1.ガチャ
はじめて書きました
「は?」
起き抜けに間抜けな声をあげながら、微睡む頭を強制的に覚醒させる非日常。
スーパーの入り口、あるいはショッピングモールや商店街なんかでも見かける、極々一般的なガチャガチャの機械が、僕の部屋のど真ん中に鎮座していた。
「ドッキリ……?」
まず最初に両親の姿が頭に浮かんだ。あの愉快な両親ならば、突然息子の部屋にガチャガチャ置いてみた!なんてドッキリをしかけてもおかしくはない。
そそくさと体を起こし、そのガチャガチャの機械の目の前で胡座をかいて座る。スモーク仕様で、中にどんな景品が入っているかわからなくなっている。
正面のポップバナーには、「1回500円!」とだけ書いてあり、これもまた中身の特定には繋がらない。
高校一年生になったばかりの僕には絶妙に高額な価格設定にやや逡巡するも、どうせドッキリなら後で返ってくるだろうと考え、通学鞄から財布を取り出す。
コインの挿入口に500円玉を入れ、ハンドルを回す。ガコンという駆動音と共に、取り出し口に赤いカプセルが流れて来た。
出て来たカプセルを手に取った瞬間。
「……は?」
朝から二度目となる間抜けな声をあげる僕。
たった今まで触っていたはずのガチャガチャが、音も光もなく忽然と消失したのだ。手に持った赤いカプセル以外には、部屋の中にガチャガチャがあった痕跡なんてものは一切ない。
「……寝ぼけてるのかな」
自分に言い聞かせるような独り言。
古典的に頬を抓ってみたが、その痛みで夢ではないことを確信した。寝ぼけ目を擦りながら、カプセルをベッドに放り投げる。
ぶるり、と尿意に体が震えたので、ひとまずトイレに行くことにした。先ほどの、最早怪奇現象とも言える出来事は一旦忘れることとしよう。
背中に垂れる汗に、誰に向けるわけでもないが怖いわけじゃないぞと言い訳をしながら自室を出た。
「おはよう。ねぇ、ドッキリ仕掛けた?」
トイレから出てまっすぐリビングに突撃した僕は、朝飯を食べながら新聞を読むという今日日見ないテンプレ親父ムーブをかます父と、朝飯を作った後の片付けをする母にストレートに聞く。
「おう、おはよう。まだしてないけどどうした?」
「おはよう〜、朝からはしないわよ〜」
まだ、とか朝からは、とか言っている時点で普段の生活が窺えるが、それはそれとして両親のこの発言。
僕の両親は、ドッキリを見抜かれたらちゃんとネタバラシをする。成功していなくてもどこかから「ドッキリ大成功!」と書かれたプラカードを、テッテレーと口で言いながら取り出す。
今までの傾向から言って、あんなにわかりやすいドッキリ然としたドッキリでネタバラシをしないということは、あれは正真正銘誰も関与していないことになるのだ。
「いや……なんでもない……」
「おう、なぁ?早起きしたなら夜嗣も買い物行くか?」
「いや、二度寝する」
夜嗣は僕の名前。姫宮夜嗣、近所の商業高校に通う、高校一年生の思春期男子だ。
きっと寝ぼけたのだろう。そういうこともある。
きっと。多分。おそらく。メイビー。
ゴールデンウィーク初日だからと、寝過ぎたみたいだ。もうちょっと寝よう。
おやすみ〜という母ののほほんとした声を背中に受けながら、自分の部屋にすごすごと戻り、勢いそのままにベッドにダイブ。
「これは……夢じゃないんだよな……」
ダイブした反動で跳ね上がり、僕の顔の横に転がって来た赤いカプセルに向かって言う。
手に持つと、そのしっかりした存在感が現実だと僕に叫んでいるように感じた。
とんでもない非現実的な現象に、心がざわざわと警鐘を鳴らしている。だけど、そんな非現実が残したカプセルの中身がなんなのか。
多感で好奇心旺盛な一般男子高校生が確認しないわけがない。
ベッドの上で胡座をかいて座り、手に持ったカプセルを軽く振ってみる。……ほんのりカサカサと音が鳴るのと、手に持った重さから、多分入っているのは……紙?
最近のガチャガチャから出てくるカプセルと違い、機構のないただの半球が二つ重なっているだけのもの。両手で挟み込むように力を入れると、カプセルは簡単に開いた。
「……折りたたまれた紙だな」
なんの変哲もない、小さく折りたたまれた白い紙が入っていた。取り出して広げてみると、何やら文章が書かれている。
――――――
【自己分析】
あなたのことはあなた自身が最もよく知るべきだ。
あなたはあなた自身の現在の能力を数値化し確認することができる。
――――――
「なんだこれ……?カードゲームの効果文みたいな……は?」
書かれた文章を全て読み、頭の上にはてなマークを浮かべていた時。
さっきのガチャガチャの機械のように、今度は紙とカプセルが同時に消失した。朝から見ていた全ての怪奇現象は、影も形も消えてなくなったのだ。
「……うん。夢。これは夢あー夢夢おやすみー……」
底知れぬ恐怖にバクバクとうるさい音をたてる心臓。頭まで掛け布団を被り、自分に言い聞かせるように呟き続ける。
夢、夢、これは夢……と。
そう言い聞かせ続けていたら、気付けば僕は二度目の眠りに就いていた。
「夢だけど、夢じゃなかった……」
起きてすぐの僕の目の前には、ゲームのメニューウィンドウのような半透明な板が浮かんでいた。
そこには、こう書かれている。
――――――
姫宮 夜嗣
15歳
状態:混乱
あなたは少し混乱しているようです。
現状をきちんと確認して落ち着きましょう。
筋力:35
反応:65
瞬発:50
精神:60
魅力:50
特殊技能:
【自己分析】
あなたのことはあなた自身が最もよく知るべきだ。あなたはあなた自身の現在の能力を数値化し確認することができる。
――――――
まるでゲームのように、自分の能力が可視化されて表示されている。
そしてこの半透明な板は、僕の意思で出したり消したりすることができるのだ。
二度寝から目覚めた瞬間に、頭の中にこいつの出し方が思い浮かんで、実際に試してみたという訳である。
腕を組み、考える。この半透明な板は、触ろうとしてもすり抜けるのだ。だが妄想や幻覚の類にしては、はっきりと見えすぎている。なにより妄想なら筋力の数値をもっと増やしてほしい。何が基準になっているかわからないが、他の数値に比べて結構低いのが地味に傷付く。
それに、こんな痛々しいフレーバーテキストを自分が考えたなんて思いたくない。そんな時期はとっくに過ぎたし、こんなのを考えたりするのは妹だけで十分だ。
視界を動かしても半透明な板は動かないが、体を動かして移動するとついてくる。
消えるように考えたらすぐに消えるが、一回このままリビングに行くことにした。もし他人にも見えるなら僕の幻覚ではないことがわかるからだ。
「あ、雪音おはよう」
「おお、敬愛する我が兄上よ!遅き目覚めではないか!母上に聞いたぞ、二度目の眠りという大罪を犯してしまったようだな。暇があるとはいえ感心せぬぞ!ワハハ!」
「朝から元気なことで」
びっくりするくらいとんでもない口調で捲し立てるように話してくるのが僕の妹、姫宮雪音。いわゆる厨二病というものに罹患しているようなのだが、思い返すと昔からこの口調で話しているので僕はもう違和感がない。
クソ兄貴だなんて妹に呼ばれてる幼馴染に比べたら、まぁ形はどうあれ兄妹仲は良い方だと思う。
「朝ご飯たべなかったでしょ〜?冷蔵庫に入れてるから食べるのよ〜」
「お、ありがとう」
母に言われて冷蔵庫からフレンチトーストを取り出す。この甘々なフレンチトーストが僕も雪音も大好物なのだ。
……それはそれとして、この半透明な板についてはなんのツッコミもないみたいだ。普通兄や息子の目の前に変な物体がついて回っていたら指摘するだろうから……やはりいこれは僕の幻覚なのかもしれない。
「……はぁ」
「おぉ、兄上よ!ため息を吐くと幸せが逃げると聞いたぞ!我がその逃げた幸せを吸い込んでやろう!すぅぅぅぅ」
馬鹿な妹は放っておいて、現実を受け止めよう。
これは妄想。幻覚。わかったのは、僕が病院に行かなければならないかもしれない事実と、筋肉がないことにコンプレックスを抱いているという可能性があることだった。
任意で消せるからまだ救いだった。これがもし消せなかったら……僕は今すぐにでも腕立て伏せをしていたことだろう。