ここには いねえが・・・
―― ※※ ――
「―― たしかに言われちゃいねえが、・・・墓をつくるなっていうくらいだからよ・・・」
金色の眼でそれをきいた黒猫は、うなずくように頭をおろすと、きいたかヒコのじいさんよ、と位牌のほうをむき、いつもの割れ金のような笑いをこぼした。
『・・・なあ聞けや、ヒコ。おれには墓があるが、おれはそこにははいってねえ。けど、まわりのモンはそこでおれが成仏したと思ってる。それでいいのよ。 おれにあとを頼まれた番頭たちにとっちゃあ、それでいい。それと同じだろうよ。 おめえのじいさんは、なにもこの世に残っちゃいねえだろうが、おめえとこの世にいたってことに嘘はねえ。 それが嘘じゃあねえ『しるし』に、その坊さんがこれを作ってくれたのよ。 ―― だから、こりゃあよオ、おめえがじいさんに頼まれたとおりに、最後 おくったしるし じゃねえか 』
猫が前足で位牌を転がす。
カラン、と軽い音をたてたその木を、ヒコイチはあわててひろう。
撫でた木の表面は、もう何度も拭いているのでつやがでるほどだが、坊主の手による墨あとは、黒く濃いままだ。
なにやら達筆すぎて読めないのだが、じいさんの名が入っていることだけは、あのときのヒコイチにもすぐにわかった。
だから、なんとなく、そこにじいさんが残っているみたいに感じたのだ。
「・・・そうか。ここには、じいさんはいねえか・・・」
そういわれてみればそうだ。
じいさんがいるのはヒコイチの中だから、あんなふうに瓶屋敷をめざしていたときに、急に出てくることもできたのだ。
猫が返事の代わりにみゃう、と鳴いた。




