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魔女は微笑むⅧ

 みれいは船長室に戻り頭を悩ませていた。一通り話を聞いたがこれといった決め手がない。もっと簡単に犯人を特定できるものだと思っていたのに、これでは全員を集めたというのに格好がつかない。大抵解決編では、容疑者たちの前で動かぬ証拠を突きつけて、犯人はあなたです、と指を差すのだ。みれいはそれがやりたかった。

 隣にいる一ノ瀬にも仕入れた情報は一字一句漏れなく伝えたが「なるほど」と一言残して硬直している。あまり当てにはならなそうだ。

「それで、探偵さん。犯人は誰なんだい?」

 カイバラが真相を語れと促してくる。

「もう少し、お待ちいただけます?」

 じっとしていられなくて、部屋をうろうろと歩き回りながらみれいは考えた。


 まず、容疑者一人目――副船長カイバラ。

 まだ生きていた船長と会っていた唯一の男である。最初に死体を発見したときは本当に驚いているように見えたし、何より事件解決に向けて躍起になっている。

 だが、彼が船長室を出てから本当に誰も入っていないとなると、カイバラが話の途中に口論になり、キッチンのナイフを取り出して刺し殺したという線も考えられる。もちろん、皆が皆本当のことを言っているとは限らないので、誰かしらが船長室に入った可能性はあるのだが、それを絞り込む方法はないように思えた。なぜここにはカメラがないのか、と悔やまれる。


 そして容疑者二人目――航海士カワバタ。

 船長室にはいっておらず、お手洗いに行っていたと言っていたが、お手洗いと一言でいっても数分で終わる場合もあれば化粧直しなどでもっと時間がかかる場合もあるだろう。何故なら彼女のメイクは濃かったし、ひょっとしたらトイレ内で藁人形やそれに近いなんらかの儀式を行っていた可能性もありそうだった。

 もしすぐにお手洗いを済ませて船長室に行ったとして、刺殺するのにどれぐらいかかるんだろうか。アマミヤが言っていた通り、女の武器を使えば大和撫子好きだという船長の胸を刺すのはたやすいかもしれない。


 容疑者三人目――ホテルマネージャーのアマミヤ。

 勤続二十年ということは、船内のことについても詳しいだろう。人の少ないこの時間帯ももちろん知っていただろうし、船長が休む時間も把握していただろう。それに付き合っていた時期があったというのも、なにかしら怨恨がありそうだ。 

 船長が一人になる時間を狙って、部屋を訪れるなんてこともあるだろう。ヤマブキの話では船長が寄りを戻すつもりだといっていたらしいけれど、本人はそうはいっていなかったことも気にかかる。


 容疑者四人目――機関長ヤマブキ。

 船長とは長い付き合いで彼の女性遍歴も詳しい様子だった。

 発電機のメンテナンスの話をしにいったあとトイレに行ったといっていたが、これも所要時間が曖昧だ。船長は胸を刺されていたので、ヤマブキのように親しい間柄だったからこそ油断して正面から刺されたとも考えられる。

 それにカワバタの証言では眠たそうだった、と言っているが話をしている最中はそんな様子はなかった。ブラックコーヒーのカフェインが効いてきたのか、あるいは殺人事件が起きて知り合いが殺されたという状況で覚醒したのかもしれない。


 みれいは足を止めて、もう一度部屋を眺める。

 棚にはコーヒーメーカーにワインボトル。それとコルク抜き。

 テーブルの上には空のワイングラスとコーヒーカップ。カップには黒い液体がまだ残っている。

 テーブルの傍にあるゴミ箱に目を向けてみる。中にはスティックシュガーの袋が一つと、丸まったティッシュが入っていた。

 他に気になるものは……ない。

 これで犯人を特定できるだけの情報は集まったのだろうか。もっといかにもなものがあるかと思ったが、他に調べられそうなものはない。

「一ノ瀬さん、どう思います?」

「……誰も嘘をついていないとなると、船長室に入ったのはカイバラだけになる。そうなると彼が犯人ということになる」

 確かにそうか、とみれいは頷いた。カイバラにとっては船長が亡くなることで自分がその地位につけるということがある。何かしら不満があって、船長の座が欲しかったのだろうか。

「でもね、みれいちゃん。犯人は嘘を吐くんだよ」

 一ノ瀬が決め台詞のようにいった。それはゲームから得た知見なんだろうか、とみれいは疑問に思った。

「では、航海士のカワバタさんはどう思います?」

「藁人形で殺したなんて答えはナンセンス。謎解きゲームにあるまじき答え。極刑」

「そうですわよねぇ……」

 みれいも一ノ瀬の厳しい意見に同意だった。

「ではホテルマネージャーのアマミヤさんなんてどうですの? 男女の仲だったっていうのはいかにもじゃありません?」

「いかにもって?」一ノ瀬がこちらを覗き込んだ。「みれいちゃんって、彼氏いたことあった?」

「いえ、あくまでドラマなんかの話ですわ」

「なんだ、みれいちゃん可愛いから彼氏の一人や二人いてもおかしくないと思ったのに」

 一人はともかく二人というのはおかしいんじゃないかと、みれいは真面目に考えていた。

「でも、みれいちゃん好きな人はいるんじゃないの?」

 どうやら話は続いている模様だ。みれいは好きな人、と言われても誰も浮かばなかった。

「好き、という感情が難しいですわよね。だって私は一ノ瀬さんもそうだし、妹のあおいや、家政婦の恵美さんたちも大好きですわ」

「ああ……そういうタイプね」

 一ノ瀬は何だか呆れたように呟いている。

「それよりも」みれいは話を戻した。「機関士のヤマブキさんはどうですの?」

「一番あり得るかも」

「と仰いますと?」

「船長とは長い付き合いだったこともそうだし、やっぱり男の人だから力ずくでこう……ぐさっと」

 ナイフを刺すようなモーションをする一ノ瀬をみれいは黙って見ていた。やはり二人で議論を交わしていても、これといった決め手にかけるような気がする。

 四人から聞いた話の中で、なにか相違点はなかっただろうか。こういったとき、頼りになるのはやっぱり冴木なのに、とみれいは心の中で思っていた。彼なら話の中で気になったことや、矛盾を的確に指摘する。彼はなんてことないように言っているが、それは頭の回転が速く理解する脳がなければ難しいだろう。

 みれいは人の表情や仕草から違和感を覚えることなんかは冴木よりも長けている自信がある。だが、今のこの状況下ではその力は発揮できない。

 死体はいまだ転がったままで、船長室にはみれいたちを除く容疑者四人が首を揃えて判決を待っている。ひょっとして服に返り血なんかがついているんじゃないかと思ったがそんなことはなさそうだった。

「それで、探偵さん。犯人は誰なんだい?」

 カイバラがもう何度目かになる台詞を口にした。

「もう時間がありませんわね。どうします? 一ノ瀬さん」

「……もう、四分の一だよ。みれいちゃん決めていいよ」

「そんな、誤認逮捕なんて人生の汚点ですわ!」

「そうはいっても……あっ、ひょっとしてこの中に犯人はいないなんていうオチなんかどう?」

 考えれば考えるほど、泥濘ぬかるみにはまっていく。いつも冴木がいるときは、こんなことにはならないというのに、とみれいは今すぐに冴木に会いたい気持ちになった。

 その時、異音がなった。汽笛ではない。

 ブーというような、いかにもな不正解音。

「ああ、時間切れですわ……」

 目の前に、メッセージウィンドウが表示された。

『今回の体験プレイの時間が経過しました。試遊版に参加していただき、誠にありがとうございました』

 みれいは、装着していたVRヘッドセットを外した。

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