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三章 4

「それで、プレゼントは無事に渡せたのかい?」

 

 俺が席に座っていると、ずんずかと親友がやって来て、言った。

 俺はうなずいた。

 

「まぁな。渡せたは渡せた」

「渡せたは渡せた? おいおい、新たな呪文かい? それってどういう意味なんだい?」

 

 俺は荻原に誕生日プレゼントを渡した。

 イルカのぬいぐるみと、マカロンだ。

 どちらも荻原に喜んで貰えた。

 

「まぁ、色々あったんだ」

「喜んで貰えたの?」

「まぁ、喜んでは貰えた。チョイス自体も、間違ってなかったと思う。その件については世話になったな」

 

 たつきはへへーん、と鼻をこすりながら胸を張った。

 いちいちその態度が癪に障る。

 とそこへ。愛する彼女がやって来たようだぞ。

 

「おっすー。なぁに話してんの?」

「ご近所さんとはうまくいってるみたいだってさ」

「うおぉ! んじゃ、お次は恋に発展しちゃう感じかな!?」

「なんでそうなる……」

 

 正直、昨日はいいムードだったな、とは思う。

 もし俺が大人なら、あのまま流れで大人な関係になってしまっていたかも知れない。

 だが俺はまだ高校生だ。そしてそういう関係になりたいとも思ってない。

 もし行為に及んでしまったら荻原はもう二度と俺と口を利いてくれなくなるだろうな。

 俺はそうなったとき、悲しいと思うのだろうか。

 

 思うな、絶対。

 俺は少なからず、荻原に嫌われたくないと思っている。

 しかし、荻原のことが好きかと言われたら、微妙だ。

 

「恋愛感情は抱いてない」

「うっそー。ふつう若い男女がプレゼント渡したら、いい感じになっちゃうよ! 私だって、ちょっと気になる男の子からプレゼントもらったら、ちょっとキュンときちゃうモン!」

「向こうが俺のこと気に掛けているとはわからんぞ」

「まったくもう! これだから恋愛苦手系男子は!」

 

 俺は少しばかり、むっときてしまう。

 なんでだろうな。べつに恋愛したいとは思わないのだが、恋愛苦手野郎って言われるとなんか腹立つんだよな。

 まぁたしかに。たつきなんかと比べたら、俺は恋愛苦手野郎に含まれる。

 だが、高校生の男子なんて、みんなそんなもんなんじゃないのか、と思うのだ。

 若いうちからガンガン恋愛してる奴もいれば、大人になってようやく恋愛する奴もいる。

 俺はできれば後者がいい。

 

「へーそっか。でもご近所さん喜んでくれたんでしょ? よかったじゃん!」

「まぁな。その件についてはありがとな」

「おぉ、何か石上くんって、不器用男子って感じがして、それはそれでありかも」

 

 ちかげが言うと、彼女の耳たぶを彼氏であるたつきは引っ張った。

 

「ちょいとぉ。彼氏の前でなにを言っちゃってるのかな?」

「いたい。いたいよたっくん。ぼうりょくはんたい!」

 

 どうしてだろうな。俺は最近、こいつらのいちゃつきを見てるとイラッとくる。

 俺自身、恋愛に興味がないと思っていたが、こいつらに嫉妬するってことは、本当は恋愛したい欲求が、少なからずあるのかも知れない。

 まぁそれはそれで健全だとは思う。

 女性を性的な対象としてみることは、べつにおかしくないはずだ。

 

「へへっ、一組の坂柳さんって、おっぱい超でかいよな!」

「おっ、いいセンスしてんじゃねぇか! ケド二組の山本も捨てがたいよなぁ~~~」

「あー、みんなから『まもっちゃん』って呼ばれてる子な! わかるわかる!」

 

 もっとも、ああいう連中は露骨である。

 俺は正直、ああいう人間にはなりたくないな、と思っているし、現にちかげなんかはその話を聞いてドンびいている。

 なぜ、異性を好ましく思っているのに下心を露骨に出してしまうのだろうか。

 そういう連中はきっと残念な人生を送ることだろう、と俺は心の中だけで思っておく。

 

「寒いな」

 

 窓がほんの少し開いている。そのすき間から風が入ってきているのだ。

 

「そろそろ十一月か」

 

 冬。なんとなく『白』のイメージがある季節。

 いや、雪のイメージだから『白』なのか。

 今年のクリスマスは、一人で過ごすことになるのだろう。

 べつにそれはそれで構わない。今まで家族で過ごしてきたものが、ただ一人に変わるだけなのだから。

 

 寂しい、という感情を俺はあまり抱かない。

 世の中の人間みんなそうなんだろうと思って今まで生きてきたが、案外そうでもないらしい。

 特に隣人は、寂しさをとことん抱きやすい人間だ。

 俺はそんなことを考えていると、どこかでくしゃみの音が聞こえた。

 まさかな。べつのクラスだぞ。

 



「今日なんか、くしゃみが止まんなかったのよね。風邪かな」

「……」

「うーん、ケド熱はないみたいなのよね。なにかしらこれ。花粉症。だとしたら季節外れね。もう花が咲いてる時期じゃないって言うのに」

 

 俺は荻原の言葉にそっぽを向いた。

 べつに俺が彼女の噂をたくさんしたから、ってわけじゃないだろう。

 もっとも噂と言っても、俺が心の中だけで流した噂だ。

 彼女になんか聞こえるわけがない。

 まぁいい。この状況だ。

 荻原が忙しなくキッチンで作業している。

 俺はそれを、なんとなく見ていた。

 作っているのはサラダだろう。ドレッシングの香りと、新鮮なレタスの香りがリビングに満ちていた。

 

「うまそうだな」

「そうでしょ。あんたそれ、先に食べててもいいよ。べつの料理作るから」

 

 俺はお言葉に甘えることにした。とても高校生同士の会話とは思えない。

 まるで妻と夫の会話……いやよそう。

 俺と荻原はあくまで隣人同士だ。べつに夫婦じゃない。

 だがどうしても、居心地の悪さというか、むず痒さというものがある。

 特にエプロンを着けてキッチンを走り回る荻原というのが、なかなかに絵になっていて、俺は目のやり場に困った。

 

 本当にこいつはいいお母さんになるだろう。

 俺は考えを振り切るように、目の前のサラダに集中した。

 うん、サラダだ。

 べつだん荻原のセンスが光る……というわけでもない。

 まぁ荻原も、簡単に作れるものから用意してくれたのだろう。その点助かる。

 おいしいしな。

 



 サラダを食べ終えたあと、俺は少しばかり眠ってしまっていたらしい。

 近くには、電気ストーブがセットされており、暖かさが眠りを誘う。

 俺が目を覚ましたとき、料理がテーブル中に広がっていた。

 驚いた。

 

「…………………………おぉ」

 

 思ったより豪勢な食事が出てきた。

 俺はすっかり忘れていた。

 荻原の誕生日のことを。

 

「ん、お待たせ」

「こんなに豪勢とはな」

「ふふん、たんとお食べなさい。アタシの自信作よ」

「あぁすげぇ。レストランみたいだ」

 

 正直荻原は、お店を開けるレベルだと思う。

 マスタードソースの掛かったチキンのグリル。グリーンピースのサラダと、アップルジュース。

 主食はパンだ。これは市販品だが、焼きたてで美味しそうだ。

 

「デザートも作ってあるから」

「さすがだな」

 

 俺は素直に感心する。

 早すぎないか?

 時刻は八時ちょっと過ぎた辺りだ。

 改めて荻原の凄さを実感する。

 将来は料理人でも目指せばいいんじゃないか?

 そのくらいのレベルだ。

 

「そうか、お前の誕生日だったか」

「そそ。せっかくだから、豪華にしたいでしょ」

 

 それに、と荻原は付け加えた。

 

「誕生日くらい、親しい人と祝いたいし」

 

 俺は少しばかり面食らってしまった。

 荻原は、ふだん強がってばかりだ。

 それが彼女の性格と言えばそれまでだが、滅多に甘えたりしない。

 だが、今日の荻原はやけに素直だった。

 自分のことを話してスッキリしたからかも知れない。

 あるいは、自分のことを話した相手だから、心を許した、っていうところか。

 なんにせよ、今の荻原の表情の方が、前の荻原のそれより、遥かにいい。

 

「俺でいいのか?」

「はぁ? あたしがいいって言ってんの」

「そうか」

 

 荻原の誕生日パーティー。

 友達とも開くと言っていたが、誕生日当日はパーティーを開かないとも言っていた。

 だが今日俺は、荻原の誕生日を祝っている。

 なんだか少し、特別な気分だ。

 

 あの学校で一番人気な美少女の誕生日に居合わせることができるなんて、光栄じゃないか?

 そうでもないか?

 だが男子達にこの話をしたら、間違いなく嫉妬されるだろう。

 それくらい荻原美琴という女の子は、魅力的で、人気なのだ。

 

「さ、早く食べよ。温かいうちに食べたいし」

 

 そうだな。チキンのグリルに関して言えば、ものすごくいい匂いを放っていて、俺の鼻を極限までに刺激している。

 正直、早く食いたいと思うくらいに、荻原の料理はおいしそうである。

 

「……歌、とか歌わなくていいのか?」

 

 俺がおずおずと提案してみると、荻原は白い目で俺を見た。ほっぺたが心なしか赤い気がする。

 

「恥ずかしいからやめてよ。……ねぇ、あんたって時々突飛な発言するけど、もしかして友達とかと遊んだりとか、あんましないタイプなの?」

 

 おっとこれは痛いところを突かれた。まさか見抜かれるとはな。

 たしかにたつきとかとはよく遊ぶ。半ば強引に、あの二人のいちゃつきに巻き込まれる、なんてことはよくある。

 ちょっと前に、おれとたつき、それからちかげの三人で、ファミレスに行ったこともあった。

 もう、地獄だ。なんで俺はこんなところに居るんだろうと思わせられるくらい、地獄だ。

 

 あいつらのいちゃつきを対面で見せられるのである。こっちのメンタルが持たない。

 まぁだが、あの二人を除くと、俺に友達と呼べる存在はいなくなる。

 それは残念ながら事実だった。

 

「そうだな。俺はあんまり、友達と遊ぶタイプじゃない」

「そうじゃないでしょ。友達自体あんまいないタイプなんでしょ」

「……」

 

 荻原は随分な物言いをしてくれた。だが事実なのだ。否定はできない。

 

「せっかくだし、今日から友達にならない?」

 

 グリーンピースの青々しい香りが漂う部屋の中で、荻原美琴はいきなり提案してきた。

 

「友達って、お互いに確認が必要なのか?」

「……べつに、いらないんじゃない? ケド奥手なあんたのことだし、あたしからこういうのは誘った方がいいかなって」

 

 友達に誘われる。

 俺にとっては初めての経験だ。

 友達にならない?

 なかなか、今の高校生の間では聞かないセリフだろう。

 俺はそれくらい、人付き合いが苦手に思われてるってことか。

 まぁ……苦手なんだけどな。

 

 俺は荻原の瞳をじっと見た。その瞳は、ちょっとばかし恥ずかしいのか、わずかに潤んでいた。

 俺はそんな彼女の表情を見ていると、少し申し訳なくなって、次の瞬間には言葉にしていた。

 

「いいぞ」

「ほんとにッ!?」

 

 荻原は身を乗り出して、叫んだ。

 そこまで喜ぶことだろうか。

 だがおれたちの曖昧だった関係性が、今はっきりと形になったことを実感した。

 ただの隣人同士から、友達へ。

 喜ぶべきだろうか。

 だが少なくともおれの心は、浮き立っていたことは間違いないだろう。

 つまり荻原が友達になって、嬉しいと思っている。

 

「そんなに喜ぶことか?」

「そんなに喜ぶことよ! あんたの友達って、何か特別感あるし。ほら、アタシ友達作るのは得意だからさ、滅多に友達になってくれそうにない人を友達にすると、なんか達成感あるって言うか!」

「……」

 

 ……おい待った。これは本当に喜ぶべきところなのか?

 だが荻原の表情に、嘘はないように思えた。

 本当に、俺が友達になってくれて嬉しいというような。

 なら、俺も喜ぶべきだろう。

 

「……握手、とかした方がいいのか? 友達同士なら」

「ぷっ! 握手って! あんた! 友達いなさすぎでしょ! なんで友達になるのに握手が必要なわけ!? ちょー受ける!」

 

 うけられた……。

 どうやら友達同士では、握手はいらないようだ。

 いや待ってくれ。俺ってなにかおかしいのか?

 世間からずれてるのか? 俺の感性。

 だが荻原がこんなにも爆笑するってことは、ずれてるってことだろう。

 

「まぁ、いいわ。とにかく食べましょう。冷めないうちに」

「……あぁ」

 

 こうして、おれたちは料理にありつくことになった。

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