フレッシュ·アップ ホラーキャンペーン
四月。出会いの季節。新生活。
荷物を片付けた部屋をザッと見回す。
朝日で目覚める窓辺のベッド。ささやかな同居人こと観葉植物くん。ソファとラグでくつろぐリビング。自炊に適した広めキッチン。
そしてリモートワークも可能な電波環境完備だ。いいじゃないか。
「よし。新居に落ち着いた記念に、写真でも撮っておくか。」
いい大人が何をはしゃいでいるんだか。スマホでパシャっと自撮り。指を離すタイミングが難しく、連写になってしまう。
生活の環境が刷新されるのは素晴らしいことだ。人間関係も見事に清算される。有り難い。
ポンヨーン
この聴き慣れない呼び鈴。いかにも住み始めたばかりの部屋という感じ。
急いでテレビドアホンで対応。
「はい。」
「お荷物です。」
「はーい。すぐ行きます。」
頼んで無い。
けど、まだ届いていない家具があったのかもしれない。玄関まで行ってドアを開ける。
この時間、太陽が正面でちょっと眩しい。
「藤本あかねさんですか?」
「いえ、違います…。」
おや。珍しい。間違いお荷物。
「あれ?間違えました、すみません。…でもここ、104号室ですよね?」
「はい。ちなみに、引っ越してきたばかりなんです。前の人の荷物かな?」
「日付指定だったんですが…。まいったな。今、下の管理人室だれもいなかったんだよな…。」
今日の配送業の目の回るような忙しさ、わかっていますとも。
「あぁ、いいですよ。預かっておきます。管理人さんが帰って来たら、事情を伝えて、前の住人の人に連絡をとってもらいますから。」
「そうしてもらっても、いいですか? すみません。本当はこういうのダメなんですけど、今日は荷物がすごく多くて。」
「いいですよ。いつも、お世話になってますから。」
受け取ったのは、段ボール箱が一つ。引っ越し用くらいの大きさだ。中身が何かわからないが、要冷蔵ではない様子。
「ちょっと、人が良すぎたかな。」
文字通り、お荷物。
しかし、たまには徳を積んでおくべきだろう。管理人も夕方になれば戻るだろうし、その間、段ボールさんには玄関で壁際に寄っていてもらう。
それから、昼食の支度でもと部屋の方へ戻る廊下の途中、
ドサッ。
と大きな音がして振り返る。そこには、たった今壁際に寄せた荷物が横倒しになっていた。
「わぁ!おいおい、マジか…。」
やってまった。倒れた段ボールは、まるでカッターで切れ込みを入れていたかのように、きれいにガムテープが破れ、フタが開いている。
中身も全部、雪崩式に床にぶち撒けてしまった。
なんだなんだ、置き方悪かったのか?
OH…凡ミス…。
「割れ物じゃないといいけど…、自分の荷物じゃないしなぁ。中身を見ていいものか。」
仕方なく箱の元へと戻る。その様子を誰かが廊下の奥から見つめている。
箱を起こす。散らばった商品を拾い、箱に戻していく。
「御札、五十枚セット。清めの塩、二十個セット。鈴に…御守り…。これはなんだろう? あぁ、盛り塩する小皿か。」
かなりの品数頼んでいた荷物のようだ。なんでこういうものを受け取らすに出ていってしまうのか。
よほど引っ越しを急がないと、そんなことにならないだろうに。
「えーっと、これで全部かな。あ、あとこの明細か。…ん?」
床に落ちていたのは、真っ白な封筒。支払い明細などを入れたものかと思ったが、その表には不思議な言葉が記されている。
『つぎの じゅうにん さんへ』
次の住人とは、俺のことだろうか。
えぇ?
これ、俺宛の荷物だ…。
まさか、そんなこと。と思いつつも封筒を開ける。入っていたのは、一枚の便箋。それほど長く無い内容っぽい。
読もう。
『まっくろ が いつも います。
わたし も もう いくことに しました。
もし このへやで わたしに あってしまったら
わたしは ちゃんと いけてない。
くろいのが じゃましています。
そのときは このにもつで くろいの を
かいひして ください。』
うーん、不穏。そして、意味がわからない。
どうして他人に自分の後を任せてしまうのか。『もう いくことに しました。』で、何処へ行くのか、想像したくない。
とはいえ、これが俺宛の荷物であることは間違いないので、管理人の手に渡る前に記録させて頂く。
この先、必要になる気がして。
「カメラで撮っとくか。スマホ、スマホ…。」
スマホを取り出したところで、直前まで写真を撮っていたことを思い出す。
画面にはまだ撮影した写真が表示されていた。
片付いた部屋でスッキリとした笑顔を浮かべる俺と、その後ろのクローゼットの細く開いた扉の隙間から、こちらを覗く黒い影。
「…え?」
この人の頭のようなものは、なんだろう?
髪の長い女の子のように見える。
手紙を書いた『わたし』さんなのか。
彼女が警戒する『くろいの』なのか。
何れにしろ『それ』はまだ、この部屋にいるようだ。人間関係も綺麗に清算され、頼る宛の無い、この部屋に。
「お荷物、有り難く使わせて頂こう…。」
奇妙な親切を受けて、新しい生活は幕を開けた。これからも続々と送られてくるであろう、謎めいた荷物とともに。