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 カティアに教えてもらった職員さんに視線を移すと、その職員さんは微笑みを浮かべたままゆったりとした足取りで私達の方にやって来る。

 私達の所にいたジムは、その職員さんの姿を見ると嬉しそうに顔を輝かせて「先生!」と言いながら駆けて行く。

 ジムが走り寄って行くのを眺めながら、その職員の女性の姿を見て子供に好かれている良い職員さんなのだろう、と分かる。

 職員さんは微笑みながらジムの頭を撫でたあと何か言葉をかけた。

 ジムは力強く何度か頷き、職員さんと私達に向けて手を振りながら孤児院の建物の中に戻って行った。

 私達はジムの元気な後ろ姿を微笑ましく眺めながら、職員さんに向き直った。


「初めまして。ルドイツ子爵夫人の友人で、ベル・トルイセンと申します。本日は、子爵夫人と共にお邪魔させていただいたの。私もご一緒してもよろしいかしら……?」

「トルイセン……トルイセン侯爵夫人でしょうか? こちらからご挨拶ができず大変失礼いたしました。勿論でございます、どうぞ中へ」

「ありがとう、ナーガさん。ベルは私の一番の友人なの。少しの間、ベルも一緒に来させていただくわね?」


 カティアの言葉に、ナーガと呼ばれた年若い職員さんは「有難いことです」と笑顔でお礼をくちにする。そして早速私達二人を孤児院に案内してくれた。

 私とカティアは二人で会話をするのに夢中になってしまっていて、ナーガさんから探るような視線を向けられているのには全く気付くことができなかった。


 孤児院の中に案内された私達は、子供達が室内で遊んだり、勉強する部屋を順に案内してもらう。

 その間も、様々な年齢の子供達がカティアと一緒にいる見知らぬ私に興味を持ってくれて、わらわらと近寄って来てくれる。

 子供達とお話している内に、いつの間にか遊ぶことになったり、お勉強をすることになったりと目まぐるしく時間が過ぎていく。

 最初は近寄って来てくれなかった少し大きい子供達も、最後の方にはぴたりと体を寄せて来てくれるようになり、私は子供達の可愛さに瞳を細めた。


「ベルさま、また来てくれる?」

「ええ、勿論」

「べるさま次はいつ来てくれる?」

「うーん……どうかしら。カティアと相談して決めるわね?」

「ベルさま! 今度はお庭で絵を一緒に描いて!」

「ええ、勿論良いわよ。どんなお花を描く?」


 一人一人、子供達と目線を合わせて笑い合いながら言葉を交わす。

 孤児院で働く職員の数は、さほど多くはない。

 孤児院の運営や、日々の掃除や洗濯、日常生活でやらなければならないことが沢山あり、中々子供達と触れ合う時間が取れていなかったのだろう。

 カティアと私。遊んでくれる大人が二人もいる、ということに子供達はキラキラと瞳を輝かせ、直ぐに懐いてくれた。

 私は子供達の可愛さについつい表情が緩んでしまう。真っ直ぐで、裏表のない純粋な瞳に心が洗われるかのよう。

 子供達と過ごしている間、不安なことや心配事を一切思い出すことはなく、私とカティアは時間いっぱいまで孤児院で過ごすと、子供達にまた来ると約束をして手を振り、孤児院を後にした。


 カティアと共に孤児院の敷地内に待機させていた馬車に戻る間談笑している私達二人を、孤児院の窓からじっと探るように見つめている視線に気付かず、私とカティアは馬車に乗り込み、帰路についた。


「──……? 何であのお嬢さんはあんなにべったりと呪いが……? あの魔力、あいつだろうに……。恨まれるような人物には見えないが……」


 ぽつり、と老人のように嗄れた声は、誰の耳にも届くことなく、その声の主がいる室内に虚しく響いて消えた。


◇◆◇


 私達が過ごさせてもらっている別邸に先に到着し、私はカティアと別れの挨拶をすると馬車から降り立つ。

 護衛の方に手を貸してもらい、カティアを見送ったあと、邸の玄関に向かう。

 護衛の方達数人と孤児院の子供達の話をしていると、邸の玄関からアーヴィング様が姿を現した。


「──ベル。お帰り」

「アーヴィング様……!」


 ただいま戻りました、とアーヴィング様に笑顔で告げると、アーヴィング様が腕を伸ばし、自然な動作で肩を抱かれ、そのまま歩き出す。


「もうそろそろ戻って来るかと思って窓の外を見てたんだが……ちょうど馬車がやって来て、良いタイミングだった」

「まあ、そうだったのですね。お出迎えに来て下さりありがとうございます、嬉しいです」


 嬉しさを隠せず私が笑顔でアーヴィング様にそう告げると、アーヴィング様もふわりと微笑んで笑い返してくれる。

 以前までの辛い日々とは違い、少しずつ私の知っているアーヴィング様が戻ってきている、というのが分かりとても嬉しい。

 私とアーヴィング様はお互い気恥ずかしい気持ちで顔を見合わせて笑い合うと、体を寄せ合い邸に入った。



 ルドイツ子爵邸に滞在して、十日ほど。

 その間、アーヴィング様は午前中はお仕事を行い、私もこの邸で出来る範囲のお手伝いをする。

 そして、その後はアーヴィング様と一緒に街に買い物に出掛けたり、外で食事をしたり、と一緒の時間を過ごしている。

 アーヴィング様と一緒に過ごす時間が増えれば増える程、アーヴィング様は私の記憶を時折思い出す。

 共に食事をしていれば、私が苦手な食べ物を思い出して下さったり、私が好きな飲み物を思い出して下さったり。

 以前もこのような会話を何処かでしなかったか、と昔のことを思い出して下さったり。

 アーヴィング様の記憶が戻る速度が順調で、このまま順調に記憶を取り戻せば、全てを思い出すのでは、と期待してしまうほど。

 けれど、時たまアーヴィング様は表情を辛そうに歪めている。

 ほんの一瞬だけで、きっと私以外アーヴィング様のその表情には気付いていないかもしれない。

 アーヴィング様は一瞬だけ辛そうに瞳を細め、そして直ぐにいつものように微笑みを浮かべる。

 きっと、アーヴィング様の心の片隅には未だにルシアナ様がいるのだろう。

 完全にルシアナ様への気持ちを消すことができないのだ、と思う。

 作られた感情だ、と分かっていてもルシアナ様を愛する気持ちは完全に消せないのだろう。


 ──私がイアン様に抱く気持ちと同じように。



「──……ベル? 眠れないのか……?」


 薄暗闇の中、私を抱き締めていたアーヴィング様の声が聞こえる。

 そっと背中に回っていた腕が離されて、顔を覗き込まれる。


「ごめんなさい、起こしてしまいましたか……?」


 私は申し訳なくて、眉を下げながらアーヴィング様に向かって小さく声をかけると、アーヴィング様はゆるゆると首を横に振って微笑んでくれる。


「──いや、大丈夫だ。……俺も眠れなくてな……」

「アーヴィング様も、ですか……? そうなんです、私もちょっと眠れなくて……」


 ──胸騒ぎがして、と言う言葉は続けずに苦笑しながらアーヴィング様にそう告げると、アーヴィング様は背中に回した自分の腕で、私をぐっと引き寄せた。


「だが、ベルは明日子爵夫人と孤児院に行くのだろう? 子供達と遊ぶのは体力を使うだろう、早く眠れればいいが……」

「ええ、そうなのですが……。どうしてでしょう……。何だか今日に限って目が冴えてしまって……」


 私がアーヴィング様の胸元に顔を寄せて溜息を吐き出すと、アーヴィング様の体が一瞬強ばる。

 私が顔を上げる前に、アーヴィング様が少しだけ早口で言葉を紡いだ。


「──っ、それなら……っ、少しだけ庭を散歩してみるか……? 夜に見る花々もまた美しいかもしれない」

「まぁ……! それは、確かに楽しそうです。月明かりに照らされて、綺麗でしょうね」


 私がアーヴィング様の提案に同意すると、アーヴィング様は「それじゃあ行こうか」と体を起こして、ベッドから足を下ろした。


「外は寒いだろうから、しっかり着込んで行こう」

「──はい、アーヴィング様」



 月明かりに照らされ、静まり返った庭園を歩く私達だけの足音だけが微かに響く。

 私達の少し後ろには、護衛をしてくれている人が二名程着いて来てくれていて、私とアーヴィング様は手を繋ぎながらゆっくり庭園を散策する。


「──少しでも、体を動かせば疲れて眠れるかもしれないと思って庭園に来たが……夜の庭園も幻想的で見事だな……」

「ええ、本当に……。月明かりに照らされている花々がとても綺麗です」


 アーヴィング様と夜の庭園を散策できるのが新鮮で、楽しくて。

 私が笑顔でアーヴィング様を振り返ると、花々を見ていた筈のアーヴィング様とぱちり、と視線が合ってしまう。


「──花々も綺麗だが、勿論ベルの方が綺麗だけどな?」

「ま、まあ……っ。ありがとう、ございます……っ」


 優しげに柔らかく瞳を細めてアーヴィング様がそう言葉にしてくれて、私は恥ずかしいやら嬉しいやら、何が何だか分からない状態で何とかお礼をお伝えする。

 月明かりが明るいせいで、私の頬が赤くなってしまっているのがしっかりとアーヴィング様に見られてしまっているかもしれない、と恥ずかしくなり頬を手のひらで抑えると、アーヴィング様は幸せそうに小さく笑った。


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