第三話 1024倍の恋
逃走ルートはあらかじめ決めてあった。
近くの山に掘った横穴。狭い通路の先には、西園寺と二人で設置した罠が設置してある。こういう時のために準備しておいたものだ。
「長杉っち!」
「追手は?」
「来てる。うわ、キモ男だぁ」
キモ男。まだ西園寺に粘着してんのかあいつ。
美堂と一緒にボス攻略後の展開をいくつか予想はしていたのだが、今回は最悪の予想が当たった形だ。自棄になった攻略組が暴走し、欲望のままに暴力を振るおうとする大惨事。
拠点組の中でも「まさか暴動までは起きないだろう」と疑う人は多かったが、蓋を開ければこの有様だ。やはり、人間なんてそうそう信用できたもんじゃないな。
山の横穴に入り、壁に設置したレバーをガシャンと下げる。
「長杉っち、仕掛けは?」
「今起動した。先を急ごう」
「うん」
今ごろ山の外には溶岩が流れているはず。キモ男を巻き込めているといいんだが……攻略組の連中はだいたい耐性装備を身に着けているので、こういう小手先の仕掛けだけでは殺せないだろう。
洞窟を進んでいった先は三叉路になっている。
このうち、正解は……存在しない。
実は三叉路に背を向けて立たないと見えないような場所に梯子がかけられており、そこから上に昇るのが正解ルートなのである。
「もう。ゲーム内で人を殺して何の意味があるの」
「あるかもしれない。ほら、前に話をしただろう。悪い男はあの手この手で接触拒否設定を解除させようとしてくるっていう話……あれの具体例が“リスキル脅し”ってやつだ」
「何それ。不穏なワード」
「内容はもっと酷いぞ」
リスポーン地点を設定できるゲームでは、その地点に罠を張ってリスキル……リスポーン直後に即殺すという悪辣な行為をするプレイヤーが存在する。
そしてその状況で「リスキルを止めてほしければ接触拒否設定を解除しろ」と迫る男までいるようなのだ。もちろんそれは犯罪行為だから、訴えられれば即逮捕で1024倍の刑罰が待っているわけだが。
しかし今は、ゲームからログアウトすることができず、外部からの助けも何十年単位で期待できない状況だ。自暴自棄になってこういった犯罪行為に走る奴が出てきてもおかしくない。
「長杉っち、いざとなったら助けてね☆」
「はは、僕を信用していいのか?」
「むしろ他の人を信用する気はないから」
「それはありがたいことで」
そうして、通路の終点に辿り着いた時だった。
「西園寺ぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
狂ったような叫び声と共に、現れるキモ男。
やはり装備の良さ故か、僕らが作った罠はあまり効果を発揮しなかったらしい。奴が身に着けているのはボス攻略を目指すためのガチ装備であり、各種耐性もバッチリ。LP自動回復なんてレアな効果のついた装備まで身につけているのだから、普通に戦ったら勝ち目なんて欠片もないだろう。
西園寺を下がらせると、僕はキモ男の前に立つ。
「ずいぶんお怒りの様子だが。どうした?」
「おま、おまえらはどこまで俺を馬鹿にして……なぜだ。なぜ俺たちの努力をあざ笑う。俺たちは脱出のために頑張って……なぜ西園寺は俺の想いに応えないんだ。どんなに頑張っても、西園寺に感謝されないなら、愛されないなら、俺は何のために」
「はぁ……君は本当に馬鹿なんだなぁ。自分が何のために努力をするか、その理由を他人に聞くのか。そういうのは……」
僕はキモ男を見下すように告げる。
「自分で考えろ。他人を頼るな」
そうして、僕は床の起動スイッチを思い切り踏みつける。
次の瞬間……コツコツと溜め込んで床に仕込んでおいた爆薬が盛大に爆発し、僕も西園寺もキモ男も、一瞬で吹き飛ばされる。そして崩落した天井からは、大量の砂利が落下してきて通路を埋め尽くした。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲
僕と西園寺がリスポーンしたのは、拠点から遠く離れた仮設避難所であった。当然、今回のような大規模な暴動を警戒して事前にリスポーン地点を再設定していたのである。
拠点組の中でも警戒心の強い者は、おそらく各自で同じような仕掛けを用意しているだろう。
「長杉っち。なかなかの啖呵だったよ。爽快」
「僕も少しすっきりした。爆殺は出来なかったが」
「え? あ、耐性装備かぁ」
そう。あいつは爆発耐性のついた装備を身に着けていたので、単純に爆薬だけでは殺せなかったのである。だからこそ、天井に砂利を仕込んで落下させた。上手くいけば窒息ダメージで殺せているとは思うが。
長杉ケイタ【状態:正常】
LP━━━━━━━━━━[FULL]
FP━━━━━━━━━━[FULL]
[製作][道具][装備][会話][設定]
今の僕は生命ゲージも満腹ゲージもフル回復しているが、装備もなく持ち物もゼロである。
だがもちろん、この仮設避難所の収納ボックスには逃亡に必要な資材を放り込んであるので、何の問題もない。
「ねぇ、あいつって窒息ダメージで殺せるの?」
「ん? どういうことだ?」
「だってあいつの装備、LP自動回復が付いてたでしょ。窒息で入るダメージって、回復量とどっちが多いの?」
「うーん……どうだろう」
気になった僕は、ゲームのWikiを開いて仕様を調べる。
窒息ダメージは秒間10%のダメージ。
LP自動回復は秒間20%の回復。
なるほど、これなら奴は装備による回復量の方が上回っているから、窒息ダメージで死ぬことはないのか。爆殺できなければ窒息死と考えていたんだが、実現できないのはちょっと残念だな……まぁ、いずれにしろ僕らは、この仮設避難所からさらに遠く離れた場所に本拠点を構えるつもりだ。奴に出会う機会はもうないだろう。
「ねぇ、砂利に押しつぶされるとどうなるの?」
「えっと……身動きが一切取れなくなって、窒息ダメージが入りますとWikiに書いてあるが」
「でも装備による回復量が上回っているから、あいつは窒息では死なないんでしょ?」
「そうだな……そうすると、餓死によるリスポーンを待つ形になるのか」
それはそれで、ちょっと溜飲が下がるが。
そう思っていると、西園寺は再度首を捻る。
「あいつ、餓死耐性装備も持ってたけど」
餓死耐性? 聞き慣れない言葉に、Wikiをめくる。
餓死耐性:
FPが0%にならないようLPで補填する。
LP消費は秒間10%。
僕は自分の脳裏に浮かんだ恐ろしい予感に震える。
「LPが秒間20%回復して、窒息ダメージで秒間10%、餓死耐性で秒間10%を消費するから……綺麗に相殺して奴は生存するのか」
「つまり、あいつはずっと身動きが取れないまま、砂利の中に閉じ込められたってこと?」
「いや、装備を外せば良いんじゃないか。回復しなくなれば、窒息か餓死でリスポーンするだろう」
「身動きが取れないのに? このゲームのコントロールって指でタッチする形式だよね。装備外せるの?」
「ん? んんん?」
あ、無理かもしれない。
僕はメニューから会話画面を開く。
<会話>
◆長杉:美堂、ちょっとマズい
◇美堂:おや、逃げ切れなかったのかい?
◆長杉:いや、西園寺と逃げ切れたが
◆長杉:キモ男を砂利に閉じ込めてしまった
◇美堂:草
◆長杉:LP回復、窒息ダメージ、餓死耐性で
◆長杉:ダメージ相殺してリスポーン不可
◆長杉:生き地獄かもしれん
◇美堂:大草原
◆長杉:大草原じゃないが
僕が溜息を吐いていると、隣で西園寺が画面を覗き込んでくる。ちょっとニヤニヤしているが、二人とも感性が少々悪辣過ぎないだろうか。
<会話>
◇美堂:分かった
◇美堂:キモ男のことは任せろ
◇美堂:阿原に言っとくよ
◆長杉:阿原と一緒にいるのか?
◇美堂:当たり前だろ
◆長杉:というと?
◇美堂:ログアウトできないという現実に
◇美堂:打ちのめされた阿原を見るために
◇美堂:私はずっと頑張ってきたんだ
◆長杉:性格悪すぎだろ
僕が「そんなに阿原のこと嫌いなのか」と呟くと、西園寺は「分かってないなぁ」と言って小さく溜息をついた。うーん。これはどういう状況なんだろう。
<会話>
◇美堂:これから女の武器をフル活用して
◇美堂:慰めてやる予定
◆長杉:え、最初からそれが目的?
◇美堂:こんなチャンス二度とないからね
◇美堂:あんたも気をつけな
◇美堂:西園寺は私と似たタイプだから
僕がバッと西園寺の方を見ると、彼女は後頭部で手を組んでぴゅーぴゅーと下手くそな口笛を吹きながら、視線をあちこちに彷徨わせていた。まぁ……今さら彼女を避けようとも思ってないが。
僕は仮設避難所の収納ボックスを開き、装備や物資を取り出しながら西園寺に問いかける。
「とりあえず北に向かってみようと思うんだが」
「うん、良いよ。まずは小人村を見つけないとね☆」
「アイアンウルフ罠か」
「そこは外せないでしょ」
まぁ、鉄取引でコインを稼ぐのはもちろんのこと、小人との取引項目には食料や装備もあるからな。今後の安定した生活を考えれば、あえて避ける選択肢はないか。
あとは、それから。
<システム>
[長杉ケイタ]が[西園寺アゲハ]の接触拒否設定を解除しました
「おっと、長杉っちぃ?」
「うるさい。何も言うな」
「ついにデレたぁ? ねぇねぇ」
「やっぱり拒否設定にしとこうかな」
「待って待って、もうからかわないから!」
西園寺アゲハはそう叫び、抱きついてくる。
僕はこれからの長い長い何十年かを想像すると……まぁ、それも悪くないかなぁと。ほんの少しだけ未来が楽しみになって、その感情を誤魔化すために彼女の頭をポンポンと撫でることにした。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲
警察がテロ組織を拘束し、僕らがVRクラフトゲームの世界を脱出できたのは約2週間後。1024倍に加速された時間感覚で、およそ40年をゲーム内で過ごした後のことであった。
世間はやはり大騒ぎで、マスコミなんかも大挙してインタビューに訪れたのだけれど、なんとクラフトゲームの会社が全力で僕らを保護する神ムーブをしてくれた。彼らもまたテロ組織の被害者なのだが、僕らの社会復帰をサポートしてくれたり、多額の見舞金を振り込んでくれたりと手厚いフォローをしてくれたのだ。
まぁ、そのおかげでゲームの評判も上々、世界中で爆発的なブームが巻き起こっているから、全体として見るとあちらとしても美味しい状況ではあるんだろうが。
リハビリも済んでようやく普通に身体を動かせるようになったので、今日は久しぶりに街に出ることにした。仮想世界で長く暮らしたからこそ実感するが、やはり現実世界は肌感覚からして情報量が全く違う。
「ケイタ、こっちこっち。待ってたよ!」
「待たせたな、アゲハ。今日は――」
「やっぱりパフェでしょ! ゲーム内のスイーツはどれも大味だからさぁ、久々にもっとこう繊細な味を楽しみたいわけよ。ケイタも行くでしょ」
「もちろん」
僕らはそうして、手を繋いで歩き始めた。
人という字は、人間が自らの二本の足で立っている姿を元にした象形文字だ。つまり、自分で考えろ、他人を頼るな、ということなんだろう。
そうしてしっかり自立することを前提として……その上で、隣にいる誰かを大切にするのが、生きるということなのだと。お互いの重荷を少しずつ支え合えるのは素敵なことなのだと。今の僕はそう思えるようになっていた。
小悪魔な彼女との、1024倍の恋の末に。
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