第二話 1024倍の小悪魔
僕を虐待していた母親という肩書きのクズ女は、弁護士という職業についていた。
しかもSNSでは「虐待されて育った子どもの権利をうんたらかんたら」みたいなことを正論ぶって語っていたので、一体どの口がそんなことを言うのだろうと、子ども心にずっと疑問に思っていたのだ。
それもあって、僕は基本的に「自分は正しいです」という顔をして喋ってる人間をあまり信用できない。
このクラフトゲームの世界で皆を扇動する阿原という男に対しても、僕はつい冷ややかな目を向けてしまう。まぁ、実際は彼も悪人というわけではないのだろうし、むしろ歪んでいるのは僕自身の認知だと自覚もしてるんだが。
ボスを倒せばログアウトできる……ねぇ。
「ねぇ、長杉っち。本当にログアウトできるのかな」
「そんなに甘い状況じゃないだろ。テロリストの目的から考えると、プレイヤーには徹底的に絶望を与えたいはずだから……ログアウトはきっと無理だ」
「そうだよね。私も同じ考え」
珍しく西園寺と意見が一致したところで、僕らのもとに一人の女性が近づいてきた。三十代くらいだろうか。
「やあ。二人は拠点組のつもりかい?」
「……一応、今のところは」
「おやおや、少年。もっと腹芸を覚えなよ。そんな風に言葉を濁して会話していたら、いずれここを旅立つつもりだってことがバレバレになっちまう。あんたが他人を信用するしないは自由だが、もう少し賢い立ち回りを考えな」
この女性の言うことは……もっともだな。
僕はそもそも他人を遠ざけて生活してきたので、集団の中での立ち振る舞いには慣れていない。たしかに改善ポイントだろうな……西園寺は得意そうだが。
「私は美堂ナツキ。あんたらに声をかけたのは、あの馬鹿どもの浅い考えに流されない変な奴がいたら、ぜひとも手を組もうと思っていたからさ。ちょいと協力しておくれよ」
「私は西園寺アゲハ。よろしく、ナツキちゃん」
「はぁ。僕は長杉ケイタだ」
とりあえず名前くらいは教えておく。
協力するつもりは今のところ皆無だが。
「で。貴女と手を組んで、僕に何のメリットが?」
「せっかちな男だねぇ。もっとどっしり構えなよ」
「余計なお世話だ。それで?」
「まぁいい。説明するが……実は私は、阿原の奴とは幼馴染の腐れ縁でね。拠点組の代表者として、倉庫の管理責任者なんて重役まで任されることになった。つまり……その気になれば、資材をこっそり融通してやれるのさ。いずれここを出ていきたいあんたに提示するメリットとしては、十分過ぎるだろう?」
なるほど、確かにそれは強力なメリットだ。
最低限の逃亡を考えても、必要になる資材は多い。
「理解した。それで、貴女は僕にどんな仕事を?」
「簡単な話さ。私が拠点を運営していくための手駒になって欲しいんだ。ここは知らない人間ばかりの集まりだから」
「それは無理だ」
「そんなに焦って回答する必要はないだろうに」
僕の回答に、美堂は何が可笑しいのかクスクスと笑う。
「ねぇ、攻略組とやらがボスを倒すまでにかかる期間は――つまり、どうやってもログアウトできないという現実に打ちのめされるまでの期間は、どれくらいだと思う?」
「分からないが……長くても一年はかからないのでは」
「ふむ。私はもっと短いと思っている。早ければ三ヶ月、遅くとも半年くらいでボスを倒せるだろうね。そもそもこれはクラフトゲームだから、アクション要素の難易度はそこまで馬鹿高くないのさ」
美堂は何を考えているのか、楽しそうな顔で語る。
「ログアウトできないことが分かれば、この拠点も穏便に解散ということになるだろう。わざわざ急いで逃げるより、その時を待って堂々と出ていった方が、この先何十年と平穏な暮らしができると思わないかい?」
「それは……まぁ確かに」
「今は将来のための準備や勉強の時間だと思いなよ。このクラフトゲームはなかなか奥が深いのさ。苗木を育てるベストな方法は。モンスターを自動的にハメ殺す装置の作り方は。多並列の大規模焼成装置はどんな仕組みで作るのか……そういうのは、Wikiを読むだけじゃ分からないだろう?」
あぁ、なるほどな。それはその通りだ。
どうやら僕もだいぶ冷静ではなかったらしい。
たしかに今は、焦って逃亡する時ではない。周囲に迎合するフリをしながら、必要な知識と資材を溜め込んで、この先どうやって生きていくのかをしっかり検討する段階だろう。
この女の言う通りにするのは癪だが。
「分かった。ひとまず貴女の手駒になろう」
「よしきた。嬢ちゃんの方はどうする?」
「長杉っちがやるなら私もやるよ☆」
「いいだろう。じゃあまず、最初の仕事は――」
そう言って、美堂はふふんと胸を張る。
「あのクソ宿泊所の建て替えからだな。なにが悲しくて数百人で雑魚寝しなきゃいけないのさ。あんなもん早々にぶっ壊して、しょぼくても個室くらいは用意しないとね。人数を集めて一気にやるよ」
それは、至極まっとうな活動方針であった。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲
阿原は「倉庫からの資材持ち出しルール」のようなものをガチガチに固めて管理したかったようだったが、美堂ナツキはそれに真っ向から反対して独自の体制を作っていた。
美堂が始めたのは、まず「小人」の確保からであった。
このゲームには小人という生物がランダムに村を作って生活しており、彼らはそれぞれ職業を持っていて様々な物品を「コイン」で取引してくれる。
「まずは小人の村を見つけな。村長小人に食料をやって手懐ければ、村ごと移住させることが可能になる。そうやってここまで連れ帰ってくるんだよ」
美堂の指示を受けた探索班は、拠点周辺の地図を作りながら小人の村を見つけては、小人居住区へと連れ帰る。
小人居住区の外観は石造りの要塞のようで、なんだか小人を騙して閉じ込めているような少し鬱々とした気分になってしまうのだが……中を覗けば小人たちは呑気に穏やかな暮らしをしているので、あまり気にしないことにした。そもそもゲームキャラだしな。
そんな小人要塞の上部には、巨大な罠が設置されている。
そもそも小人村の仕様として、彼らを守るために召喚される「アイアンウルフ」というガーディアンがいるのだが。これを倒すと「鉄の毛皮」がドロップし、それを焼いたり合成すれば「鉄」を作ることができるのだ。
美堂はその仕様を全力で悪用した。つまり――小人が普通に生活しているだけで、要塞上部には小人を守るためのアイアンウルフが次々と召喚されていき、罠で自動的に処理される。鉄の毛皮は焼成装置に自動で投入され、結果として鉄が無限に手に入るのである。あんたは鬼か。
「さて、じゃあ小人との取引を始めようかね。鍛冶小人は鉄を買い取ってくれるから、取引上限いっぱいまでコインに変換するんだ。鉄は無限化したから、遠慮はいらないよ」
そうして、僕らは「コイン」を無限に量産することが可能になった。
小人は一体どこからコインを持ってくるのだろうとか、大量に与えた鉄はどこに行ってしまったのだろうとか、そういったことは考えても仕方がない。彼らはゲームシステムの範疇にある都合の良い存在なので、細かいことは気にしなくて良いのだ。
コインの入った収納ボックスが大量に積み上がった頃、美堂ナツキは改めて拠点の運営方針を決めた。
「このクラフトゲームの売りは、何と言っても自由な生活だからね。この拠点はこれから、物資の取引所として稼動することになるよ」
そうして、各種物資の取引金額が公表される。
「持ってきた資材をコインで買い取り、逆に必要な資材をコインで売ってやる。つまり……木材を売ったコインで肉を買うも良し、野菜を売ったコインで装備を買うも良し。これからあんたらは自由だ。好きなことをやって暮らしな」
そんな風に美堂が方針を決めた効果は劇的だった。
これまで義務として分担していた作業が自由労働に切り替わると、それぞれが自分の好きな作業に没頭するようになる。川に入って釣りを楽しむ者、ひたすら鉱石を掘る者、植林と伐採の無限ループをする者、様々な効果付きの装備を作る者。そもそもβテスターに応募するくらいクラフトゲームが好きな者は、そういう生活を淡々と送りたい者が多いのだ。結果的に、資材の集まり方は段違いで伸びていった。
一方で、大変なのは僕たち拠点運営側である。
小人と取引をして鉄をコインに変える作業。プレイヤーから資材を買い取る作業。倉庫に資材を保管したり、合成して作り変えたりする作業。資材の量から買取価格を調整する作業。プレイヤーに資材を販売する作業。そういった細々としたことを全て手動やらないといけないのだ。
美堂ナツキの改革で一番割を食っているのが僕らだろう。しかし、これを解決するのもまた美堂だった。
「さてと……手作業でやっている一つ一つの仕事を、装置を作って自動化していくよ。目標はこの拠点を無人で運営できるようにすることだ。あんたたちもそろそろ、基本的な回路の組み方くらい覚えただろう」
ゲームが始まって早三ヶ月。
僕たちは様々な装置を製作しながら、このクラフトゲームの仕様を理解し、拠点の設備をどんどん強化していった。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲
僕は美堂と相談しながら、一つの装置を手掛けていた。
これまで鍛冶小人と行っていた鉄取引を自動化する。つまり――アイアンウルフを罠にかけて量産している鉄を全自動で鍛冶小人に投げつけ、投げ返されるコインを自動回収する装置。それが僕の作っているものだ。
これにより、小人居住区は全自動コイン製造機へと生まれ変わることになるわけだが。
長杉ケイタ【状態:正常】
LP━━━━━─────[50%]
FP━━━━━━────[60%]
[製作][道具][装備][会話][設定]
根を詰めすぎたかな。ちょっと疲れた。
気がつけばあたりは夜になっていて、移動するのも億劫になっていた僕は、小人居住区の地下に簡易ベッドをポンと置いた。
「長杉っち……」
「西園寺か。どうした。何かあったか?」
「ううん。ちょっと話がしたくなって」
西園寺はそう言うと、僕の置いた簡易ベッドの隅に座る。仮にも男と二人きりの状況でずいぶん無防備だとは思うが……最近はもう、指摘するのも諦めている。
「キモ男からまた何かされたか?」
「それは全力で逃げたから大丈夫」
「……災難だなぁ」
キモ男。僕らがそう呼ぶのは、攻略組にいる同年代の男である。奴は西園寺の見た目から「こいつはいける」と判断したのか下品なセクハラをぶっかました挙げ句、拒絶されると「そんな軽い見た目をしておいてなんだ、触るくらいいいだろう」と発狂していたヤバい男であった。
小悪魔ムーブも大変だな。そう思っていると、彼女は僕に骨付き肉を投げつけてくる。
「感謝の言葉は?」
「ありがとう」
「よし。それでさぁ……長杉っちはもしかして、この自動化装置を作り終わったら、ここを離れるつもりなんじゃないかと思って」
「まあな。他の人が担当している自動買取装置と自動販売装置が出来上がれば、この拠点も完全に無人で運営できるようになるだろう。僕らがここにいる必要はなくなる」
僕がそう答えると、西園寺はコクリと頷いた。
「あのね。お願いがあるの……長杉っちが出ていく時は、私も一緒に連れていって欲しいんだ」
「それは」
「分かってる。わがままだよね。でも私は……私にとっての長杉っちは、この世界で唯一信用できる人なんだよ。ゲーム内だけじゃない。現実世界も含めて」
僕は簡易ベッドの方へと歩いていき、彼女の隣に座る。もちろん接触拒否設定があるから、直接触れることはないが。
西園寺アゲハは容姿も整っているし、ノリが良くて友達が多い人間だと思っていた。小悪魔的な言動で彼女に誘惑される男も少なくない……だが、ゲーム内で長く一緒に過ごすうちに、僕にも理解できるようになった。
――西園寺も僕と同じ、他人を信用していない人間だ。
「私ね。小学生の頃、イジめられてたの」
「……そうか」
「実は小さい頃から、ずっと漫画家に憧れてて。ノートにこっそり描き溜めてたんだ。初期の画力なんて、今見返したら笑っちゃうほど下手だったんだけどさ。でも溢れる情熱っていうのかな……うん。確かに熱量だけは凄かった」
西園寺はそう言って、胸に手を当ながら語る。
「ある時、同級生に私の漫画が見つかっちゃったんだ。しかも運の悪いことに、男キャラ同士が絡み合うシーンが入っちゃってるヤツでね。別にそういうのばっかり描いてたわけじゃないんだよ? 本当に、その時たまたまそういうのを描いてて……それで、それまで友達だと思ってた女子も、男子も、みんなから気持ち悪いって言われて、いろんなものを壊された。小学生なんて、みんな残酷なもんだよ」
あぁ、そうだな。
僕も昔を思い出すと……子どもの無邪気さというのは、決して優しい結果ばかりを生むわけじゃない。状況次第では、むしろ大人よりも残酷なことを仕出かすことがあるのだと。そう理解できる。
「それでも半年くらいは頑張って学校に通ってたんだけどね……小学四年の夏休み明け。私は学校に行けなくなっていた。それから中学を卒業するまでずっと不登校のまま、家でひたすら勉強だけをして過ごしてたんだよ」
「……そうか」
「それで、ふと思い立って、久々に絵を描いてみたらさ……あはは、全然ダメなんだよね。画力の話は置いておいて、描き上がった絵を見ても、昔みたいな熱量を全く感じないんだ」
西園寺はそう話しながら俯く。僕の角度からは、彼女の表情は見えなくなった。
「私はそうやって色んなモノを無くしながら……惰性でここまで生きてきた」
その声色はいつもより平坦で、感情がない。
だけど、なぜだろう。今の彼女の方が……こんなに痛々しくて、助けを求めて泣いているような彼女こそが「本当」なのだと、僕がそう感じてしまうのは。
「あはは、でもダメだね……人のことは信用できないのに、やっぱりなんか寂しくてさ。いつだって信用できる人を探してた。小悪魔みたいな仕草もね、結局はいろんな人を試してただけなんだよ」
「試す?」
「ふふ……私を軽く見て誘ってくる男。擦り寄ってくる女。逆に私を毛嫌いする男も女も。誰も彼も全く信用できない奴らばかり。私はそうやって、自分の人間嫌いを確かめることでしか生きてこられなくて」
あぁ、なるほどな。
「我ながら、どうしようもない女だと思うよ。どうかな、長杉っち。私に幻滅しちゃった?」
「いや。幻滅するほど元の評価が高くない」
「うわ、辛辣ぅ。ほんと凄いよねぇ……長杉っちのそういうさ、自分を貫いて生きてるところが格好いいって、実はずっと思ってたんだよ」
あぁ、西園寺はそういう顔をするんだな。
「羨ましかった。妬ましかった。憎らしかった。私は人を嫌っているくせに、同時に人を求めてしまう。酷い矛盾を抱えていて。一方の長杉っちは、徹底して人を遠ざける強さを持っている。それは私にはなかったモノだから」
いつものカラッとした作り笑顔じゃなくて、そういう腹の底でドロドロに煮詰まった感情をさらけ出している時の彼女の方が……なんでだろうな、妙な親近感が湧いてしまうのは。
「西園寺の方が凄いだろ」
「……なんで」
「僕は別に強くないんだ。ただ、既に人間を諦めてしまっているだけだから」
だから、妬ましく思う必要なんて全くない。
「僕はずっと……母親のストレス解消のために毎日青あざを作り、周囲の大人からも腫れ物扱い、同級生からは遠巻きにされて過ごしていた。誰も助けてくれなくて……僕がそれでも学校に通い続けたのは、ただ単に学校給食が唯一の食事だったからだ」
あの時はそれが普通だとすら考えていたが。
今思い返すと、よく生きてこれたなと思う。
「サンタクロースなんて人生で一度も来たことがなかった。そもそも存在すら信じていなかったが……それでもなぜか、クリスマスの日はいつもドキドキしていたんだ。僕は母親に殴られるような悪い子だったけれど、それでも自分なりに頑張っているってことを、誰かが見てくれているんじゃないか。些細なものでもいいから、頑張ったねってプレゼントをくれるような……そんな小さな奇跡が、もしかしたら起こるんじゃないかって」
そう思いたくて、信じたくて。
「だけど……十歳のクリスマス。雪のちらつく夜に、僕は母親に家の外に叩き出された。僕に残されたのは二択だったよ。母親を……人間を信じて、そのまま薄着で凍え死ぬか。人間を諦めて、裸足のまま自分の意志で生を掴むか。児童養護施設が徒歩圏内にあったのは、僕の人生における最大の幸福だったと思う」
「……長杉っち」
「僕は西園寺が憧れるような人間ではないよ。母親というたった一人のダメ女から受けた仕打ちが忘れられなくて、人間全てを諦めてしまうような……そんな弱くて醜い人間だからね」
彼女が先ほどくれた骨付き肉を手に取る。
「クリスマスには、みんなこういう骨付き肉にかぶりついたりするんだろう。ケーキを食べたり、あとは……ダメだな。普通の人の普通の人生を、僕は上手くイメージできない。まぁ、きっとこの先も、そういうのには無縁の人生を送っていくんだろうが」
僕がそんなどうしようもない話をしていると。
西園寺は何やら宙空に指を伸ばす。
<システム>
[西園寺アゲハ]が[長杉ケイタ]の接触拒否設定を解除しました
「……西園寺?」
「ごめん。ごめん……本当にごめん。私、何も知らないで自分のことばっかり……お願い。貴方に触れさせて。信じてくれなんて言わないから。嫌がることもしない。ただ、貴方の頭を撫でさせて。抱きしめさせて。お願い。お願い……」
どうして、そんなに必死そうに。
西園寺が泣く必要なんて全くないのに。
結局その日、彼女と接触することはなかったけれど、僕らは同じ簡易ベッドの中で眠ることになった。翌朝の寝起きの気分は、ほんの少し、いつもよりも悪くなかった気がする。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲
ゲーム内での生活が始まって五ヶ月。
ついにその日はやってきた。
「あ……ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ」
拠点内のリスポーン地点。
ボス討伐から帰ってきたらしい攻略組の面々が、地に膝をついて慟哭を漏らす。あぁ、ついに理解したのか。
――ボスを討伐しても、このゲームからは抜けられない。
拠点組の中では、そんなことはとうの昔に共通認識となっていたのだけれど、攻略組のプレイヤーは本気でそれを信じて戦っていたらしい。ご苦労なことだ。
そんな風に、僕は攻略組を冷静に見ていたのだが。
バシッ。攻略組の一人が、拠点組の男を剣で切り裂いた。死亡した男の所持品があたりに散らばって、少しして、離れた場所に男がリスポーンする。これは……予想していた中でも最悪の事態が起きるかもしれない。
「あああああぁぁぁぁぁ! 俺たちは戦ってきたんだぞ! お前らのために! このゲームを終わらせるために! それなのになんだ、その冷めた目は! 嘲るような笑いは! 俺は、俺たちはなあああああぁぁぁぁぁ!」
攻略組の男の一人が狂ったように叫ぶと、それに同調するように他の者たちも血走った目で剣を手に取る。きっとそれは、もう理屈じゃないのだろう。腹の底の感情を処理しきれず、ひたすら乱暴に叩きつけたいという、子どもの癇癪のような衝動。
「長杉っち!」
「あぁ、逃げるぞ西園寺」
僕は西園寺と顔を見合わせると、広場に背を向けて全力で駆け出した。