なくなった
ここでおわりとなります
瓶屋敷の隠居が行方知れずになったと噂がたったのは、それから数日してからで、門の前にあった瓶はすべてのぞかれ、屋敷は売りにだされた。
『瓶屋敷の隠居のはなし』は、迷ったあげく、ぼっちゃまに売ることにした。
機嫌よくそれを買い取った男がお持たせの笹巻ようかんを口へいれながら、あの掛け軸が消えたようだと嫌なことを教えてきた。
西堀の隠居、セイベイがひきとり、寺へとおさめたものが、ご本尊が見守る本堂の中から、消えたという。
「まさか・・・箱に猫の爪跡がとか、―― 」
いいかけたとき、家の外から猫の鳴き声。
ぞわり、と寒気がしたとき、開いたままの戸口のむこう、猫が二匹、続けてよこぎった。
「ご住職のお話だと、掛け軸がすり替えられたみたいですよ。 お経をあげようとひらいたら、なんの画もなく、真っ白だったって」
のんきにようかんをかじる男に、そりゃ掛け軸の中の『猫ども』が出たからだ、とは口にできなかった。
いまは『猫』になってる乾物屋は、いったいどこまでかかわっているのか、知りたいとも思わない。
ようかんを飲み込んだ男がお茶をすすりながら、土間むこうの台所の棚をじっとみて、あそこに立てかけらてた焦げた木は何か、と聞いた。
「ああ、・・・ありゃ、―― おれがガキんときに会った坊さんにもらった、ありがてえ火伏のお札だが、このまえ間違えてかまどにくべちまって・・・」
「ええ?そりゃバチあたりな」
「さすがに『火伏』ってだけあって、燃え尽きねえで残ったんで、ああして置くことにしたんだが、おかみさん連中に、もうご利益もねえだろうって、笑われちまった」
黒猫に『しるし』だと教えられた木片は、火にくべたが、焦げただけで燃えなかった。
黒くすすだらけになったそれを灰の中からひろいあげ、囲炉裏のむこうにいた背筋ののびた堅い年寄を思い浮かべ、しかたねえ、と笑ってそこに立て置いた。
ぼっちゃんはもう、墓参りのはなしはしない。
ヒコイチはこのごろよく、じいさんとの『くだらねえこと』をおもいだす。
畳にさす陽の色も変わってきたころ、西堀の隠居の池に引き取った瓶屋敷の金魚が、一匹もいなくなったと黒猫にきかされた。
鯉に食べられたか、それとも目の前で満足そうに腹をなめている黒猫にとられたかは、
―― 知りたくもないので、きいていない。
おつきあいくださった方、目をとめてくださった方、ありがとうございました。
よろしければ『サトリ』のほうにじいさんが。『西堀の』に黒猫がでておりますので、のぞいてやってください




