表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/33

16


「アーヴィング……っ!」


 私は馬車を降りるなり、アーヴィングの背後から駆け寄って、その広い背中に抱き着いた。


「──……っ、ル、ルシアナ……っ!?」


 何処か焦ったようなアーヴィングの声が聞こえてきて、直ぐにアーヴィングは私の体をべりっと引き剥がすと、焦ったような表情で振り向いた。

 その表情を見ると、困惑や混乱、けれど薄らと歓喜の表情が見て取れて、私はまだ魔女の秘薬の効果が効いている事を確認すると、口元をついっと吊り上げる。


「ルシアナ、どうしてここに……?」


 アーヴィングに付いて来ていた侍従や、護衛達が突然の私の登場に動揺しているのが見て取れて、その無様な姿におかしくなってしまう。

 きっと、あのジョマルから入れ知恵をされていたんでしょうけど、私とアーヴィングが顔を合わせてしまえばアーヴィングは「愛する私」を拒絶出来ない。

 きっと、私とアーヴィングの接触には散々気を付けろと言われていただろうに、いい気味ね。と心の中で間抜けな護衛と侍従達を嗤ってから、私は今度は正面からアーヴィングに抱きついた。


「ル、ルシアナ……っ」

「だって、アーヴィングとちっとも二人きりで会えないから……どうしてもアーヴィングと会いたくって来ちゃったの」


 そこで私は、私を引き剥がそうとしているアーヴィングに更に体を寄せ、言葉を続ける。


「だって、アーヴィングが倒れてしまってから私達二人きりで逢瀬する事が出来なくなっちゃったじゃない? もう我慢出来なくて来ちゃったの」

「……二人だけで、以前も……、逢瀬を……?」

「ええ、そうよ? 何でびっくりしてるの? 奥様には内緒ね、って言って沢山会っていたじゃない?」


 私はクスクスと色を含んだ声音で笑いかけ、アーヴィングの首筋を自分の指先でなぞる。

 精々、私の嘘に踊らされて悩んで、夫婦の仲が壊れてしまえばいいわ。

 アーヴィングは、私と二人きりで会う事なんてしなかったし、寧ろ私と二人きりで会う事に警戒していたものね? 私が複数の男と関係を持った事を知り、まるで汚物を見るような目で見てきたものね? けれど、自分が嫌っていた女に、嫌悪を抱いていた女と今度は逆に関係を持った事を知ったらアーヴィングはどう思うかしらね?

 私と体の関係を持った後、ベルがイアンの子を身篭った後にちゃんとアーヴィングの記憶は戻してあげる。

 貴方が欲しくて欲しくて、気を引きたくてあんな行動を取り続けた私を切り捨てた事、一生後悔させてやるから。


「ル、ルシアナ……会いに来てくれたのは嬉しいが……、私は仕事をしに来ているんだ……一先ず、離れて欲しい……」

「ええ……今更恥ずかしがらなくてもいいのに……」


 私は少し背伸びをしてアーヴィングの耳元でこっそりと囁くようにして嘘を吹き込む。


「貴方の侍従も、私達の関係は知っているわよ……? だって、貴方が見て見ぬふりをしろ、と言ったのだから……」

「──っ」

「けれど、お仕事なら仕方ないわね? 終わるまで待っているから、終わったら私の馬車に来て? 何だかアーヴィング、忘れちゃってるみたいだから、今までの私達の事……話してあげるわ」


 混乱しきっているアーヴィングに、私は背伸びをしてアーヴィングの頬に口付けを一つ落としてから手を振り、馬車まで戻る。

 魔女の秘薬の効果が薄れ始めているアーヴィングは、私への感情に困惑している筈だから、私の馬車へとやって来る筈だわ。

 そうしたら、馬車の中で魔女の秘薬をアーヴィングに飲ませて、もう一度私しか見えないようにしてあげよう、と私は口元を歪ませてアーヴィングが馬車にやって来るのを待ち続けたが、その後アーヴィングは、私の馬車へやって来る事は無かった。




◇◆◇


「──シヴァン……っ、! シヴァン、居るか!?」

「……、旦那様?」


 私は、このような時間帯に聞こえる筈が無い旦那様の声を聞いて、驚きその声の方向へと急いで向かう。


「旦那様っ? 午後にお戻りになる予定では……!?」

「──ルシアナが、領地に来た……っ」


 私が旦那様の声に反応して旦那様の下に向かえば、旦那様は馬舎に馬を繋げた後、邸に駆けて来たのだろう。

 焦ったような表情を浮かべて、私の姿を認めるなりルシアナ様の事を私にお話した。


「──ルシアナ様が……っ!? 何故……っ」


 私が旦那様の後ろにいた侍従や護衛達に顔を向けると、侍従や護衛達は顔色を悪くさせたまま、旦那様の言葉を肯定するように力無く頷いた。


「ルシアナ様と、お会いして……っ、旦那様は……っ」


 何か、ベル奥様を裏切るような行動を取ってしまったのだろうか、と私が顔色を悪くさせると、旦那様は力無く首を横に振り、ご自分の頭を片手で押さえながら口を開いた。


「ルシアナ、が……っ以前から俺とルシアナは二人きりで会っていた、と。ベル嬢と結婚した後も度々会って……愛を育んで来た、と言うんだ。そしてそれを使用人達も知っていると……けれど、俺はそんな……っ、ベル嬢を妻として向かえておきながら……っ、ベル嬢を裏切る真似など、するはずがない……! ルシアナの言葉を信じたいのだが、ルシアナを拒絶するような感情も湧き上がるんだ……っ、本当に、俺は……っ! ルシアナを愛していたのか……!?」

「旦那様っ、旦那様……! 落ち着いて下さい……っ、混乱してしまうのは分かりますが……っ」


 今まで見た事がないほどの旦那様の狼狽えように、私も焦ってしまう。

 混乱し、興奮してしまうのはお体に悪いのではないか、と心配になってしまう。

 ジョマル様が邸にやって来るにはまだ時間がある。

 私が旦那様のお体に触れて、落ち着くように旦那様に向かって声をかけていると、旦那様がぼうっと何処か惚けたような表情で自分の肩に触れる私の腕を視線で辿る。


「──ルシアナにも、触れられたんだ……っ、普通愛する人から触れられれば嬉しいはずなのに、ルシアナに触れられたら嫌悪感が湧き上がって来て……無性にベル嬢に会いたくなった……」

「ベル奥様に……?」

「ああ……。ベル嬢は、何処に……? 書斎で仕事をしているのか……? それとも外に……?」


 旦那様はまるでベル奥様を求めるように周囲に視線を彷徨わせる。

 ルシアナ様を愛している、という偽りの記憶と感情を植え付けられた旦那様の記憶が戻り始めているのかもしれない。

 旦那様の記憶が戻れば、どれだけ嬉しい事か。また再び仲睦まじくお過ごしになっている姿を見れる、と以前は思っていたのだが、今はベル奥様の状態が良くない。

 その感情が私の顔に出てしまっていたのだろう。

 旦那様はさっ、と顔色を変えベル奥様に何かあったのか、と視線を鋭くさせた。


「まさか、具合でも悪いのか……? ベル嬢は自室に……!?」

「だ、旦那様……っ、それが……っ!」


 私は、旦那様に今朝あった事を報告すべく、イアン様が来られた事。そして、恐らくイアン様はベル奥様を異性として欲している事。ベル奥様がイアン様に触れられた事を告げて、そしてベル奥様も恐らくイアン様に何かしらの薬を用いられている事を説明した。


「──イアン……っそのような事を……っ!」


 旦那様は怒りを顕にして拳を強く握り、ベル奥様のお部屋の方へ歩き始める。


「だ、旦那様……っベル奥様はお休みになられている可能性が……っ」

「それ、でも……っベル嬢に会いたい……!」


 旦那様はくしゃり、とお顔を苦しげに歪めた。


 ベル奥様のお部屋は、お二人が過ごされていた夫婦の寝室から少し離れた場所にある。

 旦那様は寝室を通り過ぎる時に、悲しそうなお顔で寝室を一瞥した後、真っ直ぐベル奥様のお部屋に向かう。

 扉の前で立ち止まり、扉をそっとノックした。


「──ベル嬢、私だ……」


 こんこん、と旦那様がノックをした後、室内で人の気配が動く。

 そうしてベル奥様の声が扉の奥から聞こえると、扉が中からゆっくりと開かれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ