#1 「発」
「じゃあなー詩生」
「うん。また明日」
放課後、僕は学校から直で予備校に向かう。早いものでもう冬になってしまい、大学受験なんて、気づけばあっという間だ。今から準備しておかないとね。
「えー、これがこうであれがあーで……」
予備校での授業が終わると、僕は真っ直ぐ家に向かう。辺りは真っ暗で、街灯の明かりがぼんやりと光っているだけで視界は悪い。
「なあ詩生、ちょっと変な噂があるんだけど。知ってる?」
「え、知らないなあ。どんな噂なの?」
「今日みたいな暗い夜には、化け物が出るって噂があってさ。目撃例が数件報告されてるらしいよ」
「えー、嫌だなあ。怖いよ」
でも、実は僕も変な噂を聞いたことがある。真っ暗な夜道を歩いていると、床一面が赤く染まっているところがあるとかないとか。その化け物と関連性はあるのだろうか?
「ま、そういうわけだから、気をつけてな」
「うん、ありがとう。気をつけるよ」
にしても本当に暗い。あんな話をされると嫌でも意識してしまうじゃないか……
(ちょっと怖いな……)
少しずつ背中の熱が引いていき、ひんやりとした背中はその不安や恐怖からゾクゾクと小刻みに震え始める。それに合わせて下顎もガクガクと震えて、たまに歯が当たってはカチカチと音が鳴る。
それに、どこか違和感を覚えた。なんというか、誰かにずっと見られているような、自分の行動が誰かに見られているかもという圧迫感、緊張感とその見られているという意識が、また恐怖心を一層大きなものにしていく。
かなりビビりながらもかなり遅い時間なので早く帰りたい一心で僕は一歩一歩足を踏み出していく。僕は確かに前へ前へと進んでいた。だけどやはり、後ろに何かおぞましい気配を感じていた。僕は我慢ができなくなった。
「誰がいるんだ?!」
僕は足を止め、すぐさま後ろを振り返った。そこには誰もいない。さっきまでのおぞましい気配は気のせいだったということらしい。恐怖心も嘘のように消えた。
(さすがに誰かいるわけないよね)
前を向いて歩き直そうとしたとき、"それ"が現れた。
「あ、あ……あぁっ……」
僕は驚きと恐怖のあまり、声も出せずにその場で腰を抜かしてしまった。
僕が感じていたおぞましい気配は気のせいなんかじゃなかった。多分、ずっとこいつが見ていたんだろう。
緑色の目に、黒のような紫のような淀んだ色をした体、異様に長い手足、その体はかなり大きく恐らく2.5メートルぐらいあると思う。
そんなバケモノがその手を振りかざそうとして、手を大きく振りかぶっている。
嫌だよ、死にたくない。
「やめろー!」
咄嗟に僕は顔の前に手を出した。せめて少しは守りの姿勢を取ったつもりだ。あの巨体の攻撃から身を守れるとは到底思えないけどね。
その時だった。
手から謎の白い触手のようなものが出たかと思えば、目の前で腕を振りかぶっていた"それ"は砂のようにサラサラと散り、上へ上へと消えていった。
「え?何、今の……」
詩生はその場で固まったまま、しばらく動くことができなかった。