#2 「呼」
「え、さっきの何だったんだ……?」
得体の知れない何かが僕に襲い掛かかってきたと思ったら、その"何か"はどこにもいなかった。たしかにこの目でその"何か"を見たはずなのに、そこにはそれらしい跡も何も残っていなかった。
一応頬をつねってみたものの、普通に痛かったのでこれは夢ではないということも分かった。
ポケットからスマホを取り出して時間を確認すると、もう11時に近かった。父さんからの不在着信も何件か来てるから、結構心配させてるかもしれない。
「とりあえず早く帰らないと」
その重い体を上げて、出せる限りの力で走って家に帰った。
家に着いて、玄関前でゼェゼェいう体を落ち着かせながら鍵を取り出し、鍵穴に刺す。それで少し下を向いた時、ズボンが思ったより汚れて目立っていることに気づいた。
(なんか言われるかなあ)
なるべく音がしないようにゆっくりと鍵を回してドアを開け、忍び込むように入っていく。これじゃまるで空き巣みたいだけど。
その行動も虚しく、父さんはすぐに気づいてこっちに歩いてきた。
「おいおい、どうしたんだよこんな遅くまで」
父は一応それなりに良い大学を卒業して、それなりに良い企業で仕事をしている。そのおかげで僕はそれなりに良い生活ができている。良いどころか、結構裕福な方だと思う。
父は少し視線を落として僕のズボンを見た。
「ズボンどうしたんだ。汚れてるぞ」
案の定ズボンの汚れを指摘された。かといって、ズボンの汚れぐらいなんてことないとは思うけど……
「いやー、転んじゃってさ」
咄嗟に出た言葉でその場をやり過ごした。とはいえ嘘は言っていない。と思う。
正直なところ、父は優しくていい人なのだが僕は苦手だ。決して嫌いというわけではないが、あまりにも過保護過ぎるんだ。さっきの不在着信もそうだけど、僕ももう高2なんだから少しぐらい1人の時間があってもいいと思うんだけど。
僕が小2のとき、母が不倫をして家を出ていってから、父は過保護になった。母が出ていってからというもの、父は小2のときから、僕にそのことを言ってきてたから僕は母の不倫のことをいやというほど知っている。
多分、母がいなくなって「大切な一人息子」を守らないといけないって責任感が増したんだろう。
「今度から車で送ろうか?」
「いやいいよ。今度から気をつけるから」
心配そうにしていた父を僕は笑って受け流した。
*
「うんまっ……」
風呂上がりに食べる父の手料理は格別だった。あの過保護な父でも、作ってくれる手料理はめちゃくちゃ美味いのだ。
満足したお腹と共に、僕は深くベッドに包まれ沈み込んでいった。
――8時30分。僕は鳴り響くアラームの音で目を覚ました。
休日なのでいつもより起きる時間は遅い。リビングに降りると、テーブルにラップに包まれた朝食が置かれていた。
そこに父の姿はなく、どうやら珍しく休日出勤に行っているようだった。今日は貴重な1人の時間を過ごせるようで、心がウキウキする。
朝食をレンジで温めようとした時、僕のスマホが急にバイブし始めた。
「なんだ?」
一旦朝食を置いてスマホを確認すると、全く知らない人から電話の通知が来ていた。名前も番号も非通知になっていて誰か検討もつかない。
「はい、もしもし……」
とりあえず電話に出てみた。すると向こうから返事が帰ってきた。
「杉郷詩生さんで間違いないですか?」
知らない女の人の声だった。にしても、なぜ名前を知ってるんだろう……というか、この人は誰なんだろう……
「はい。そうですけど…………」