つまらない思い出
「 きんぎょおーー エ きんぎょお 」
荷車にいくつもの瓶をのせた男がゆっくりと流して横をすぎてゆく。
前にヒコイチも金魚をいれた桶をてんびんで担ぎ売り流したことがあるが、このごろは金魚の人気がたかくなり、一度にたくさんの種類と数を運べるこの売り方をする者の方が多い。
ぽちょん、とカメの中ではねた鮮やかな紅い魚に目をほそめ、にぎわう通りをあらためてみなおす。
農村地帯とちがい、ここは夏の昼日中にも人があふれ行き交う。
この中に、自分も混じっているのかと思うと、いまさらながら不思議な感じがする。
ヒコイチは元々、農村というよりもそのもっと奥、山の中で育った。
村の者よりも山の動物と出会うことの多い環境だった。
血のつながらない爺さんと二人きりのぼろ屋は、村八分の仲間外れというよりも、人とのかかわりを疎んだ爺さんが選んだ場所にあった。
じいさんが死ぬとき、ふだんかかわらぬ村の大人たちがかわるがわる家に来て、いつもはしゃべることのないヒコイチに、少しだけ、爺さんのことを教えた。
ヒコザイさんは、元々は おえらいお侍さんでな ――
そんなこと、ヒコイチはどうでもよかった。
ただ、いつもしっかりと背をのばし、口を引き結んでいた年寄が、ただもう横たわって口をあけ、動けないまま、弱弱しく自分の名を呼んだことが、――― こわかった。
こわかったので、ヒコイチは呼ばれてもそばへ寄りたくなかったのだ。
最後の最後、村の男に抱えられて爺さんの枕もとへ行ったときも、その顔を見たくはなかった。
どこを見ているかわからない目には涙があふれていて、閉じられない唇は白くかわき、大きく荒い息をして横たわるのは、自分の知らない年寄だった。
なのに、――― 。
苦しげな最後の息を吐いて、ヒコイチの手に触れたまま眼を閉じた後に、それはやっぱり、自分のよく知る年寄の顔へともどり、その眼は二度と開かなかった。
「 ――― っち、」
雪駄の鼻緒に小石が詰まり、軽く足先を地面で叩く。
小石はとれず、しかたなく道のわきに積まれた石垣に腰かけた。
つまらない思い出にふけっていたら、とっくに西堀へ着いていた。
だが目指すのは、西堀手前から北へと折れた先にある家だ。
―― すこし、戻らねえと
雪駄をぬぎ、詰まった石をほじくり弾く。