務である。これ、労働基準法とか大丈夫なんだろうか。僕としてはかなり破格の条件なので、文句のつけようもないけど。
だが、今日が完全にフリーになってしまったうえ、家族はみんな出かけている。
それなら、少し遠出して一人になれる場所で、ある程度まとまった時間【念動力】の練習をしよう。他人に見つからなさそうで、かつある程度広い場所といえば一か所思いつく場所がある。
早速行こう、と外に出る準備をした。
歩いて駅まで15分。乗り換え含めて電車で40分。他にも色々寄り道をしているのでもう少し時間はかかっている。
周囲を山に囲まれ、一日に下車する人数は多くて1人しかいなさそうな、秘境と呼んでも良いような駅で降りた。
ここから更に20分ほど歩いた場所に、父方の祖父の家がある。
祖父は、普通の金持ちおじいちゃんだ。
父さんのようにめちゃくちゃ若く見えたりとかはない。たしか今年70歳になるんだったかな?
また僕の従姉にあたる女性と一緒に住んでいる。
祖母の姿を見たことはないので、僕が物心つく前から死別しているのかもしれない。そこいらの話については、あまり踏み込んでしたことがないのでわからない。
僕がここに来た理由は、祖父が金持ちというところに繋がる。
いや、お小遣いが欲しいとかではなく。まぁあわよくば欲しいけど、そうではなくて。
この駅から見える範囲の山、全て祖父の土地だ。若いときにドカンと稼いで、今はこうしてこの辺りの土地を買い、悠々自適に過ごしているそうだ。
相変わらずこの辺りは長閑な風景だ。
都会の喧騒も、空気の汚れも感じられない。深呼吸ひとつで、肺を清浄な空気で満たすことができる。
整備された山道ではあるが、車通りといえばそれこそ姫宮家の親戚くらいしかないだろうから、車とすれ違うことはとんとない。
その後も数分山道を歩いていると、目的地に到着した。一人で来るのも初めてではないので、慣れたものだ。
「おお、待っとったよ、夜嗣」
「さっちゃん!久しぶり!」
さっちゃんこと、姫宮桜子。僕の従姉で、昔からお姉さん的な立ち位置にいる。
祖父とこの家で二人暮らしをしており、献身的に祖父を支えているそうだ。
この人も大概若く見えるし、凄まじく美人だ。今何歳なのかは知らないけど、少なくとも僕が物心ついた時から姿は変わっていない。父方の叔父や叔母もかなり綺麗で若く見えるので、多分これが姫宮の血筋なんだと思う。
さっちゃんにはメッセージでここに来ることを伝えていたので、待ってくれていたのだろう。
久しぶりとは言ったけど、年明けに一度会っているのでそこまでではない。
「暁さんは家の中におるけぇ、挨拶してきんさい」
「わかった、ありがとう!」
姫宮暁。僕の祖父だ。さっちゃんは祖父のことを名前で呼ぶ。理由は知らないけど、昔からだから気にならない。
「じいちゃん、ただいま」
「おぉ、おかえり。ゆっくりしていきんさい」
「うん!じいちゃん、裏の山に用事があるんだけど、今行ってもいい時期だったよね?」
「ほうじゃのぅ、気ぃつけることも特になかろうけぇ、崖から落ちんようにだけ気ぃつけたらえぇわ」
「ありがとう!あ、これお土産」
「はぁ別にええのに律儀じゃのぉ、ありがとぅもらっとくわ」
さっちゃんとじいちゃんは、結構方言がきつい。僕はリスニングならできるけど、話すことはできない。その程度。
今の時期なら、崖から落ちないようにだけ気を付ければ大丈夫。この方言、まだ聞き取りやすい部類だから助かるよね。
道中で買ったお土産を渡して、軽く二人と雑談をする。
さっちゃんは最近シューティングゲームにはまっているらしく、こんな田舎までネット回線を引いてもらったらしい。また、ゲームをしながらライブ配信もしているらしく、こんなリスナーがおるんよ~と楽しそうに語っていた。
気になったので配信者としての名前を聞いてみるも、恥ずかしがって教えてもらえなかった。顔出しはしていないらしいので、見つけるのも難しそうだ。
じいちゃんはそんな会話をする僕たちを見て、ほほえましそうにしていた。
祖父宅の裏山に到着した。ここなら他人の目を気にする必要はないし、周りに家もないので多少うるさくしても問題なし。
持ってきていた鞄の中から、アルミパイプを取り出す。30センチほどの長さで、1本あたり400グラム程度のものが5本ある。道中のホームセンターで見たら安くて軽かったのでこれを選んだ。
よくアニメの超能力者同士の戦いだと、大量の鉄パイプを念力を使って高速で投げ飛ばし、グサグサと刺すようなシーンを見かける。
もちろんそんな使い方を人間相手にすれば、間違いなく死ぬ。もし自衛の手段とするなら、刺すのではなく叩くように使うべきだ。
まずは1本、【念動力】を使って空中に浮かす。昨日石を動かしたのと同じように、軽々と持ち上がった。
そのまま2本目、3本目と持ち上げていき、5本問題なく持ち上がる。計算上2200グラムちょっとまでは持ち上がるはずなので、同時に持ち上げられることは想定していた。
課題としては、動かす速度。あまりに速い速度で自分が動かす、といった想像が難しく、現時点だと物を全力で投げる程度の速度までしか出せない。このアルミパイプを削って先を尖らせれば簡単に刺さるだろうけど、そんなの持っていたら間違いなく危険物として扱われる。
というか先を尖らせたアルミパイプなら普通に手に持って刺すだけで凶器だし。【念動力】関係ない。
5本それぞれを別々の動きにさせようとすると、今の時点ではほぼ無理だった。
両手で指を一本ずらしで動かす脳トレみたいなのがあったが、それに両足追加してウインクを片方ずつするような。圧倒的に思考のリソースが足りない。
が、これは訓練でどうにかなるかもしれない。そんな手応えがある。
現時点での出力は大したことのないように思えたが、軽くて多少頑丈な物であればスピードを上げてぶつければ相当に痛いだろう。なんなら怪我では済まない可能性だってある。
もっと速度を上げられるようになれば、小さい鉛玉を高速で飛ばすだけで擬似的な拳銃のように扱うこともできそうだ。
多分、この【念動力】で人を殺してしまっても、日本の法律で僕を裁くことは出来ないと思う。動いた物体と僕の関係性を立証できないのだ。
だからこそ、僕はこの能力をきちんと制御して、犯罪に使わないよう自制しなければならない。バレるバレないの問題ではないのだ。
正直言って超能力を使って金儲けをしようと思えば、その方法のほとんどは犯罪行為になると思う。でも立証されないから罪に問われない。
それを跳ね除ける精神性が試される、危険な能力だ。
僕がもう少し若くて厨二病まっさかりだったか、もしくはもっと遅くて社会に揉まれて荒んでいたら危なかったかもしれない。
地面に突き刺さったアルミパイプを見ながら、一人溜息をついた。




