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この想いは本物だ

作者: すみのもふ

「絶対、茜のこと裏切らないから」


 それが彼の口癖だった。だから信じていた。なのに、彼の浮気が発覚した。


「魔が差したんだ」


 次にそう言った。彼の口は止まらなかったけど、私は耳に入ってこなかった。


 彼が必死なほど自分が冷静になっていく。裏切られた現実が押し寄せてくる。



 私の両肩を掴み説得してくるが、これも機嫌取りのためのパフォーマンスだろうか? 彼の“本当”が分からなくてこの場にいるのも嫌になってくる。


 逃げ出してしまおうか。なにもかも捨ててしまおうか。この気持ちごと、全部。




 あれから一年。彩人とは距離を置いた。


 物理的な距離を置くと精神的にも楽になった。彼の言葉をバカ正直に信じてしまった自分を認められたり、お互いに幼かったんだなと思えたりできた。俯瞰することができた。


 過去を消し去りたいとかやり直したいとかはない。ただ、そうなったことが結果だった。


 でも、不思議だったのは私の中の彩人への想いがあまり変わっていないこと。好きだってこと。裏切られてもなお好きだなんて、どうかしてる。



 彩人とは連絡を絶っていた。ブロックを解除して、メッセージを送ってみた。


「久しぶり。元気?」


 だけど、返事がくることはなかった。彩人のことだから今頃は浮気相手を彼女にして幸せにしているかもしれない。


 それなら関わらないほうが……と考えたが、私の気持ちの整理のために思い出を巡ることにした。




 まずは彩人と出会ったカラオケ。デートで何度も訪れたカラオケで、彩人は毎回私のためにラブソングを歌ってくれた。「茜のために歌う」「俺の気持ちだからよく聴け」って言って熱唱してくれたっけ。


 あとは公園。コンビニで買ったチョコレートを半分ずつにして食べた。今食べても変わらず美味しい。今、隣のブランコは当たり前だけど空席だ。


 最後に、彩人が好きだった行きつけのバー。お酒の豆知識を語る彩人は楽しそうで眺めているだけで好きだった。バーに座っているだけで彩人の幻聴が聞こえてくる。


 彩人はもういない。いないんだ……。


「茜?」


 いないと自覚するほどはっきりと思い出す。あの彩人の澄んだ中性的な声を。


「もしかして、茜?」


 肩に手を置かれて振り返ると、変わらない彩人の姿があった。会えると思ってなかったから幻かと思った。そのせいで反応が遅れて彩人に「おーい」とさらに追撃をくらう。


「あ、彩人……元気だった?」

「おう。元気だぜ」

「メッセージ送ったんだけど」

「え? あー…今日ずっと友達と会ってたからスマホみる時間なくて。それに俺のことブロックしてたろ? どうしたんだよ?」

「うん……。どうしてるかなって」


 私は彩人の裏切りを知った後の記憶がはっきりしていない。彩人になんて言ったのかどうやって別れたのか分からない。


 もしかしたら彩人に酷いことを言ったかもしれない。でも言ったとしても大したことじゃないと思う。裏切ることよりは余程。彩人の裏切りは大砲レベルだったけど、私の毒はせいぜいエアガンレベルだろう。


 そんなこともあって彩人を前にしてなんの話をすればいいのか困惑していた。


「それなりに暮らしてるよ」

「そっか。あの浮気相手が今の彼女だったり?」


 一瞬、気まずそうに顔を逸らしてから彩人は肯定した。


「うまくやってるんだ?」

「……まぁな」


 また知らなくていい事実を知って傷ついた。心の奥がジクっと痛んだ。


 裏切られてもなお好きだと実感していた私とは反対に、彩人はあの子と幸せな時間を積み重ねていたんだな。すれ違った心は、すれ違ったままということか。


 「幸せにね」そう、声をかけて終わりにしようと思った。だけど、その考えとは裏腹に違う言葉を口にしていた。


「私は彩人が忘れられない! 彩人のことが好き!」


 私は彩人の体をなぞるようにその場に崩れ落ちる。


「……茜」


 彩人はそんな私を助けることなく、ただ見守る。正しい判断だと思う。彼女がいる立場で元カノに好きだと言われて優しくするのは彼女に悪いからだ。


 私は彩人が困っていることが分かっていても自分を止められなかった。蓋していた気持ちが一気に溢れ出すように、抑えられなかった。


「傷ついてもいい。傷だらけになってもいい。それでも彩人が好きだから。だから……愛されたい。彩人に」

「……」

「この想いが実らなくてもいい。彩人が好きなのは知ってほしい」

「…………ありがとう」


 彩人が微笑む。私も微笑む。それでいい気がした。


「なんかあんた勘違いしてね? あ、俺、見物人ね」


 話がまとまりかけたところに別の男が割り入る。気が強そうで他人を見透かそうとする目をしている。


 その男は床で座り込んでいる私を乱暴に立たせると私を掴んだ手を汚そうに払った。


「あんたの想いはこいつに対する恋じゃなくて自分に対する恋だろ」


 いちいち人を指さしながらそう言い放つ。


「傷ついてもいい、実らなくてもいい、そんな恋をしてる私って素敵って自分に酔いしれてるんだろ?」

「そんなことないっ」

「どーだか。さっきまで床に座り込んでいたのも助けて欲しかったからだろ?」

「そんなこと……」

「そんなことお前に関係ないだろ」


 彩人が私の言葉を遮って言った。違う言葉を言おうとしたけど途中までハモっててちょっとだけ嬉しくなった。


「ああ。関係ないね。それが?」

「俺たちの問題だ。口を出すな」

「口を出させるような場所でやってるのが悪くね? 嫌だったら家でやれば?」

「……再会したところがたまたまここだっただけだよ。邪魔したな」

「ごめん、彩人。私がここで言い出したから」

「茜が謝る必要ない。行こう」


 名も知らぬ男に背を向けた。彩人の手が私の腰に回りそうだったが、触れることなく引っ込んだ。


 私たちはもう触れることが許されない関係で、こうして会うことも許されない関係。今回は偶然で済まされても、これからはそうはいかない。


 痛い。胸が、ズキズキする。好きなのに、好きだから会えないのか。


「彩人」


困らせることを分かってても言いたい。後悔ないように伝えておきたい。


「うん?」

「好き」

「……」

「大好き」

「……」


 私の好きの叫びは、空気に溶けて消えていった。







おわり

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