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 私の言葉に、アーヴィング様は緊張した面持ちで躊躇いがちにこくりと頷き「その可能性もあるかもな」と小さく零す。

 だからこそ、私の──いえ、私達夫婦が揃った際にあの職員さんは動いたのだろうか。

 けれど、それならどうしてわざわざ私に気を付けて、と助言をしたのだろうかと疑問が浮かんで来る。

 その疑問をアーヴィング様に向かって告げると、アーヴィング様も腑に落ちていないような表情で、悩ましげに口を開いた。


「そうなんだ、そこなんだ……。もし、先程の女性がルシアナやイアンに秘薬を渡した魔女であれば、なぜわざわざベルに忠告を……?」

「そうですよね……。わざわざ忠告して、私達がその言葉に気を付けて回避してしまえば、ルシアナ様やイアン様は秘薬を使用できなくて、秘薬が減らない……。そうすると、新しい秘薬を頼みに行きませんよね……?」


 魔女が秘薬を作る理由は大体がお金だ、と聞く。

 秘薬を使わせ、秘薬がなくなったら魔女の下に再び秘薬の依頼が入る。

 それなのにわざわざ忠告して、注文の機会を自ら奪うだろうか、と私は不思議に思った。

 そして、私の疑問はアーヴィング様も同じなようで。


「……ジョマルに連絡してみよう。魔女は、何人もいるのか……」

「そっか……! 他の魔女の方の可能性もありますものね……! ジョマル様は、今は私達の国に魔女は居ないと仰っていましたし、ルシアナ様やイアン様が取引を行った魔女の方ではないのかもしれません……!」


 アーヴィング様の言葉に私はぱっと俯かせていた顔を上げる。

 アーヴィング様も私を見詰めていたのだろう。視線が絡み合う。


「──ベル、先程の職員さんの忠告通り、もしかしたらイアンが近くまで来ている可能性がある。……見付からないように暫くは邸内で過ごそうか」

「分かりました……!」


 アーヴィング様の言葉は最もだ。

 下手に街に行き、イアン様やルシアナ様に見付けられてしまったら元も子もない。

 私とアーヴィング様は、帰りの馬車の中で暫くは街へ行くのを避けようと話し合い、ルドイツ子爵の別邸に戻った。



「お帰りなさいませ」


 別邸に戻ると、私とアーヴィング様を出迎えてくれた使用人が「お客人です」と声をかけてくれる。


「客人……? 訪問予定はなかったと思うが……?」


 アーヴィング様が不思議そうに言葉を返すと、使用人は訪問者の名前を口にした。


「ジョマル様がおいでです。急ぎの御用だと伺っておりまして、侯爵家の家令シヴァン殿の手紙も頂いております」

「なるほど。貰おうか」


 アーヴィング様が使用人から手紙を受け取り、シヴァンさんからの手紙を開封して内容に目を通す。

 内容を目で追っていたアーヴィング様の表情がみるみる険しい物に変わり、書かれている文章があまり良くない物なのかしら、と心配しながらアーヴィング様に視線を送っていると、手紙から顔を上げたアーヴィング様が私に手紙を差し出して下さる。


「ベルも読んでおいた方が良い」

「──良いのですか? ありがとうございます」


 アーヴィング様から手紙を受け取り、視線を落として書かれている文章を読み進めて行く。

 きっと、私もアーヴィング様と同じように読み進める度に眉を寄せてしまっているかもしれない。


「イアン様に引き続き、ルシアナ様まで──……」


 私が思わず、と言った風に小さく呟くとアーヴィング様も溜息を零して乱雑に前髪をかき上げた。


「──ああ。……本当に、早く魔女を探し出して秘薬の効果を消すか、ルシアナやイアンを罠にかけて捕らえるかしなければいけなくなるな……」


 シヴァンさんからは、イアン様に続きアーヴィング様を探すためかどうか分からないが、ルシアナ様も姿を消した、と書かれていて。

 アーヴィング様と私に、十分気を付けて欲しいと報せを送ってくれたようだった。

 私とアーヴィング様はお互い小さく頷き合うと、ジョマル様が待っている応接室に再び向かい始めた。



「ジョマル。待たせてすまない」


 ジョマル様が待っている応接室の扉をノックして中に入るアーヴィング様に続き、私も室内に入るとソファに座っていたジョマル様が安心したような表情を浮かべた。


「──アーヴィング、ベル夫人。急に来てすまないな」

「いや、大丈夫だ。何かあったのだろう?」


 アーヴィング様はジョマル様にそう言葉を返したあと、ソファに進み自然な動作で私を自分の隣に引き寄せた。

 ルドイツ子爵の領地にやってくる前までは、私とアーヴィング様のぎこちない様子を見ていたジョマル様は、アーヴィング様の行動を見て始めは驚き、だが直ぐに優しげに瞳を細める。


「アーヴィングとベル夫人の仲が良く知った物に戻っているようで安心したよ……。それで、だが……」


 ジョマル様は、イアン様が姿を消した後暫くしてから続けてルシアナ様が姿を消したことをゆっくりと話し出した。


「侯爵家のイアンは、上手く自分の足取りを隠していたんだが、ルシアナはそこまで頭が回らなかったのか……利用した馬車や、自分が泊まった宿に口止めをしていなかったようでな……。アーヴィングの侯爵家のツテを使えば直ぐに調べることができたよ」

「本当か……? ルシアナの足取りは?」

「ベル夫人の交友関係は知らなかったんだろう。ルシアナはアーヴィングと交流があった者の所を順々に訪れ、アーヴィングを探しているみたいだ」


 アーヴィング様はジョマル様の言葉を聞き、ほっと胸を撫で下ろす。

 ルシアナ様は、まだこのルドイツ子爵領に私達がいることを知らないようだ。

 けれど、足取りを追えていないイアン様は大丈夫なのだろうか、と考えている私に気付いたジョマル様は、私に視線を向け申し訳なさそうに口を開いた。


「──すまない。イアンの方はまだはっきり足取りを掴めていないんだ。……だから、ベル夫人はイアンと遭遇しないよう暫くは邸内で過ごした方がいい」

「分かりました。先程、こちらに戻って来る際もアーヴィング様とそのように話し合いましたので……。不安が拭えるまでは邸内で過ごします」

「邸内にいてくれれば、ベルは俺が必ず守るから心配しなくて良い」


 不安を和らげるように、アーヴィング様は私が握りこんだ拳の上からご自身の手のひらを重ねると、優しく手の甲を摩って下さる。

 アーヴィング様が私に向けて微笑みかけて下さって、先程の不安が払拭されて行く。


「ありがとうございます、アーヴィング様」


 私達二人の様子を見ながら、ジョマル様は嬉しそうに微笑んでいた。


 そしてジョマル様は私達の滞在する邸に二日程滞在してから王都に戻ると教えてくれた。

 急いでルドイツ子爵邸にやって来たのは、以前イアン様がどんな方法で私に魔女の秘薬を摂取させたのか。

 その成分調査の結果や、過去の魔女の秘薬の文献を調べた結果などを知らせに来てくれたらしい。


「ルシアナは、魔女の秘薬の原液を経口から摂取させたので間違いないだろう。……だからルシアナとさえアーヴィングは会わなければ、状態が悪化することはない」

「──そうか……。だから以前、ルシアナはしきりに俺を馬車に誘い込んでいたんだな……」

「ん? そんなことがあったのか? それは初耳だぞ……!?」


 アーヴィング様の言葉に、ジョマル様は吃驚し素っ頓狂な声を上げる。

 アーヴィング様が以前、領地に視察に向かった際にルシアナ様と会ってしまった時のことだろう。

 しきりに二人きりになりたがっていた、ということを私はアーヴィング様から聞かせてもらっていたが、ジョマル様はアーヴィング様からそのことを聞いていないようだった。


「すまない。ジョマルには伝えていなかったか?」

「聞いてない、聞いてないぞそれは! そんな危ない目に合っていたのかお前……!」


 ジョマル様の言葉に首を傾げて「悪かった」と軽く告げるアーヴィング様に、ジョマル様は呆れたように頭を抱えた。


「──無事だったからいいものの……もしまた再び秘薬を飲まされたら、再びベル夫人の記憶が薄れていたのかもしれないんだぞ……」

「あの頃には既にルシアナに不信感を抱き始めていた……。そもそもベルという妻がいるのに、他の女性と二人きりになんてなる筈がない」


 二人で隠れて会っていた、などとルシアナ様はアーヴィング様に言っていたらしいけど、それをアーヴィング様は信じなかった。

 ルシアナ様に呼ばれたけれど、馬車で話をすることを避け、帰宅してくれた。

 後から聞いた私はほっとすると同時に、また再びアーヴィング様の私への気持ちが失われてしまう可能性があったと恐怖したのだが、アーヴィング様がしっかり私の目を見て「二度とベルを悲しませたりはしない」と告げてくれたのだ。


「──まあ、うん……。何事も無くて良かったが……今度からルシアナから接触があれば、必ず俺にも知らせてくれよ」


 どこか疲れたようにジョマル様が言い、続いて私に視線を向けたジョマル様がイアン様が使用したであろう秘薬のことを説明して下さる。


「イアンがベル夫人に使用した魔女の秘薬は香りだな。ベル夫人に渡したハンカチの刺繍糸に染み込ませた秘薬を鼻腔から嗅がせ接種させた秘薬が一種、次にイアンが持ち込んだ花束の花の茎を調べたら秘薬が混ぜられた水を吸い上げていた。秘薬の種類が異なったことから、これが二種目。三度目にイアンの声を聞き意識が遠のいたのであれば、香りで作用が発動する秘薬なんだろうな。魔女の秘薬は少なくとも二種類以上は使用されているだろう」


 ジョマル様から告げられた言葉に、私たちは唖然としてしまった。


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