レスバが強すぎたせいで心を入れ替えたドS暴君王子に愛されすぎてる!
レスバ、インターネット上のレスポンスバトルの意味ですが、書いてから気づきました…。
アリシア・ウィンゼルはしがない伯爵令嬢だった。
特筆して美しくなければ、特筆して賢くもなく、あえて言うなら心根が優しくて慎ましい少女だと言えるだろう。
王国一、二を争う美姫である姉や、五十年に一度の天才と呼ばれる弟の間で曖昧に微笑むばかりで、悪く言えば存在感がない。だからこそ、第二王子の婚約者に選ばれたのだ。
サンザニア王国には三人の王子がいる。
一人は次代の王であり、賢君の降臨を囁かれている王太子殿下のアレクセイ。そして第二王子であるカイゼル。そして第三王子であるミハエル。
王太子アレクセイは側室の子であるが、幼少期から類稀なる才能を見せたことにより、王の期待を一身に背負うこととなった。第二王子のカイゼルは正室の子ではあるが、帝王学の成績は振るわず、そのことによりカイゼルは周りを振り回す暴君王子として成長してしまった。
そこで王は王太子の脅威にならないよう、そこそこ地位があり、中立で手堅い家門の娘を婚約者にすることに決めた。そして白羽の矢が立ったのはアリシアである。穏やかで家庭的なアリシアであれば、カイゼルを支えてくれるだろうという期待があったのだろう。
そもそも王の正室である王妃アナスタシアは隣国であり大国の王女であったが、政略結婚のために嫁いできた。その苛烈な性格ゆえに王とは反りが合わず、さらには結婚前から王の愛する人であった侯爵令嬢のエリザベスを煙たく思っていた。
エリザベスが側室となり、アナスタシアよりも先に懐妊したのも理由のひとつだろう。冷たい美しさを持ち激しい性格の王妃アナスタシアと違い、側室のエリザベスは温和で可憐な女性だった。アリシアをカイゼルに引き合わせたのは、きっと心休まる時間を知ってほしいという王の計らいでもあっただろう。
しかし、カイゼルは不満だった。美姫と名高い姉ならともかく、なんの取り柄もなく平凡なアリシアはつまらない女にしか見えなかった。カイゼルは美男子であり、そんな彼の目に映りたい令嬢はたくさんいたのだ。にこにこして当たり障りのないことしか言えないアリシアに、カイゼルはすぐに飽きた。
「お前は今日から俺の奴隷だ、わかったな?」と言っても「はい」としか答えない。
イタズラをしても困ったような顔しかせず、「王子、いけません」とたまに行き過ぎた言動をやんわりと諌めるだけだ。ドレスがダサいと言っても、太りすぎだから痩せろ、と言っても、「気をつけます」と怒りもしない。
カイゼルにとってなにより嫌なのが、アリシアの灰色の髪と青灰色の瞳だ。ぼんやりしてて、締まりのない色。曖昧に微笑むアリシアにぴったりだとも言えるが、姉のように輝く金髪と青空のような澄んだ瞳ならまだ鑑賞に耐えただろう。
まあ、姉は鑑賞に値する容姿だがヒステリックで浪費家だ。妻にするには不向きすぎる。
灰色の髪をシニヨンにまとめたアリシアは、まるでガヴァネスのようだ。カイゼルはこんな凡庸でつまらないアリシアの側で一生を過ごさなければならないのかと気が滅入った。
たまに見せつけるように他の令嬢を褒めても、ただ悲しげな顔をするだけ。アリシアの入れた紅茶が不味く、地面に溢して捨てたときは泣きそうな顔をしたが、ぐっと唇を噛んで「紅茶を入れ直します」と言うだけだ。本当につまらない女。
アリシアを陰でいじめてた女たちに腹が立ったから「俺の奴隷で勝手に遊ぶな」と注意したときは「ありがとうございます」と嬉しそうに微笑んではいたが。その微笑みがカイゼルの心を大きく動かすことはなかった。
この間なんて勝手にカイゼルを庇って、放蕩な第二王子を憎むものからの刺客から毒矢を受けた。それはまあ、感謝しなくもないが、鈍臭い女のくせにカイゼルを庇うなんて生意気だ。
一週間高熱に苦しんでいたアリシアに見舞いの花や物品は送ったが、カイゼル自身は顔を見せていない。目を覚まして3日は経ったはずなので、そろそろ顔を見せないと父である王がうるさいだろう。カイゼルはため息をついて、ウィンゼル伯爵家に赴いた。
「殺そう」
アリシアは目覚めて一番にそう言った。
「刺客は全部処理しましたが」
護衛騎士であり執事を兼任している変わり者のリオンは冷ややかにそう言った。その間もグラスに冷たい水を注ぎ、ベッドにいるアリシアに手渡してくれる。
「あのファッションドS王子の話よ」
「クーデターのご相談ですか?」
「誰が王家を根絶やしにすると言ったのよ、ただあの王子を内々に処理する方法はないのかしら」
「シア様、高熱でついに正気に……」
「そうよ、ショック療法ってやつね。あのモラハラ予備軍をどうにかしなきゃ私はこの手でアイツを刺すわ。スプーンを持っててもよ。どうにかして刺すわ」
「なるほど、あえて鋭利ではないものを使い苦痛を増やすということですね。なんという復讐の鬼。おいたわしい」
「思い出すだけで腹が立つわ。モラハラと紙一重じゃない。私は俺様ヒーローの横にいるヒロインに優しい二番手ポジションのイケメンが好きなのよ! なんでそういうイケメンって当て馬になるわけ? この世は無情だわ、あんな自分勝手な人間と結婚して待ってるのはワンオペ子育てという地獄よ……」
「よくわかりませんが呪詛だということはわかりました」
リオンが流れるように水銀式の体温計を口に突っ込んでくるので、アリシアはモゴモゴした。誰が高熱でイカれた女だ。イカれてたのは今までのアリシアだ。
よくある話だ。異世界転生。そしていいように使われる次女ポジション。
お前は平凡なんだからせめて貞淑であれ夫をよく立てて内助の功をなんたらかんたら尽くして尽くして尽くしまくれ。
時代背景から考えれば仕方ないが、それにしたってアリシアは厳しく育てられ過ぎた。姉なんて贅沢三昧でドレスを買いまくっているというのに!
両親がアリシアだけ厳格に育ててくれたおかげで、姉と弟にはナメられまくっている。
シア、おばあちゃんみたいなドレス着ないでよ! ダッサくて隣を歩きたくもない!
シア姉様、話しかけないで。平々凡々の頭脳が移る。
「いっそ屋敷ごと燃やすか……?」
それもいいかもしれない。職場だってよく燃やしたいと呟いている社会人がたくさんインターネットに散見されたし、やはりクソみたいな場所は業火で景気よく燃やして浄化するに限る。
「クーデターですか?」
なぜリアンは嬉しそうな顔をしてるのか。
やはりあまりの能力の高さに暗殺者ギルドから裏切られて殺されかけたかつての少年暗殺者は言うことが違う。
「月曜日に決行しましょう」
リオンが人差し指を立てて言う。
「どうして?」
「血の火曜日は締まりが悪いでしょう。ブラッディはマンデーに限ります」
「サンデーでも良くない?」
「その日は有給が」
「福利厚生ちゃんとしてんな……」
なんならオールウェイズ王子の奴隷のアリシアの方が人権的に問題があるかもしれない。
というか有給の概念があるのに婚約者を奴隷呼ばわりしたヤツの倫理観が燦然と輝いてしまう。
ドSなんて可愛い言葉で片付けてはいけない。ただの倫理観のないカスである。
「かつての私は、カイゼル殿下はただ愛情不足の可哀想な王子様だと思っていたの。王妃様からは突き放され、王様からの期待はなく、心の許せる友達はいない。あんな寂しがりやの王子様を私が支えてあげなくちゃって……」
「典型的なダメ男にハマる女性の図ですね」
「だから奴隷だって言われても、お前は“俺様のお気に入りのクマちゃんだ”って言われているようなものだと思ってたわ……」
「自己肯定感の化け物ですね」
「ああ可哀想なカイゼル様、奴隷という名目がなければ私に甘えられないのね……と」
「認知の歪みが心配になります」
「なんだかんだ酷いことは言うし、酷いことはするけど良いところもあると思っていたの。私が他の令嬢たちにいじめられてたら颯爽と現れて、“こいつをいじめていいのは俺だけだ”って……」
「いじめの主犯が変わっただけですね」
「きっと不器用な愛し方しか知らないのよ、この人に愛し愛される幸せな家庭を築いてあげたい、って……」
「率先して奴隷になるタイプですね」
「なんてお花畑だったのかしら、アリシア・ウィンゼル! きっと結婚したら優しくしてくれると信じてた私はこの上なく愚かだったわ! モラハラ男は結婚しても子供が生まれても変わろうとしなければ絶対に他者の影響で変わることは不可能なのよ! そんなに簡単に変わるなら週刊マドモワゼルのお悩みコーナーに投稿が殺到したりしないわ!!」
「俺の愛読書読みました?」
「人のお悩みを読むのって面白いわよね……」
「俺は離婚しろの一言を返さないマダムVを尊敬しています」
「お悩み相談に別れろと離婚しろのマジレスは友達を殺すより早く失うもの……」
「そうなんですね。知らずのうちに俺が友人たちを殺し回ってたのかと思いました」
「あなたに友達がいたのかという驚きは置いといて。私の認識は一新したわ。革命よりも真新しくね。鉄は空を飛ぶし、人は空の彼方に行くわ。ゴミは捨てるしかないし別れろのマジレスで失う友達は所詮その程度なのよ」
「高熱ってすごい」
「というわけで婚約破棄してくるわ! とりあえず王子を刺せば一族もろとも死刑よ。その死刑執行の前に貴方は私を助けて隣国へ亡命するってわけ」
「姉と弟を道連れにする胆力、お見それしました」
「姉と弟は使い道がありそうだからきっと多分おそらく大体は大丈夫よ」
「副詞の大渋滞が」
「お嬢様、カイゼル殿下がいらっしゃいました」
扉を開けてメイドのアンがそう告げてくるので、アリシアは水銀の体温計を逆手に持った。
「準備は万端よ」
「シア様、体温計はさすがに助走つけても刺さらないかと」
クールなリオンの助言に、アリシアはそっと体温計を手放し、言った。
「この家になまくらの剣はある?」
アンは困惑気味に首を横に振る。なのでアリシアは妥協した。
「しかたないわね、錆びた斧でいいわ」
「殺意の高さに感銘を受けましたが、十三日の金曜日は来月です、シア様」
「あの〜……殿下をお通ししてもよろしいでしょうか?」
アンは場の雰囲気を読み、そっと聞いた。
◇
「うーん綺麗なカス」
麗しきかんばせを見て開口一番もれた言葉に、カイゼルは眉根を寄せた。
「は?」
「いえ、殿下の肩に綺麗な糸のカスが付いてますわねオホホホ」
そっとベッドの上にいながら、来客用の椅子に座るカイゼルの肩口に手を伸ばすふりをする。
しかし、カイゼルに手を払われた。
「お前如きが気安く触れるな」
早く月曜日か十三日の金曜日が来ないだろうか。
それともブラッディ・カーニバルと銘打ちアリシアの敵を血祭りにあげる祝祭を始めてもいいかもしれない。きっとリオンも嬉々として参加してくれるだろう。
「フン、そもそも身を挺して庇うなど不愉快だ。ただでさえ醜いお前の体がさらに醜悪なものになるじゃないか」
アリシアは水銀の体温計を逆手に持った。振り下ろしたいのを理性の力で自分の口に突っ込んだ。まさしく口封じである。
「やつれた顔は見れたものじゃない。早く回復して栄養を取ることだな。その貧相な体もついでに治すといい」
アリシアは前世ではアラサーだったはずだ。そうなるとだいぶカイゼルより年上である。
お尻に殻のついたヒヨコみたいなものだと思えば、囀りだってピヨピヨと可愛らしいもの。
「おまけに頭も悪いんだ。家庭教師のカリキュラムも遅れを取っていると聞く」
どなたかが遠い外国のお菓子食べてみたいと駄々こねるから徹夜で文献探して再現レシピを作ったり美味しい紅茶が飲みたいお前の入れた紅茶はまずいと言うから時間をかけてブレンドや発酵具合を調整したりしてたんだけどな?
だからカリキュラムも遅れてたんだけどな?
っていうかお前もじゅうぶん頭悪いだろうが!
脱走しては家庭教師を困らせているだろうが!
待て待てアリシア、大丈夫、今殺していけない、殺すとか刺すとかはただのジョークで穏便な婚約破棄をし、隣の大国に逃げ出して好きなお店を経営したりして暮らそう。
そう、慰謝料をガッポリもらって、素敵なカフェを開くのも良い。そう、こいつは金づるこいつは金づる……。
「こんな要領の悪いお前と結婚してやれるのは俺ぐらいのものだな。あと一年後の結婚式を思うと気が滅入る」
金づる金づる金づる……。
「婚約者がお前の姉ならよかったのにな」
「では交代いたしましょうか」
「へ?」
ぽかんと目を丸くするカイゼルにニッコリと笑う。
「私もお姉様と殿下はお似合いだと思っていましたの」
「……お前の一存で決められることでは」
「大丈夫ですわ、私、今回のことで傷物になりましたもの」
アリシアは来客用に羽織っていたカーディガンをはだけさせ、肩口を露出させた。そこには貫通痕に似た、凹んだ傷跡があるだろう。まだ生々しくじゅくじゅくと膿んでいる。
「なんて醜いのでしょう、醜い私にピッタリですわね」
カイゼルは絶句している。
そうだろう。このような口答えをアリシアは生まれてこの方したことがないのだから。
「いっ、いいのか、婚約を譲った場合、傷物のお前は誰にも娶られない!」
アリシアはその言葉に小首を傾げて、それはそれは嬉しそうに笑った。
「私、結婚はいたしません」
「は、じゃあどうやって生きて行く気だ? パンは勝手に生えてくるわけじゃないんだぞ!」
「殿下は隣国のレギアス商会はご存知?」
「は? レギアス商会? この間王都にサンザニア支部ができた?」
「ええ、今一番勢いに乗っているあの商会です」
「それがどうした!」
「オーナーが私なんです。なので、生活費は足りますわ」
「なにを戯言を……!!」
「信じなくても構いません。なので殿下に心配してもらう必要はありません。さようなら」
「それが本当だとしても後ろ指を刺されて生きていくつもりか!? 未婚の女が一人で生きて行くなんて許されるわけが……!」
「後ろ指を刺されたら死ぬの?」
「え?」
「人体に直接指を刺すわけでもあるまいし、くだらないですわ」
「……アリシア、強がるのはよせ。奴隷のくせに生意気だ」
「奴隷法は二十五年前に廃止されましたわ」
「え?」
「まあ、自国の歴史なのにご存知ない? 授業中になにをされてたのかしら? 気を失ってらっしゃったの?」
「それぐらい知っている!」
「まあ! 知ってて私を奴隷などと貶しめたのですか?」
「貶しめたわけでは……!」
「では殿下は奴隷を褒め言葉と教えられたのですか? 殿下の家庭教師は鼻が高いでしょうね。こんなに優秀な奴隷ですもの」
「俺を貶しめる気か!? 不敬罪として牢に入れることだってできるのだぞ!!」
「まあ、じゃあ本当に私は貶しめられていたのね。奴隷解放まで長きにわたる民の苦しみを貴族の頂点である王族の殿下が知らないわけないでしょうに。奴隷などと呼び婦女子を貶しめ、一番権利を侵害されていた民としてこき使うなど」
「それは……!! うるさい、口答えするな! 小賢しい!」
「殿下は負けるのがお嫌いですものね。見下してた奴隷の婚約者に口で言い負かされたなんて恥以外のなにものでもないですわね?」
「不敬罪で投獄されたいのだな!」
「ええ、どうぞ」
「一族郎党処刑も免れぬ!」
「お好きになさって」
「脅しではない!」
「ええ、そうでしょう。殿下は権力を振りかざすのがお上手ですもの、どうぞ」
「馬鹿にしたな!」
「まあ、よく理解できました! お利口さんだわ」
「高熱でイカれたか!?」
「今までがイカれてたのよ」
青灰色の鋭い双眸に射抜かれ、カイゼルはたじろいだ。
こんな女は知らない。
アリシアはいつもじっと何かを求めるような目でカイゼルを見つめていた。
こんな、仇を見るような目でカイゼルを見なかった。
「貴方に馬鹿にされて貶しめられて見下されて生きて行くなら、ここで死んだ方がマシ」
「アリ、シア」
「気安く名前を呼ばないで。貴方のことをずっと可哀想だと思っていたわ。王妃殿下に振り向いてもらえず、王太子殿下からはライバルと見なされることもなく、国王陛下から期待をかけられることもない。心根が傷ついて捻くれても仕方がないと思っていた」
この言葉は、まさしくアリシアの老婆心とも言える気持ちだろう。
誰もカイゼルに向き合わなかった。
腫れものに触れたくないと遠巻きに見られ、態度が増長しても彼のためと窘める大人もいなかった。
「でもそれは他人を傷つけて良い免罪符にはならない。貴方の事情は他人にはわからない。貴方が傷ついたからと言って人に刃を向けていいはずがない」
「っ、先に傷つけて来た人間を傷つけて何が悪い……!!」
「それよ」
アリシアは半眼で言った。
「貴方を窘めたり諌めたりすることは貴方を否定してるわけじゃない。考え方がおかしいわ」
「だっ、だって俺は傷ついた!」
「勝手に傷ついただけでしょうが。自己肯定感ミジンコなの?」
「ミッ!?」
蝉か?
「いつも俺はかっこいいだの美しいだの麗しいだのモテてモテてモテまくるだの言ってるくせに自己肯定感カスなの?」
「カッ!?」
カラスか?
「貴方の生育環境を考えたら仕方ないのかもしれないけど……それは貴方の問題であって他の人を傷つける理由にはならない。問題を切り分けなさいよ。そんなんじゃ誰もかれもみんな貴方のそばを離れて行くわよ。そんなに一人になりたいなら止めないけど。貴方、倫理観はゴミだけど善悪の分別がつかないわけじゃないんだから」
「ゴミ……」
「それにサディスティックで暴君の王子様なんて今時流行らないし。ただのモラハラクソ野郎に成り下がらないで。元婚約者として恥ずかしいから」
「……」
「じゃあさようなら。お姉様と末長くお幸せに。あと一族郎党処刑するなら月曜日にして。執事が喜ぶから」
「……嫌だ」
「は?」
アリシアは耳を疑った。いつのまにか俯いていたカイゼルの瞳がうるうると潤んでいる。
「君の、君の言うとおりだ……だが、君の姉と婚約はしない。俺の婚約者は君だけだ」
「は?」
何を言われてるのかよくわらかず、アリシアはバカのように聞き返してしまった。
「俺は……誰からも相手にされず、何をしても怒られはしなかったが、何をしても褒められもしなかった。面と向かって命すら覚悟で忠言をする臣下すらもいなかった」
おっと、様子がおかしいぞ……。
そっと手をカイゼルに取られて、アリシアは一瞬で鳥肌を立てた。
誰だただしイケメンに限ると言ったやつは、限らないが!?
鳥肌で大根下ろせちゃうが!?
「今まで、君しか俺にぶつかってくれなかった……アリシア、お願いだ、捨てないでくれ……」
うるうるの目で懇願されても百年の恋も醒めたあとだから何にも感じない。
すごい、無だ。
「アリシア……シア、これから心を入れ替える……努力する……だから隣にいてくれ」
「ちょっと無理ですね!」
「何がいけない、言ってくれ、君のために悪いところはなんでも治す……!」
「そういう主体性のないところですね」
「わかった。君のために王子としての本分をつくすよ。そうして君に再度婚約を申し込む。待っててくれ、シア……! 命懸けでこんな可燃ゴミでカスでクズな俺を救ってくれた君のために、変わってみせるよ……!」
そこまでは言っていない!
カイゼルは立ち上がると、足早に部屋を去っていった。
残されたアリシアは瞬きを五回ほど繰り返してから、部屋の奥に隠れていたリオンを振り返る。
「なにが起きたの……?」
「さあ。ですがプランBをご用意しました。王家クーデター、アリシア女王パターン。シア様に絆された殿下を主軸としてクーデターを起こし、その後さっくりと殺すのはどうでしょう。その後アリシア様が即位されるのでしたら、俺は率先して参加させていただきます」
「来週の月曜は有給取りなさい、リオン」
痛み出すこめかみを押さえながら、アリシアはそううめいた。
後日、月の女神アリシアへ、まるで君は雲のかかる月夜の女神のようだ──とポエミーなラブレターがカイゼルから送られて来たので、アリシアはそれを暖炉にくべて焼き芋を焼いた。
それをリオンに差し入れたら胃もたれを起こしたので、ざまーみろと笑った。
とりあえず、プランCの隣国亡命をリオンと画策中である。
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