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魔女は微笑むⅢ

 有栖川みれいは、周囲のインテリアなどを観察しながら船内を歩いていた。所々に可愛らしい花瓶が置いてあり、花が活けてある。船が揺れて倒れたりしないのだろうか、と不安に思った。

 隣には、同じミステリー研究会に所属している一ノ瀬がいた。みれいが家政婦の恵美から貰ったチケットで、一緒についてきてもらっている。

 一ノ瀬は中々のゲーマーで、ミス研の部室では常に何かしらのゲームをしていることが多かった。

 今回のレッドアトランティスというオンラインゲームに関してもやり込んでいるらしく、新ジョブも含め全てのジョブのキャラを持っていると自慢された。それがどれぐらい凄いことなのかは、親の作ったゲームとはいえみれいは知らなかった。だが、このチケットで冴木を誘おうかと画策しているときに一ノ瀬が向けてきたあの視線は忘れがたい。そこまで行きたいのなら、と一緒に参加することになったのだ。

「みれいちゃん、誘ってくれてありがとう」

 一ノ瀬は顔にこそ出ないが、随分と上機嫌のようだった。もう今日何度目かのお礼を受け取って、みれいは微笑む。

「それだけ喜んでいただけるとこちらとしても嬉しいですわ。ところで、いまどちらへ向かっているんですの?」

 ここに来てから悠然と歩き進めている一ノ瀬だったが、みれいはどこを目指しているのか聞いていなかった。

「適当。とりあえず、真っすぐ進んでる」

「あ、そうでしたの……」

 地図はないものか、とみれいが探っていると目の前にバーのような場所があった。恐らく、船の後部のほうにあたる場所で、それ以上先に通路はない。バーは今の時間は営業していないのか、無人のようだ。

 引き返そうかと思ったところで、すぐ横にエレベーターがあることに気付く。

「ただ引き返すよりも、別のデッキに行った方が何か面白い物が見つかるかもしれませんわ。一ノ瀬さん、乗ってみましょう」

「了解した」

 みれいたちはエレベーターに乗り込む。とりあえず一つ上のデッキを目指すことにした。

 エレベーター内には心地よい音楽が流れていて、全く振動を感じなかった。本当にちゃんと上昇しているのかとパネルを見ると、しっかりと数字が増えている。

 みれいはふと思い出したことを口にした。

「そういえばうちの高層ビルのエレベーターも、とても静かでなんだか不思議な感覚ですの」

「エレベーター内に、音楽がかかっているでしょう?」

 一ノ瀬がすぐに返事をした。

「そういえば……そうでしたわね。クラシックというか落ち着いた感じのBGMが流れていましたわ」

「それは、マスキングだよ」

「ファスティング?」

「断食じゃない」一ノ瀬はもう一度ゆっくりと言った。「マスキング。覆い隠すって意味」

「エレベーターが静かなのは、何か覆いかぶさっているからですの?」

「何かじゃなくて、音だよ。高層ビルのエレベーターはスピードが速くて風切り音がするから、同じ周波数の音を重ねて聞こえにくくするんだよ」

 みれいはなるほど、と頷いた。確かに部屋のクーラーを切った途端に時計の音が気になったりしたことがある。あれも近い現象なのだろうか。

「一ノ瀬さんはよくそういった雑学に詳しいですわよね、どこで仕入れるんですの?」

「もちろん、ゲーム。主にクイズ系の」

「それでしたら、クイズ研究会のほうが性に合っているんじゃありません? もちろん、ミス研にいてくれるのは嬉しいですけれど」

「あそこは皆、が強い。それに飲み会ばっかりだっていうからやめた。ゲームは一日最低五時間。これがモットー」

 しれっと言ったが五時間もゲームをする気力をみれいは持ち合わせていなかった。人の趣味にけちをつけるつもりはないが、もうプロゲーマーとかを目指したほうがいいのではとも思う。でも、一ノ瀬はあまりプレイヤー同士で競い合うゲームより、シングルプレイでやり込み要素の多いものをプレイしている印象だった。

 みれいもどちらかといえば一人で黙々とやるタイプで、小さい頃はファミコンでよく遊んでいたものだ。家に無数にあったカセットから選ぶのはもっぱらシナリオアドベンチャーゲームや、サウンドノベルで、どれもジャンルでいえばミステリーやサスペンスだった。思えばあの頃から事件を解決する刑事や、探偵に憧れを抱いていたような気がする。

 エレベーターの扉が開き、廊下に出る。船の後部にあたる右手側にはレストランがあった。イタリアンがオススメなのか、入口の近くにパスタの写真が大きく貼られていた。

 反対側を見ると、ワゴンに食事を乗せたクルーの女性がインカムに手を当てて何やらきょろきょろしながら唸っている。

「ううーん、ど、どうしましょう……!」

 新人のクルーなのか、若い女性からは初々しさが伝わってくる。良く見ると、名札のところに車などに貼る初心者マークがついていた。

「どういたしました?」

 みれいが近付いて声をかけると、クルーの女性はただのバイトだろうに鬼気迫る表情で振り返る。よほど仕事熱心なのか、あるいは上司が恐いのか、前者であってほしいものだ。

「あの、船長室にお食事を持っていくように頼まれたんですけど、何やら入口のホールのほうでトラブルがあったそうで至急来てくれと連絡があったんです」

「あら大変ですわね。でしたら早くお伺いしたほうがよろしいのでは?」

「それが……」クルーの女性はワゴンの上に視線を落とす。「食事を先にお持ちしたほうがいいのか、ホールに先に行ったほうがいいのか、優先順位がつけられなくて……あのもしよろしければ船長室にお食事を届けてくれませんか!?」

 新人クルーは何だか今にも泣きだしそうな顔でみれいに懇願してくる。特に拒む理由はないので、快く了承した。配膳は以前のバイト先でもよくやっていたものだ。

「ええ、構いませんわ。船長室の場所だけ教えてくださいます?」

「はい、お願いします!」

 新人クルーはどこからともなく船内の見取り図を取り出して説明してくれた。みれいはおおまかな感じでしか理解できなかったが、隣の一ノ瀬が問題ないと言った様子で頷いているのでとりあえず頷いておいた。

「すみません、ではこれで!」

 新人クルーはそう言い残して颯爽と走り去っていく。そんなに人手不足なんだろうか、とみれいは少し不思議に思いながらワゴンに手をかけた。

 みれいがワゴンを押して、一ノ瀬が先導するかたちで船長室に向かう。途中、誰ともすれ違うことはなかった。それに引き受けたものの、部外者が簡単に船長室に入れるのだろうか、と不安に思ってくる。船長に何かあっては運航に支障をきたすので、持ってきた食事も毒見などするのかもしれない、と勝手な想像を膨らませていると、あっという間に船長室のあるデッキに着いた。すぐ奥には、操舵室があるようでそれとなく覗き込んでいると何人かの人がいた。

 みれいが操舵室を気にしているあいだに、一ノ瀬が躊躇せずに船長室をノックしていた。警備のような人は特にいないので、中にいるであろう船長の返事を待つ。だが、いくら待っても応答がなかった。

「みれいちゃん、船長そっちにいる?」

「いえ、それっぽい人は見当たりませんわ」

 一ノ瀬がもう一度ノックをしようとして、その手をドアノブに向けた。捻ると、すんなりと扉が開いた。何とも不用心だ。

「失礼します。お食事をお持ちしました」

 先ほどの新人クルーよりもハキハキとした口調で一ノ瀬が声を掛ける。だが返事はない。

 みれいは一旦ワゴンをその場に置いて、中に入った。小さなホテルの一室のようになっている。きっと何か起こったときに素早く操舵室に行けるように、これだけ近い場所に船長室があるのだろう。

 細い通路の奥に、ベッドなどが置いてあるのが見えた。通路の右手には小さなシンクと、コンロがあった。反対側にある左の扉を開けると、トイレがある。本当にホテルのようだ。

 奥に進んでいくと開けた空間があり、左手奥にベッド。右手の方にソファーがあった。そこに、制服を着た男性が前かがみになって座っていた。白い帽子を被っているが金髪なのが分かる。外国人だ。その両肩には等級を現すのであろう線が四本入っていた。

「あ、船長さん」

 一ノ瀬が声を上げて近付いたかと思うと、動きを止めた。みれいもそこで異変に気付いた。

「船長さん……?」

 一ノ瀬が肩を揺する。その体がぐらりと揺らいで、床に転がった。

「え……」

 みれいは思わず息を呑んだ。

 船長の胸元に、ナイフが刺さっていた。それをみた一ノ瀬が、まるで地面に転がっている蝉の死骸を見つけたときのように、無感情に言った。

「あっ、死んでる」


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