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 イアン様の言葉に私が直ぐ返事を返せなかった事に、イアン様はきょとんと瞳を瞬かせて不思議そうな表情を浮かべて首を傾げる。


「ベル夫人?」

「──っ、あっ、そうですね、旦那様はご無事です。後ほど旦那様をお呼びいたします。お時間が掛かってしまうかもしれないのですが、お待ち頂いても宜しいでしょうか?」

「あー……申し訳無い。仕事の都合で近くを通ったので寄らせて頂いたんだ。あの家令の男性が来なかったから……誰か客人が来られているんだろう? また日を改めて会いに来るよ」


 イアン様はそう言うと、爽やかな笑みを浮かべてカップに入った紅茶を飲み干し、壁際に控えていた使用人に「お茶美味しかったよ、ありがとう」とお礼を告げてソファから立ち上がる。

 折角訪ねて来て下さったのに、何だか申し訳無いわ、と私が眉を下げているとイアン様が「ああ、そうだ!」と明るい声を上げて懐に腕を差し入れた。

 ごそごそと何かを探しているようで、「ああ、あったあった」と声を上げると笑顔でイアン様は私に向かって何かを差し出してくれた。


「お見舞いだから、花の一つでも持ってこれたら良かったんだけど、中々良い花が見付からなくて。丁度通り掛かった小間物屋に刺繍が見事なハンカチを見付けたんだ。ベル夫人もアーヴィングの看病で疲れているだろう? ベル夫人にこれを」

「──えっ、でも……っ」

「ああ、本当に大した物では無いから! 婚約者も居ないしね、女性物のハンカチだから使ってくれたら有難いよ」


 イアン様から差し出されたハンカチは、贈り物用として包装された物では無く、本当にたまたま小間物屋で見付けたから手に取った、と言うような簡素な包装で。

 友人の妻を気遣うようなその気持ちが嬉しくて、私はイアン様が差し出してくれたハンカチを有難く受け取った。


「──ありがとうございます、イアン様。使わせて頂きますね」

「ああ。本当に気兼ね無く使って欲しい。また、アーヴィングのお見舞いには来るから、宜しくね」


 イアン様はにっこりと笑顔を浮かべてひらひらと手を振ると、扉の傍に控えていた使用人に案内されて退出して行った。

 私は、部屋の中でイアン様から頂いたハンカチの包装を解くとそっと中身を取り出してハンカチを眼前に広げてみた。


「──? 何のお花、かしら……?」


 あまり見た事が無い花の刺繍がされていて、私は見た事が無いその花に首を捻る。

 太く、丈夫そうな枝? から小さな花がぽこぽこと咲いていて、色は黄色? かしら。


「ふふっ、凄く独特な選び方だわ」


 刺繍はとても美しく、綺麗だ。

 きっとイアン様も、刺繍の見事な部分に惹かれて購入したのだろう。

 きっと、この花の名前も知らない。


「後で、書庫から植物図鑑でも借りて来ようかしら」


 知らない花を調べるのは楽しい。

 私はそっとその花の部分に手を当てて撫でると、ハンカチを膝に起き使用人に入れて貰ったお茶の残りと、焼き菓子を摘んで甘い味にほわりと頬を綻ばせた。






 ──ル嬢……! ベル嬢……!

 ──夫……! ベル、夫人!


「……、?」


 肩を掴まれ、揺さぶられている感覚がある。

 気持ち良く眠っていたのに、誰が私を起こしたの? と、私はゆるりゆるりと微睡みながら瞳を開いた。


「ベル嬢……! 目が覚めたか、何故こんな場所で眠って……!」

「ベル夫人! 大丈夫か、体調でも!?」


 頭の中が霞みがかっているような不思議な感覚で、私は誰かに体を抱き起こされているよう。

 目の前に居る男性の顔がぼやっ、としていてその奥に居るジョマル様の顔が視界に入り、私はジョマル様の名前を口にした。


「──ジョマル、様……? 何故そんなに慌てていらっしゃるのですか…?」


 私がジョマル様のお名前を口にすると、私の背中に回っていた目の前の男性の腕に力が籠った──。


「ベル、夫人……?」


 ジョマル様が気まずそうな表情を浮かべて私にもう一度声を掛けて下さる。

 何故、そんな表情をしているのかしら、と私が首を傾げると私の目の前に居た男性の顔が段々とハッキリと見えてくるようになって。


「──……っ、旦那様……っ!?」


 目の前で、私を抱き起こして下さっていたのはまさかのアーヴィング様で。


「も、申し訳ございません、大丈夫です……っ!」

「──……っ、」


 私は慌ててアーヴィング様から距離を取ると、支えて下さっていたアーヴィング様の腕の中から素早く体を離す。


「ベル、嬢……。何故こんな所で寝てしまっていたんだ……?」

「そうだよ、ベル夫人。いくら室内の暖炉に火を灯していたとしても風邪をひいてしまうだろう?」


 私はアーヴィング様とジョマル様の言葉に、小さく「えっ」と声を出してしまうと、室内を見回す。


「私、眠ってしまって……?」


 室内にある時計を確認してみれば、イアン様とお会いしてから数時間も時間が経ってしまっていた。

 アーヴィング様と、ジョマル様、ルシアナ様のお話は終わったのだろう。

 三人のお話はどうだったのだろうか、と気になってしまうが今はそれを聞く雰囲気では無く、何故かジョマル様が私の体調をしきりに気にしており、アーヴィング様は私がアーヴィング様から離れた事に眉を寄せて、何処か不機嫌そうな表情をしている。

 お礼を告げず、逃げるようにアーヴィング様から離れてしまったから、お怒りになってしまったのだろうか、と私は戸惑いながらアーヴィング様に視線を向ける。


「ご心配をお掛けしてしまったようで申し訳ございません、旦那様。ジョマル様。その……少し疲れてしまっていたみたいで、眠ってしまったようです。体調は何処も悪くありません……!」


 何も問題無い、と言う事を分かって頂く為私は笑顔を浮かべてアーヴィング様とジョマル様に向かってぐっ、と握り拳を握る。

 元気だから心配しないで欲しい、と言う私の考えが通じたのだろう。ジョマル様は眉を下げて笑うと「一応体調を確認しておこうか」と口にしてアーヴィング様に視線を向ける。


「──アーヴィング。後は俺と使用人がベル夫人を診ておくから……。自室に戻って少し休んだらどうだ? 少し自分の頭の中を整理したいだろう?」

「そ、それは……そうだが……」


 アーヴィング様は言い淀むと、ちらりと私の方へ視線を向けてくる。

 名目上は妻である私の事を気にして下さっているのだろうか。

 私はアーヴィング様に向かって笑顔を浮かべると小さく手を振る。


「旦那様。お部屋に戻ってお休み下さい、私はジョマル様に診て頂くので問題ありませんよ」

「──ベル嬢がそう言うのであれば、……分かった」


 アーヴィング様は、何かあれば呼んでくれ、と言葉を残しちらりとこちらを振り返り、気にしながら部屋を退出した。

 アーヴィング様が退出すると、室内には私とジョマル様、そして女性使用人が残り、室内がしん、と静まる。

 使用人は「お飲み物をご用意いたします」と口にすると、ワゴンで手際良くお茶の用意をし始めてくれる。

 その間に私とジョマル様はお互い向かい合うようにソファに座り、ジョマル様はふう、と安心したように息を吐き出した。


「──話が終わって、ベル夫人を探していたんだ」


 徐にジョマル様がお話を始めて、私はジョマル様の話に耳を傾ける。


「けれど、何処を探してもベル夫人が見付からなくて……アーヴィングにもベル夫人の姿が無い事が報告が行って……。皆でベル夫人を探していたんだよ」

「そ、そうだったのですね……それはとんだご迷惑をお掛けしてしまい……」

「いや。謝らなくても大丈夫だよ。夫人も、色々な事があって……疲れが出たのかもしれないな。……夜は眠れているかい?」


 気遣うようなジョマル様の言葉に、私は小さくこくりと頷く。

 細切れの睡眠となってしまってはいるが、ここで眠れていない、と言うとジョマル様から邸の皆に告げられてしまうかもしれない。

 これ以上、皆に心配を掛けてしまう事はしたくない。


「問題無いです。──それで、ジョマル様。旦那様と、……その、ルシアナ様のご様子は、どうだったのでしょう……?」


 私は、先程から気になっていた事を目の前にいるジョマル様へと聞いた。

 すると、ジョマル様は「うーん」と声を出して言葉を選んでいるような素振りで、ゆっくりと唇を開いた。


「俺、と……アーヴィングとでルシアナ嬢を待っている間は……その、アーヴィング自身そわそわと落ち着かない状態で、ルシアナ嬢と会うのを楽しみにしているようだったんだけど……。実際、ルシアナ嬢がやって来た時……」


 ジョマル様はその時の事を思い出すように、ゆっくりと語ってくれる。

 私は、どきどき、ハラハラとしながらジョマル様に視線を向けて、いつの間にか無意識に自分の両手を胸の前で握り締めてしまう。

 ルシアナ様と対面したアーヴィング様は、どれだけお喜びになったのだろうか。

 もしかしたら、恋焦がれていたルシアナ様を目にして、抱き締めてしまったり、してしまったのだろうか。

 私がきゅっ、と唇を噛み締めるとジョマル様は何だか不思議そうに首を傾げながら続きを語って下さった。


「アーヴィングは、ルシアナ嬢を見た瞬間、表情を引き攣らせて後方に一歩後ずさったんだよ……。あれだけ、ルシアナ嬢、ルシアナ嬢、と焦がれていたと言うのに、いざルシアナ嬢の姿を目に入れた瞬間、拒絶するかのように体を遠ざけた。……アーヴィング自身も、何故自分がそのような行動に出てしまったのか分からず困惑している様子だったな……」

「──え、?」

「それに、極め付けが……ルシアナ嬢が伸ばした腕をアーヴィングが咄嗟に払ったんだ。ルシアナ嬢が体調を心配して、アーヴィングに触れようとした時、アーヴィングは咄嗟に頭で考えるよりも先に拒絶反応が出たような……。まあ、それでお互い気まずくなってそこでお開きになったんだ」


 ジョマル様が説明して下さった内容に、私は驚きに目を見開いてしまった。


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