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 午後。

 私とアーヴィング様がサロンでゆったり過ごしていると、家令のシヴァンさんがやって来てジョマル様の到着を教えてくれた。

 私とアーヴィング様は急いでジョマル様が通された応接室に向かう。

 そして、応接室のソファに座っていたジョマル様の表情を見て、嫌な予感を覚えた。


「──ジョマル……、良く来てくれた……!」

「アーヴィング、ベル夫人……」

「ジョマル様、御足労頂き申し訳ございません」


 ジョマル様の表情が芳しく無いため、私とアーヴィング様は一度互いに顔を見合わせたあと応接室に入る。ジョマル様の座るソファの向かいに二人揃って腰を下ろした。

 シヴァンさんも続いて入室し、扉横に控えている。

 ジョマル様の雰囲気から、あまり良くない事が起きたのだろう、と察する。

 不安感を拭えないままであると、アーヴィング様が早速ジョマル様に問いかけた。


「──ジョマル……、ベル嬢に贈られたイアンからのハンカチから、良くない物が出たのか?」

「……ああ」


 ジョマル様はちらり、とアーヴィング様と私に視線を向けたあと、重々しく頷く。

 ジョマル様は懐に腕を入れ、内ポケットから何かを取り出す。

 しっかり透明な袋に密封されたハンカチを取り出し、私達の目の前のテーブルに置いた。


「──あら、? 刺繍糸、が……?」


 私は、置かれた袋に入っているハンカチに視線を向け、刺繍されていた花が綺麗に解かれている事を確認し、ジョマル様に視線を向ける。

 私の視線を受け、ジョマル様は袋を手で指し示しながらゆっくり口を開いた。


「──先ずは……。恐らくベル夫人はアーヴィングと同じく"魔女の秘薬"を使用されている。魔女の秘薬は、対象者を指定することができるんだ。ベル夫人をターゲットに指定されている。……ベル夫人を狙っているのは勿論イアンで、ベル夫人に魔女の秘薬を盛った方法が厄介だ」

「厄介……、? それはどういう……」


 アーヴィング様がジョマル様の言葉に、訝しげに言葉を返す。


「アーヴィングが盛られたのは、恐らく魔女の秘薬の原液だ。……アーヴィングが倒れた際に俺達は久しぶりだから、と言って複数人でテーブルを囲い、飲食をしていただろう? 魔女の秘薬は指定した対象者にしか効力を発揮しない為、恐らく俺達のグラスにも入れられてはいるだろうが、ルシアナ嬢はアーヴィングだけを狙っていたからな……。だからアーヴィングにだけ効果が現れた。原液をそのまま飲み込んだからアーヴィングは直ぐに記憶を失っただろう? だが、ベル夫人に対しては違う」


 ジョマル様から語られる内容に、私は自分の心臓がドクドクと嫌な音を立てて速まるのを感じ、自分の手をぎゅうっ、と握り込んだ。


「……たっぷり刺繍糸に魔女の秘薬を浸し、刺繍を施されているのが分かった。刺繍糸からたっぷりと魔女の秘薬と思わしき成分が抽出できたからな。人体に吸収されず、じわじわと時間を掛けて体内に吸収されるため、変化に気付きにくい点があるそうだ。だが、魔女の秘薬は継続して秘薬を摂取させなければ効果は薄まる。現に、アーヴィングは今現在、ベル夫人に対して以前のような感情を取り戻しているように感じるんだが……、どうだ?」

「それ、は……っ、そうだな……。ベル嬢と共に居ると、ルシアナ嬢の事など思い出さない……からな……」

「だろう? 継続して魔女の秘薬を摂取させないと効果は薄れる。やっぱり、永遠に人の感情を、記憶を封じたり操ったりすることはできないんだよ。ただ、継続的に魔女の秘薬を摂取させられ続ければ効果はずっと持続する……ベル夫人のように、な……」


 ジョマル様にちらりと視線を向けられ、私はどきりと肩を跳ねさせた。

 アーヴィング様の言葉がとても嬉しいのに、今はそれよりもジョマル様の言葉に対する不安感が勝っていて、不安が私にずっと付き纏う。


「家令からベル夫人の最近の話を聞いたんだが……イアンは間違いなくベル夫人に継続的に魔女の秘薬を摂取させる為に接触しに来ている筈だ。イアンに会った時、ベル夫人はどんな状態になる?」

「イアン様、と……ですか……?」


 ジョマル様の言葉に、私が怯むと隣に座っていたアーヴィング様がそっと私の手を握って下さって、私はアーヴィング様の手のひらの温もりに勇気付けて貰い、ジョマル様にイアン様と会った時の事を思い出し、説明をする。


 イアン様とお会いした際の事をジョマル様に説明して行く内に、段々とジョマル様のお顔が曇って行くのを感じる。

 イアン様とお会いした際に生じる症状? のようなものをジョマル様に説明し終えると、ジョマル様は眉間に皺を寄せたまま、ぽつりと呟いた。


「──イアンが見舞いと称してベル夫人に渡した花束を調べよう。……恐らく花束からも魔女の秘薬の成分が抽出出来る筈だ」

「……ジョマル。俺とベル嬢にかけられた魔女の秘薬の効果は、本当に継続的に摂取しなければ自然と効果が消えてなくなるのか……? 俺の記憶も、このままルシアナと接触さえしなければ自然と戻るのか……?」


 ジョマル様の言葉を聞いた後、アーヴィング様がジョマル様に問いかける。

 確かに、魔女の秘薬を摂取し続けなければ自然とその効果は消えて無くなってくれるのか。

 それならば、ルシアナ様とイアン様との接触を断てば自然と魔女の秘薬の効果は消えて無くなるのでは、と希望が見えて来る。

 けれど、私が僅かに希望を抱いた瞬間ジョマル様が申し訳無さそうにゆるゆると首を横に振った。


「──いや……恐らく、完全に効果を消し去る事は不可能かも……効果は薄まるが、完全に魔女の秘薬を無効化するには解毒薬が無ければ……だからこそ、以前ベル夫人には少し話したんだが、魔女の秘薬をルシアナ嬢と、イアンに作った魔女本人を探して解毒薬を作ってもらい、この状態を解除してもらわなければいけない」

「その、人物は何処にいる?」


 ジョマル様の言葉にアーヴィング様がぐっ、と体を乗り出して問い掛ける。

 だが、以前ジョマル様がお話して下さった内容を思い出す。その人物が国外に居るらしいと言う事と、探し出す事がとても難しい、と言う事。

 ジョマル様は、以前私にお話してくれたように同様の内容をアーヴィング様に説明すると、アーヴィング様は「ならば!」と声を荒らげる。


「侯爵家の力を利用し、その魔女の秘薬をルシアナとイアンに渡した者を探す……! どんな事をしてでも探し出して、俺とベル嬢にかけられた秘薬の効力を解毒してもらうしかない……!」

「だが、アーヴィングの事を魔女が気に入るかどうか、だ……。そもそも国外にいるらしい、と言う情報しかない今は、魔女の秘薬についての記録を探り、他に方法が無いかどうか探す方が先決じゃあないか?」

「──ならば……ルシアナとイアンを捕らえ、魔女の居場所を聞き出す、と言うのはどうだ?」

「捕らえる……? だが、捕らえると言うことはアーヴィングや、ベル夫人がルシアナ嬢やイアンに接触するということだぞ? そうでないと、捕らえることは難しい」

「ベル嬢をイアンに会わせるつもりはない。俺が……ルシアナと会って、捕らえることが出来れば……」

「いやいやいや……! アーヴィング、お前だってまだ完全に魔女の秘薬の効果が切れていないんだぞ……!? またルシアナ嬢に魔女の秘薬を盛られたらどうするつもりだ……っ」


 アーヴィング様がルシアナ様と接触し、捕らえると提案するが、ジョマル様にその危険性を告げられる。

 ジョマル様の心配は私も同様で。

 もし、万が一ルシアナ様に魔女の秘薬を再び飲まされてしまっては、と心配してしまう。私もその方法は止めて欲しい。


「ジョマル様の仰る通りです、旦那様……。ルシアナ様と接触し、もし再び旦那様に魔女の秘薬を使用されてしまっては……」

「──だがっ、魔女の秘薬を作っている者を探すには、接触に成功している二人の内どちらかを捕らえて聞き出すしかない……っ」

「……アーヴィング、もしお前が再びルシアナ嬢に秘薬を使用されてしまえば……以前のようにベル夫人への関心が無くなるんだぞ……? それが、どんな事を引き起こすかわかるか? お前の関心が低くなれば邸に訪れる者の制限をしないだろうな。……そうなれば、イアンはベル夫人に自由に会いに来れるようになるな?」

「──……っ、」

「そうなれば、ベル夫人はイアンと顔を合わせる事が多くなり、ベル夫人もお前と同じく記憶を書き換えられる。……ベル夫人はお前では無く、イアンを愛している、と言う風に記憶を書き換えられるだろう」


 ジョマル様の言葉に、アーヴィング様は辛そうに表情を歪めるとぐしゃり、と自分の前髪を握り潰すように手を当て、俯いた。


「──ならば……っ、どうすればいい……っどうすれば解決出来る……っ」


 アーヴィング様の言葉に、ジョマル様は考えるような仕草をして、そして「──そうだ」と声を出すと私とアーヴィング様に向かって口を開いた。



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