シン・デレラ選手権
な、何が一体どうなったというの? 私は今、ゼッケンを付けた運動着姿にハチマキを絞めて競技場に立っている。
「シンデレラ。あなたも参加なのね。一緒に頑張りましょう!」
と言ってきたのは義姉のドリゼラとアナスタシアだ。私は眉間を押さえた。
いやいやいや、おかしいでしょ。
私は確かに12時の鐘とともにダンス会場から駆け出し、階段にガラスの靴を置いていってしまった。その後、王子様は愛しの私を探すために、その靴が履けたものを探し出せ、という御触れをお出しになった。そこまではいい。
でもどうしてこんなに靴を履けちゃった人がいるわけ? ざっと百人くらいいるわよ? よりにもよって義姉二人までいるなんておかしくない? そりゃ、私の足のサイズは23センチよ。平均よりやや小さめ。だからこそ、履けちゃった人が多かったかもしれない。
でも、物語の進行上、普通私だけでしょうに。どうして、私も、あたいも、うちも、ワイも、おいどんも靴履いちゃうのよ。少しは遠慮しなさい。
「うーん、どの人が愛しのシンデレラなんだろう」
出た、王子様。そもそものコイツの「顔覚えスキル」が皆無なのが問題よ。なんで私の前を通過してもスルーなわけ? それで私たちが結婚したとて、毎日「あっれー? 愛しのシンデレラはどこー?」ってなっちゃうわよ?
これに惚れた私も私だわ。さっさと私がシンデレラであることを分かって貰わないと!
さあ、競技はなにかしら? あの時にダンスしたんだもの、ダンスしたら一発だと思うのよ、私はね。
「100メートル走対決~!」
「「「イエーイ!!」」」
白目──!!
どうしてそうなった? この競技を考えたバカは誰よ。私が負けたらどうすんの?
シンデレラ=100メートル。関係ない。関係ないことしないで頂戴よ。
「ルールは簡単。10名ずつ走って頂き、一位の人が勝ち残りとなって、次の競技に参加できます」
ワケわかんねー! 大盛り上がりな参加者たち。なぜなぜどーして。みんなが正常で私だけ異常なのか分からなくなってきた。すると司会者が王子様にマイクを向けている。
「愛しのシンデレラは、私の元から去るときに全速力で階段を駆け下りてた。きっと彼女ならこの勝負に勝ち残れるに違いない」
てめえかよ、この競技考えたの。階段駆け下りたんだから、そのシチュエーションでやらせろよ。なんで直線なんだよ。
アイビスサマーダッシュで勝った馬を中山大障害に出すくらいの思い切り。
そんでコイツ、さっきから「愛しのシンデレラ」って連呼してるけど、受付で名簿見てきたらいいんじゃねーか? 見事に私、シンデレラで登録してきてるんだけど?
そうこうしてる間に、100メートル走は始まってしまった。どうやら私は一番最後のレースに出場するみたいね。
あらら、アナスタシアは勝ち残ったけど、ドリゼラは負けちゃったみたいね。普通悪役は残るもんじゃないの? うーん、設定がよく分からない……。
でも負けたドリゼラをアナスタシアが慰めてるわ。美しき姉妹愛。いやいや、カメラマンはそっちにカメラ向けてないで、レースに向けろよ。何やってんだよ、監督は。めちゃくちゃだわ。
む。とうとう私の番ね。ここで負けたら話は終了よ。当然勝つのよね? まさかシンデレラの名を語る偽物が王子様と結婚なんてなったら暴動が起きるわよ?
「よーい、ドン!」
ズコー! なんなのその掛け声。今までのレース見てなかったから掛け声のクセを気にしてなかった。幼稚園児の駆けっこじゃないんだからさぁ、よーい、ドンはないでしょうに。もう突っ込みどころが満載だわ。
悩ましいまま走っていたら、いつの間にかゴールのテープを切っていた。勝ったわ。今の走ってるさまを見たら、さすがのアホ王子でも思い出すんじゃないかしら。
王子様の方を見ると、次の競技の打ち合わせに一生懸命だった。いや見てろよ。何のために走らされたわけ?
負けた女の子たちはグラウンドの砂持ってスゴスゴ帰ってるけど? せめて労いのお言葉なりともかけてあげた方がいいんじゃないかしら? 王子様のそういうところ、将来が心配だわ。
結局、私とアナスタシアを含む十名が次の競技に参加することとなった。
「シンデレラ、あなたも残ったのね。負けないわよ。うふ!」
いい人キャラ。どうした。いつもいじめてるキャラじゃない。でもアナスタシアも、ここにいる人も「私がシンデレラです」と嘘ついて出場してるわけだから、やっぱりその辺はいじわるキャラよね。
ともかく、次の競技はなんなのよ。当然ダンスよね? いい加減にしなさいよ、マジで。
「水、早飲み対決~!!」
「「「わー!!」」」
バカばっかり。お水の早飲み対決? シンデレラ要素一つもない。飲めたから何だっていうのよ。司会者が王子様にマイクを向けているわ。聞こうじゃない。あーたの主張を。
「あの時、愛しのシンデレラは、全速力で階段を駆け下りてた。きっと喉が渇いているに違いない」
はい、バカ決定。いや、あのダンスパーティーからずいぶん日数経ってるわよね? さすがにもうお喉は渇いてませんけど?
「はー、喉渇いた」
「あたしもー」
「だよねー」
「ばってんが、おいどんも」
なんだお前ら。取って付けたみてーに。どうなってやがる。そんで九州キャラ。あんた、この作者のコメディシリーズにちょくちょく顔出すな……。レギュラーかよ。そんで、女性、じゃないような……。
「シンデレラ。私も早飲み自信があるの。負けないわよ。うふ!」
そればっかり。アナスタシア、そればっかり。いーよ、いじわるキャラじゃないあなたは出てこなくても。
係の人から、水が入った1リットルの水を手渡された。自信ないけど、やるしかないわね。
「それじゃ、みなさん準備はいいですか? よーい、ドン!」
でた、よーい、ドン。気が抜けるわよ、その掛け声。なんだこの、ローカル運動会感。なんで私はこんなふざけた競技を一生懸命やってるんだろう?
それは、王子様と結婚するため。継母や、義姉のいじめの生活から抜け出し、玉の輿にのるため──!
「おおっと! ゼッケン番号92のシンデレラさん、はーやい、早い!」
いや、実況でもシンデレラって言ってるわよね? 気付けよ、バカ王子!
タン! ターン!
それは競技終了を知らせるピストルの音。私は水を飲み終えて、辺りを見回していた。私の他にも数人が飲み終えている。これは誰が勝ったか分からない。
王子様は、回りの審判を集めて協議している。これは審議ね。やがて、マイクを持った審判がこちらを向いた。
「ただいまのレースの結果をお知らせいたします。審議の結果、第一回シンデレラ選手権を制した覇者は──」
いやいや、第一回って。二回や三回もあるのかよ。でも私よね? 王子様、100メートルも、水早飲みも全部、全部あなたのために頑張ったのよ?
「バッテンガー・オイドンモさんに決まりました!」
「ばってんが、おいどんで決まりたい!」
お、ま、え、かよ!!
えー!? 九州キャラ、バッテンガーってお名前? ファーストネーム、バッテンガーなの? あまりないお名前よね? ロッテンマイヤー的な感じね。バッテンガー、ロッテンマイヤー。はいはい、もうどーでもいいわよ。
でもなに? シンデレラを決めるのに、そのバッテンガーさんでいいわけ? 見ると王子様とバッテンガーさんは抱き合っていた。
「やっと見つけたよ、僕だけのシンデレラ」
「ばってんが、おいどんもたい!」
どうなってんの? 主君となる人がこれじゃ、もう終わりだよ、この国。こんな国、さっさと出よう。
◇
それからは私は国を出奔し、必死の婚活の末、見事公爵さまに見初められて嫁入りしたのでした。そして、幸せに暮らしたのです。
めでたし、めでたし。
他の登場人物のその後。
【王子様】
シンデレラの予測通り、暗君であった。国王となるも、王妃のバッテンガーの反乱により、国権を委譲。城の塔に幽閉されたまま、一度も外出を許されず、誰に看取られることなく亡くなった。史書には国を失わせた張本人だと記されている。
【バッテンガー・オイドンモ】
王子様が国王になる頃までよく支えたが、暗君である彼を見限り排斥し、自ら王位についた。やがて西ナーロッパの大部分を征服する覇者となり、オイドンモ朝の開祖となった。
【継母】
シンデレラ出奔の後、三度の結婚を繰り返し、最後は貧困な男と一緒になったが、彼女にとってはそれが一番の幸せだったという。
【ドリゼラ】
バッテンガーによる圧政を避けるように国外に逃亡し、ナメリカへと渡る。ナリウッドで女優として成功し、喜劇の女王と呼ばれ全世界にその名を轟かせた。
【アナスタシア】
バッテンガーの侵略に対抗するレジスタンスの指導者となる。地下に潜りゲリラ戦でバッテンガーを苦しめた。スタンウェリーの戦いで、孤児を守るために銃弾の中を駆け死亡──。享年24歳。
◇
いやいやいや、めでたし、めでたしで終わったのに、なに付け加えてんだ作者よ。私の幸せな結婚が霞むくらいの登場人物のその後を書き加えやがってよ。アナスタシアに全部持っていかれた感!
ナーロッパは聞いたことあるけど、ナメリカとかナリウッドは初めて聞いたわ……。もうこれ、シンデレラじゃないよね?
………………。
えっ……。これで終わり?
終わりです。