金魚
「さあさあ、みてやってください。あの金魚屋のせいでひどいことになりましてなア」
隠居はヒコイチの腕をひき、板の間に並んだ瓶をしめした。
こわごわ瓶をのぞいてみれば、 ―― なにもいない。
「なにしろオフジは赤いワキンが『好物』でしてなア。―― いくらくれてやっても、たりない、ゆうんです」
こうぶつ? くれてやっても?
ひちゃ
と、湿った音がして、ヒコイチはここでようやく、―― 床の間の掛け軸に目をやった。
「・・・・・・・お・・」 声にならないうめきがもれた。
床の間にさがった掛け軸に、おかしなものがはりついている。
まえとかわらぬ網をもった女の画だが、その女の口もとに、水あめみたいな薄い橙色のかたまりがへばりつき、ヒコイチの見ている前でそれが、ひちゃり、と音をたてて動いた。
・・・・尾・・っぽだ・・魚・・いや、 金魚の・・
「まちごうて持ってこられたリュウキンなのに、オフジが我慢できずに、《 ひきこんで 》しまいましてねエ」
ひちゃ、と金魚の尾がゆれる。
「あの掛け軸を初めてここの床の間に飾ったときに、瓶に金魚を入れて近くに置いたらおもしろかろうと思いましてねエ。 そうしたらある時、金魚がいなくなっておりました。こりゃ猫にでも食われたかと思い、今度は部屋を閉め切っておいたのですが、やはりいなくなる。 そうしたらねエ、気づいたんですよ。 ほら、オフジの足元に、桶がございましょう?―― 」
ヒコイチが目をやった画の中の桶には、前に描かれていたはずの金魚はいない。
「あの桶の金魚の数が、日によって、違て(ちごおて)おりましてなア・・・」




