門
首の後ろをなでられたような寒気がきて、振り返る。
振り返ってもなにもいなかったが、いつのまにかめざしていた場所についていた。
黒猫の乾物屋がヒコイチに『いってみろ』と言ったのは、商家の旦那が隠居してかまえた家がならぶ場所で、あいまには小間物屋や履物などの店もならぶが、通りを一つ奥にはいると、当の隠居や、まだ隠居前の旦那衆が囲った女たちや、芸事のお師匠などの女一人で住まう家があつまる所となり、街のほかの通りとは雰囲気が変わる。
まだ明るく夕刻前なのに、人の気配がしない静かな場所だ。
それなのに、その静かな路地を懐手にしたヒコイチがひとりでゆけば、両側の家々の格子のすきまからのぞきみられているのを感じる。
―― ちがうな。ありゃそういう寒気じゃなかった
首をかきながらすすむうちに、むこうのほうに並び置かれた瓶がみえた。
その家は、黒い板塀がきれた場所に平たい石段が三段あり、そこを埋めるように、口のひろい浅い型の瓶が、ぎっしりとならべられ、いっけん、その石段が玄関へ続くための《門》だとは、気づけない。
瓶をのぞいてみれば、小さなハスの葉が浮かび、その影に小さな赤い金魚が泳ぎ回っている。
「 かわいいもんでしょう? 」
「 っつ!? 」
気配にまったく気づかなかったのに、《門》からむこうへのびた石畳に、男が立っていた。