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◇◆◇


 ベル嬢が見当たらない、とジョマルから聞いた時は一瞬頭の中が真っ白になった。

 何故、ベル嬢が居ないだけで自分の胸がざわめくのか分からず、俺はルシアナと会った時の嫌悪感を抱えながら、ベル嬢の姿が見えないことで焦燥感が胸に満ち、大きく混乱していた。


「──何で……あんなに会いたかったルシアナに……」


 ルシアナの伸ばされた腕に、どうして「汚い」という感情が芽生えたのか。

 触れられたら自分が汚れるような、触れられた箇所から汚されて行くようなイメージが一瞬で頭の中に浮かび、俺は心配してくれるルシアナの手をつい振り払ってしまった。


「……何か、ルシアナに関する書類は……本当に残っていないのか……何故俺はルシアナと婚約を解消したんだ……」


 婚約を解消する程の事が起きたのだろうか。

 何が切っ掛けで俺とベル嬢が結婚する事になったのか、それを知りたいと思い俺は自室の中をぐるりと見回した。

 以前、書斎には手掛かりとなるような物は見つからなかった。

 それならば、自室には。

 夫婦で使っていた寝室にはそのような書類等は置いておかないだろう。

 ならば自室に何か手掛かりが無いだろうか、と必死に棚や、引き出しの中を確認して行く。


 今、必死に何かを考えていないと。

 先程、ベル嬢から認識して貰えなかった事を思い出してしまいそうだ。

 俺と、ジョマル、ルシアナが会っている時にベル嬢は客人の相手をしていたらしい。

 その客人がイアンだと聞いて、俺は何故か焦りを感じた。

 イアンは整った顔立ちで、穏やかな性格をしていて──女性に人気だと言う事を思い出して嫌な想像をしてしまった。


 俺は目覚めた時に、ベル嬢を酷く傷付けている。

 見知らぬ女性が自分の寝室に居て、酷い態度を取ってしまった。

 だからこそ、穏やかで優しげな雰囲気のイアンにベル嬢が惹かれてしまったら、と考えて。そう考えてしまった自分の思考に俺は頭を振る。


「──俺が、愛しているのはルシアナ……っ、ルシアナだ……っ」


 俺が抱き起こした時に目覚めたベル嬢が、俺を認識せずにジョマルの名を呼んだ事も。俺はルシアナを愛しているのだから気にする事は無い。

 例え、自分の名前を呼ばれず「旦那様」と他人行儀な呼び方で呼ばれても仕方ない。それは、俺が初めにベル嬢が俺の名前を呼んだ時に拒絶したからだ。


 ──俺は、ルシアナを愛していなければならないんだ。


 頭痛と、吐き気と、その他に色々な感情がぐちゃぐちゃになって俺は滲む視界の中、もう既に何を探しているか分からない状態で部屋の中を探り続けた。


◇◆◇



 ジョマル様が帰宅した後、私はイアン様の事をなるべく思い出さないようにして普段通り過ごす事に決めた。

 アーヴィング様が長年親交のあるイアン様。

 そんなイアン様が本当にジョマル様が言っていたような事をするのか、と。何処か信じたくない気持ちでいっぱいになる。

 けれど、ジョマル様の言葉は何処か真実味があって。


「──そうだ、わ……。書庫に、植物図鑑があった筈……」


 私はふと閃き、先程ジョマル様から教えて頂いたオニノヤガラと言う花の事を自分でも調べてみよう、と考え付く。

 もし、本当にあの花にジョマル様の言うような花言葉の意味があるのであれば……。私は今後イアン様とどのように接すればいいのか。

 ジョマル様が何かの花と勘違いしてしまっているのであれば、と一縷の望みを抱く。


「そう、でなければ……アーヴィング様が……」


 ご友人だ、と思っていたイアン様がもし、ジョマル様の言うようにそのような感情を抱いてしまっていたら。

 アーヴィング様はどれだけ悲しむのだろう、と私はぐっと唇を噛み締めた。


「いいえ。何だか悪い方、悪い方へと考え過ぎね。きっと、……もしかしたらイアン様は特に何も考えずにただ本当にあのハンカチを購入したのかもしれないわ。……ジョマル様が言っていた、オーダーメイドの件も勘違いかもしれないわね」


 私は、自分に言い聞かせるようにそう言葉にすると、驚くほどにすんなりとその言葉が本当の事であるように納得する。

 そうだ、きっと考え過ぎだ。

 アーヴィング様と友人であるイアン様が、大切な友人であるアーヴィング様を裏切り、そのような事をする筈が無い。


「うん……そうよね、そう……」


 私は自分に言い聞かせると、気持ちを切り替えて書庫へと向かう事にした。



 書庫に到着し、植物図鑑を何冊も取り出す。

 私は入口近くにあるテーブルにその図鑑類をドサドサと置き、椅子に座ると一番上にあった図鑑を持ち上げ、本を開いた。


「オニノヤガラ……オニノヤガラ……」


 珍しい花の名前なので、覚え間違いをする事は無い。それに、花も特徴的だ。

 図入りの図鑑であれば、直ぐに見付かるだろう、と楽観的に考えていた私は図鑑のページを捲って行くが、オニノヤガラが載っているページは見付からない。


「東方の地に生息している、とジョマル様は確か仰っていたわね。それに、流通も少ない、とも……」


 有名な花では無いからか、オニノヤガラが見付かる事は無く、私はページを捲る度に時折アーヴィング様から贈られた花々が図鑑に載っているページで手を止めてしまう。

 どれもこれも、恋の花ばかりでアーヴィング様からいつも恥ずかしそうに、少しお顔を赤く染めて手渡されていたことをついつい思い出してしまう。

 図鑑に載っているその花の図を指先でそっとなぞりながら懐かしさに目を細める。

 私が花が好きだから、と二人の寝室には必ず花を飾って下さった。

 そして、お花のお世話も率先的にして下さった。ご自分の手で、私を喜ばせたいと言う気持ちでお世話をして下さっていた。


「──もう、あの花瓶に花は生けられていないでしょうね……」


 何処か物悲しい気持ちになってしまうが、アーヴィング様は記憶を無くされているのだから至極当然の事ではある。

 このような事で悲しんでいては駄目ね、と思い直し私は図鑑へと再び視線を落とした。


 それから。数時間掛けて図鑑を確認したが、オニノヤガラの情報を見付ける事は出来ず、私は溜息を吐くと図鑑をそっと閉じる。


「やっぱり、直ぐには見つかりそうも無いわね……」


 溜息を吐き出しつつ、私は図鑑を運んで来た時と同じように数冊の図鑑を腕に抱えると、図鑑を戻しに書架へ向かう。

 日も暮れて来ており、時期に夕方になるだろう。

 私は庭園に植えられた花々に癒して貰おう、と考えると侍女を呼び、庭園に向かう事にした。


「奥様、お寒くはございませんか? もしご入用でしたらコートを持って参りますので直ぐに仰って下さいね」

「ありがとう、マリー。大丈夫よ。今日は風も吹いていないし、こうして歩いていると体も暖かくなるわ」


 私の体調を心配して声を掛けてくれるマリーに私はお礼を告げて微笑むと、マリーに着いて来て貰いながらゆっくりと庭園内を散策する。

 もう少ししたら、夕食の時間だ。

 このような状態で……先程アーヴィング様にとってしまった無礼な態度を思い出して、私はアーヴィング様と夕食の席で顔を合わせる事が少し気が重く感じてしまう。

 お顔を見たい、と言う気持ちは勿論あるものの、先程の失礼な態度にアーヴィング様が嫌な気持ちになっていたらどうしよう、とついつい考えてしまう。

 後ろ向きな事ばかりを考えてしまうのを止めたいが、考える時間があると思考が止まらない。

 私がアーヴィング様に申し訳無いわね、と考え。そろそろ邸内に戻ろうか、と体を反転させた所で背後から声を掛けられた。


「ベル夫人……! 良かった、アーヴィングにお見舞いを持ってきたんだ!」


 昼間に聞いたばかりの声が聞こえて来て、私はびくり、と体を跳ねさせて背後を振り返った。


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