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 カティアの言葉に、私はきょとりと瞳を瞬かせると「占い?」とカティアの言葉を繰り返す。


「ええ。少し気難しい方なんだけどね、きっと職員さんもベルを気に入って下さるわ! 最初は無愛想かもしれないけど、気にしないでね? 人見知りなのよ」

「──ふふっ、ええ、分かったわ。その職員さんにお会いするの楽しみにしているわね」


 占いが得意、と言う言葉に一瞬だけ魔女の秘薬を作る人物が頭に浮かんだが、その人物は国内にはいないと聞いている。

 きっと、趣味か若しくは職員の仕事とは別に占い師として仕事をしている人なのだろう、と私は考え、カティアとのお茶の時間を楽しんだ。

 カティアとお茶会を楽しんでいると、アーヴィング様がルドイツ子爵と戻って来てサロンに顔を出し「運び入れた荷物を確認して欲しい」と声をかけて下さった。

 そこで私とカティアは一旦お茶の時間を終わりにし、カティアとルドイツ子爵は本邸に。

 私とアーヴィング様は部屋に確認をしに行った。


「長期滞在になるから、足りない物は街に出てその都度仕入れようか、ベル」

「ええ、そうですわねアーヴィング様」


 お互い顔を合わせ、笑顔で会話をしながら廊下を歩く。

 こうしていると、まるでアーヴィング様の記憶が全て戻っているかのような錯覚を起こしてしまうのだが、アーヴィング様の記憶は未だに戻っていない。

 カティアとルドイツ子爵に変に思われてしまわないよう、心配させないように納得してそうしているのだが、やはり何処か寂しさや虚しさを感じてしまう。

 この地では、私自身にできることは少なくて焦りを感じてしまう。

 ジョマル様や、家令のシヴァンさん、そしてアーヴィング様に魔女の所在を調べてもらうことしかできない自分が情けない。


「私にも、何かできることがあれば良いのに……」

「ベル? 何か言ったか?」

「……いいえ、何でもありませんわ。アーヴィング様」


 ぽつりと呟いた私の言葉に、アーヴィング様は首を傾げたけれど、私は笑顔で首を横に振って誤魔化した。



 部屋の荷物を確認して、使用人に手伝って貰いながら荷物を整えている内にあっという間に夕食の時間がやってきた。

 別邸の食堂で夕食を済ませた私とアーヴィング様は、お互い自分の部屋に戻ることはせず、寝室に向かい寝室で気まずい空気の中、顔を合わせていた。


「──その……。不埒な真似はしないので、寝ようか……」

「そ、そうですわね。旦那様……」


 室内には使用人も誰もいない。

 だからこそ、今は仲の良い夫婦の振りをしないでも良いだろう、と私は以前のようにアーヴィング様を「旦那様」とお呼びしたのだけれど、私のその言葉を聞いてアーヴィング様は僅かに眉を下げた。


「呼び方、も……今までの、以前のように呼んでもらった方がいい……。私もベル嬢ではなく、この邸内にいる間はベル、と呼ばせてもらう。ベルの友人夫婦に心配はかけられないだろう?」

「た、確かにそうですね……。何処で誰が聞いているかも分かりませんし、つい外で旦那様、とお呼びしてしまうことを避けなければですね……」

「ああ。それ、じゃあ……もう寝ようか。ベルも移動で疲れただろう……?」


 私達はお互いぎくしゃくしながら同じベッドに潜り込むと、なるべく体を離して端と端に体を横たえ、私はアーヴィング様に背を向けて目を閉じる。

 二日後、カティアに孤児院へ一緒に行こう、と誘われている。

 その前までにこのルドイツ領にある孤児院のことを調べないと、と思い早く寝ようと目を閉じた私は、私の背中を何とも言えない顔で見つめているアーヴィング様には気付かなかった。


◇◆◇


 俺に背を向けて眠ってしまったベル嬢──いや、ベルに何とも言えない悲しさが込み上がってくる。

 必死に俺から距離を取り、下手をすればベッドから落ちてしまうんではないか、と心配してしまうほど端に寄って体を縮こまらせている。

 ベルのその小さな背中を見つめていると、なぜか無性に小さな背中に手を伸ばしたい気持ちに駆られるが、未だ俺の心の中にはルシアナがいる。

 ルシアナに触れたいと思う気持ちとは裏腹に、実際彼女から触れられれば嫌な感情が込み上げてくるのに「俺はルシアナを愛していなければいけない」という強制的な、命令されているような不可思議な感情に頭が混乱してしまう。

 ベルが、もし俺と同じような気持ちを味わっていたら。

 イアンに対して、俺と同じように「イアンを愛している」というような感情がベルの胸にあったら、と考えると無性に泣きたくなる。

 大声で何かを叫びたくなるような、無性に胸を掻き毟りたくなるような衝動が湧き起こる。

 けれど、そのような身勝手な考えをベルに悟られも、気付かれてもいけない。

 ベルとのことを一切思い出していない俺は、ベルに対して手を伸ばす権利などない。

 ベルと共にいる時だけはルシアナを忘れることが出来る、ベルと話している間だけはルシアナを思い出さずにいられる。

 けれど、こうしてベルが側で眠っている姿を見ると無性に触れたくなって、けれど心の隅に残っているルシアナのことが思い出されてしまって、ベルに触れることができない。


「──ベル……っ、」


 俺は、情けなくも震える声でベルの背中に向かって声を絞り出す。

 ルシアナのことなんて、考えたくない。思い出したくない。

 そう思うのに、ルシアナを愛していないといけない、という感情が自分の思考を覆い隠すようで、俺はぶんぶんと頭を振った。

 俺の視線の先で、ベルの小さな背中がぴくり、と動き小さく声を出した。

 しまった、起こしてしまっただろうか、と俺が焦っているとベルはむにゃむにゃと何か言葉を発している。

 そうしてコロンと寝返りを打って体の向きが変わった。

 ベルの寝顔が、無防備なベルの寝顔が簡単に晒されて。

 その瞬間、俺はぎくり、と体が強ばってしまい、瞼を閉じて寝息を立てるベルをじっと見つめた。

 呼吸をするのも忘れるほど、体を強ばらせたままじっとベルの顔を見つめていると、ゆるゆるとベルが瞼を上げた。

 しまった、見つめすぎただろうか、と一瞬俺が焦ると、俺の顔を見た瞬間ベルがふにゃり、と嬉しそうに笑う。


「アーヴィングさま、眠れないのですか……」

「あ、ああ……」

「目を閉じて、ゆっくり深呼吸すれば……次第に眠気が訪れますよ……」


 寝惚けているのだろうか。

 まだ、夢か現か自分でもよく分かっていないのだろう。

 ふにゃりとした口調で、眠れない俺を心配してくれるベルに、俺はくしゃりと顔を歪ませてしまい「そうだな」と小さく言葉を返すのが精一杯で。

 声が震えていないだろうか、醜態を晒していないだろうか、と考えていると。ふにゃり、と笑ったベルがそっと俺の顔に腕を伸ばし、俺の目元を小さな手のひらで覆う。


「目を閉じれば、眠れますよ」


 優しい声音と、温かい手のひらの温度。

 目元を覆われ、視界が暗くなる。

 俺の目にはベルの暖かい手が優しく触れていて、瞬間。

 俺はどうしても我慢出来なくなり、自分の瞳から涙を零した。

 自分の情けない顔は、ベルが覆ってくれているから見られることはない。

 けれど、涙に濡れる自分の手のひらに違和感を覚えてしまうだろうか。

 手を退けてしまうだろうか、と俺は考えると体の向きを変えて俺に近付いてくれたベルをそっと自分の両腕で抱き寄せた。


「──んぅ、?」


 むにゃむにゃ、と眠そうに唸ったベルの声を聞き、起きてしまわないように、と俺は更にベルを抱きしめる腕に力を込めて引き寄せる。

 ふわり、と香るベルの香りに、俺は更に涙を零し唇を噛み締めて何とか声が漏れないように、ベルを起こしてしまわないようにと声を殺した。

 俺の腕にすっぽりと包まれるベルの体が、まるで「そうあるべき」であるようにしっくりと馴染み、愛おしい、という感情が胸の中にじわりじわりと満ち溢れていくのを感じた。



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