大事なはなし
見あげた空は、ゆっくりと静かな青へとかわるところだった。
夏の陽は、しつこくながい。
ふいに、『つまらない思い出』を、きいてくれた相手の、強く言い切った声を思い起こす。
ヒコイチとはまったく違う世界で育ったはずの《坊ちゃま》も、どうやら親兄弟の縁がうすいらしく、いまだに身内のはなしをきいたことがない。
それどころか、どうしてあのひろい洋館で一人で暮らしているのか、とか、何をして暮らしているのか、なんてことは、いまだにちゃんと聞けたためしがない。
なのに、どういうわけか、―― このまえの日に、たったひとりの身内の死に際を語ってしまい、 聞き終えた相手は、こちらのだした『つまらねエはなししで退屈だったでしょう』という言葉に身を乗り出して、『つまらない話などではありません』と言い切ったのだ。
『ヒコイチさんの大事なお身内のはなしなのに、つまらないなどと思いません。それはね、ヒコさん。とても、大事なはなしですよ』と、どこかの住職のような様子でお茶をすすった男に、ヒコイチはなぜか説教されたような気持ちになって黙り込んだ。
その日は急にふられた雨に、かついだ木箱の中、売り物の七味がしけるのを避けようと、近かった《ぼっちゃま》の洋館に逃げ込んでいて、腰をあげてその場を辞するのに理由はいらなかった。
お茶をごちそうさん、と逃げるように箱をかついで出ようとすると、「ヒコさん」とよびとめられる。
首だけまげてみた相手はいつものようにすこし笑っているような顔で、『お墓にお参りするなら、ぼくも行きたいです』などと言った。
もちろんヒコイチは断った。なぜなら ――― 。
ぞわり