最悪の迎え
次の日、わたしはさっそく公爵家へ行くことになった。
「お嬢様、お気をつけていってらっしゃいませ。どうか幸せになってください」
ここで唯一、わたしの身を案じてくれたのは侍女のクレアだけだった。
「あなたもね。」
これ以上何か言ってしまうと、情が湧いてしまう。
だからこれだけ。お互いに幸せを願っていると、それが分かれば十分だ。
噂に聞いた話では、侍女はわたしと話すことがバレると職を失ってしまうらしい。
今までお世話になったクレアに、そんな悲惨なことにはなってほしくない。
クレアがいる方には振り返らず、わたしは御者の方を見た。
「御者さん、わたしをガルシア公爵領までお願い。これがわたしからあなたに頼む最後の仕事よ。最後くらい聞いてくれても良いんじゃない?」
「……………」
やっぱり徒歩で行くしかないか。
諦めて徒歩で行こうとすると、とても小さな声で御者が話した。
「…よ」
「えっ?」
"声が小さすぎて全く聞こえない…"
「乗れって!」
…まさか本当に馬車で行けるとは。正直そんなに期待してなかった。
この御者がわたしの言うことは1度もきいてくれなかったから。
だから今回もダメだろうと思ったのに、言ってみるものだ。
「ありがとう」
「別に、あんたのためじゃない。これが仕事だからやってるだけだ」
素直じゃない。
だったら今までどれだけ仕事をサボってきたのかという話になる。
「はいはい、分かったわ。」
そうして初めて乗った馬車からは、色んな景色が見えた。とても新鮮で、心地良い。
外に出たのなんていつぶりだろう。今のうちに侯爵家では味わえなかった気持ちは味わっておかないと。
それに、公爵家の信用を得るには、しばらくは外出は出来そうもない。
わたしが公爵と結婚する目的は、互いに利益を得られるかららしい。
当たり前だが、この結婚に愛なんてものは一切存在しない。
愛されないことの苦しさを、わたしは知っている。
だから、わたしは、1番ハンナ様の気持ちを理解できる。
だから、ハンナ様が愛されるように……………
「……ぃ!」
「おーーーい!」
?!
「やっと目覚ました。着いたぞ。公爵邸」
最悪だ。わたしとしたことが寝てしまうなんて、もっと色んな景色を楽しみたかったのに…。
名残惜しい気持ちを隠して、笑顔で言った。
「ありがとう、助かったわ。向こうでも元気でね」
「おう、あんたも元気で」
あれ、少し丸くなった?前は何言っても返事しなかった癖に。
とにかく、もう侯爵家に帰ることはないのだから、長話は不要だ。
早く行かないと。
「ええ、ありがとう」
それにしても……誰も来ないなんてことある?
貴族のルールは散々頭に叩き込まれたから分かるけど、婚約者の出迎えは当主と侍女皆が集まるという作法がある。
ここから分かることは
『わたしの印象が悪すぎる』
迎えが必要のないくらいどうしようもない人だと思われてるのだろうか。
だとしたらとても心外だ。
「お嬢様」
あまりに足音がなくて驚いた。
だけど、来てくれた。…執事1人だけど。
しかも皮肉たっぷりの呼び方で。
「お初にお目にかかります。ハンナ・アディノールと申します。これからよろしくお願い致します」
わたしはそう言ってニコッと笑う。
ここまで来たならいくらでも愛想を振りまいてやる。
「…はい、よろしくお願いします。お嬢様。私はセバスでございます。お気軽にお呼びください」
言葉遣いはとても丁寧でにっこりしている。
…言葉や顔はいくらでも嘘をつけるが、目だけは嘘をつけない。わたしを疑い、軽蔑の目をしている。
やっぱり、執事や侍女、公爵様も含めて、わたしを信じている人は誰1人としていない。
こう現実を突きつけられると心に来るものがある。
けど、それはわたしも同じこと。
わたしだって、公爵家の人間、自分の家の使用人、家族ですら信用出来なかったのだから。
「セバスさん、公爵様と、合わせて頂けませんか?」
「よろしいですが、少々時間がかかってしまうかと。それでもよろしいでしょうか?」
わたしを試しているのだろうか。
残念ながら、セバスさんの思うような短気な人ではないのでそこは安心してほしいと思う。
なんなら、前世の社会経験を活かせる良い機会だ。
「待ちます」
「…かしこまりました」
この屋敷の人はわたしを舐めすぎだ。
ー1時間後ー
"オッッッッッソ!!"
本当に信じられない事ばかりだ。
どうやら執事の感覚では、少しは1時間以上のことらしい。
ーガチャー
"来た!"
「何だ、まだいたのか…」
この態度は…小説に書かれていない部分のようだ。
わたしの知らない公爵の姿だから、きっとそうなのだろう。
とりあえず、1時間も待ったんだから少しは話に付き合ってもらわないと割に合わない。
「お初にお目にかかります、ルーカス公爵様。アディノール侯爵家から参りました。ハンナ・アディノールです。」
良しっ、言い切った。カーテシーも散々練習してきたから隙はない。
"どこからでもかかってきなさい"
「そうやって何人もの男を誑かしたのか」
"は?どうやって?"
見てくださってありがとうございました!
投稿頻度はこの文字数だとどのくらいが良いのでしょうか(`・ω・´)?良ければ時間帯と頻度をコメントで教えてください!