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魔女は微笑むⅤ

 デッキは、外のスカイデッキも含めると十六あり、十、十一、十二のデッキをアリスゲームクラフトが貸し切っているようだった。

 冴木は大樹に続いてエレベーターに乗り込む。二つ上の十二のボタンを大樹が押した。ほとんど上昇を感じないエレベーター内は何かの音楽がかかっていて居心地が良かった。

 あっという間に上昇し終わり扉が開く。そこは少し空けたラウンジだった。

 近くに階段もあって上にいけるようになっているが、トラロープが張ってある。壁に貼ってあるパネルに上階がスパや、エアロビクススタジオ、プールの施設があることが記されていた。それを見た大樹が残念そうに呟いた。

「あー、プール入りたかったな。海外の豪邸もそうだけどこういう豪華なところって、基本プールがあるイメージだよな」

「水の無駄遣いだよ」

「でも、俺たちが通ってた学校だってプールの水は張りっぱなしだったろ? あれは災害とかのときにすぐに使えるためじゃなかったか」

「学校はそうかもしれんが、ここに至っては周りが海なんだぞ」

「あ、そうか」大樹は盲点だったというように手を叩いた。「金持ちはみんな、泳ぐのが好きなのかねぇ」

 金持ち、という言葉をきいて冴木の脳内に、水着姿で浮き輪に乗ってジュースを飲んでいるみれいの姿が浮かんだ。想像の中の彼女は大きな麦わら帽子を被って、これまた大きなサングラスをかけている。

「賢、どうした?」

 はっとして冴木が我に返ると、大樹が不思議そうな顔でこちらを覗き込んでいた。

「ああいや、何でもない」

 同じミス研部員の水着姿を想像していたなんて口が裂けても言えなかった。それにしても、なぜこんなことを想像したのか冴木は自分の思考回路がさっぱり分からなかった。ひょっとしたらさっきのコンパニオンガールもとい、ヘイレーンの色香に惑わされていたんだろうか。

「お前まさか……酔ったんじゃないだろうな。ほぼ揺れてないのに、大丈夫か?」

「いまのとこは大丈夫だよ」

「ならいいけど、賢はいつも顔色悪いから分からん。なんかあったら遠慮せず言ってくれよ」

「僕がお前に遠慮なんかするわけないだろう」

「それもそうか」

 大樹はにっと白い歯を見せて歩き出した。

 ところどころに案内のポップがあり、ゲームのキャラクターが描かれていた。ちょっとしたところにもこういったイラストが多いと、ファンとしては嬉しいようで大樹はまるでイラストに吸い込まれるように近付いていく。蛇行しているせいでゆっくり歩いている冴木のほうが先に進んでしまうので、意図的に速度を落として微調整する。何だか犬の散歩をしているような気分だった。

「それにしても、広いな」

 デッキはまだまだ奥まで続いている。さっきまで右側にいたはずの大樹が左からぬっと現れた。

「東京ドーム何個分だろうなー」

 あれは建築面積を例えるのによく使われるのであって、船のような立体構造物では逆に分かりずらいだろう。適当なことを言う大樹に、冴木は異を唱えようとしたが、大樹はまた通路の端の方へと移動している。

 そこにはコスプレした参加者が数名固まっていて、大樹が頭を下げて写真撮影を頼みこんでいた。大方、冴木の質問には上の空で答えたに違いない。

 そもそも東京ドーム何個分という例えで言い表せられたとしても、東京ドームに行ったことがない冴木からしたら全くもって分かりずらい例えである。今度は東京ドームがどれぐらいの大きさなのか例えられるものを教えてくれ、という話になってきてしまう。

 冴木が漠然とそんな水掛け論を考えていると、大樹が写真を撮りおえて戻ってきた。すぐに次なる目的地を決めたようで、その足取りは軽やかだった。

「賢、あそこ物販エリアみたいだ」

 先導して進む大樹についていくと、まるで土産物エリアのように色々な商品が展開されていた。アクリルキーホルダーやポスターのみならず、有名製菓とのコラボ菓子や、入浴剤まである。何とも幅広いラインナップだ。

 これも先に見るのかと冴木が目配せすると、大樹は「ここは帰りに寄る」と言って通り過ぎていった。寄らないという選択肢は彼にはないようだ。

 すぐ隣に、目的地があった。わずかだが列が出来ている。入口のところにイラストと一緒に展示スペース、と書いてあるが本来はエクスプローラーズラウンジというものらしい。パンフレットを見てみると、バンドの生演奏やイリュージョンマジックショー、ダンスタイムに使われると書いてあった。

 展示スペース内は一方通行になっているようで、まるで水族館や博物館みたいだなと冴木は思った。

 大樹と一緒に列に並ぶ。列の進みは牛歩のごとく進まない。それでも、大樹は楽しそうで少しずつ現れてくる展示物に一喜一憂したり、流れているBGMがどの場面のものかなど蘊蓄うんちくが止まらない。大樹がそこまで熱狂的なファンだとは、冴木は知らなかった。

 やがて小さな階段があり、舞台のようになっていることに気付いた。そこがどうやらメインの見世物を展示する場所のようで、展示物の手前には関係者以外立ち入り禁止の線が張られている。ここには撮影不可の張り紙はなかった。

「うおお、見ろよ賢! エプシィちゃんが寮部屋で休んでいる場面だよ!」

 立体的な箱庭というか、コンサバトリーのようにそこだけ空間が違った。表面は用心のためなのかガラス張りになっている。まるで部屋の断面図だ。

 冴木は社会科見学で消防署に行ったときに体験した地震体験コーナーを思い出していた。ガラス張りとはいえ外から丸見えの部屋というのは何だか映画や舞台のセットのようでもある。

 そこだけセットのようになっているので少しだけ見上げるような形で観察する。部屋のなかにはベッドや、勉強机があり、女の子らしい小物も散乱している。

 そして部屋の中央に三十センチほどの台座があり、その上に女の子が立っていた。ブロンドの長い髪はまるで本物のようだが、やけに短いスカートにやや不釣り合いに思える細い足がいかにもゲームキャラといった出で立ちだった。

「これって等身大フィギュアか?」

「そうだよ! この子がこの前やった人気投票で一位だったんだぜ」

 大樹が興奮気味に語るのを肌で感じながら、その造形を改めて見る。

「……確かに金がかかっていそうだ」

 冴木たちがいなくなったあとで、独りでにこの等身大フィギュアが動いていてもおかしくないほど、よく出来ているように感じた。逆に何だか不気味にも思えてくる。

 ふと視線を外して、先の方を見ると関係者入口のようなところに人影が二つ見えた。その一つに、見覚えがあった。

「大樹、あれってヘイレーンじゃないか」

「なに!? どこだ?」

 大樹がそういった途端、急に辺り一帯の照明が消えた。

「え?」

「なんだ?」

「イベントか?」

 視界が奪われて、周りから何人もの戸惑いの声が上がった。

 冴木は冷静に辺りを見渡した。この展示スペースのみならず、通路側も暗くなっている。このデッキ全体の照明が切れているようだ。

 停電だろうか、と考えたが船でもそんなことがあり得るのだろうか。たとえ数十秒だろうと電気を絶たれたら、航海に支障をきたすような気がする。

 冴木はつま先立ちになって、さらに目を凝らす。急に暗くなったせいで全く目が闇に慣れない。それでも、暗闇の中、ぼんやりと光るものが見えた。

 非常灯だ。

 もしこの状況が不測の事態ならば、船のクルーやイベントスタッフなのが誘導しそうなものだが、避難誘導するような声は聞こえない。そうなってくると、これは展示スペースのイベントの一部なのだろうか、それにしては唐突に思えるし、デッキ全体の照明を消すなんてことを定期的に出来るとは思えない。

 それに、音量こそ大きくはないが、BGMは途切れることなく流れていた。照明に使われる電気だけが、何らかのトラブルで絶たれているんだろうか。

 なにはともあれ暗いままでは満足に動くこともできない。冴木たちが動けずにいると突然照明が復旧した。

 眩しさで思わず顔を顰めて、隣にいる大樹を見る。同じような表情をした大樹が、「なんだったんだ?」と呟いた。

「さぁ……」

 冴木が首を傾げたとき、後ろにいた他の乗客が声を荒げた。

「あ、おいあれ!」

 振り向くと、眼鏡をかけた男性がメインの展示物のほうを指さしている。指の先を追うと、そこには先ほどまで見ていた寮部屋のセットがある。

 だが、ただ一つ欠けているものがあった。

 大樹が皆の意見を代弁するように、叫んだ。

「エプシィちゃんがいなくなってる!」

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