※※ ― つまらない思い出
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「 なあヒコよ、おれが死んだなら、墓をつくるな 」
ある日、じいさんが囲炉裏のむこうで罠につかう竹をけずりながら口にした。
「・・つくらないなら、じいちゃんはどこに埋めりゃいいんだよ」
まだ八つにもなっていないが、ヒコイチは、死んだらみんな《埋める》ことを知っている。埋めた場所が、『墓』になる。
猪だって鹿だって食えるところをとったあとは埋めて、土に返す。猟師たちで墓の代わりに塚をつくり、年に一度は弔いもする。
じいさんは珍しくヒコイチの問いにわらいをこぼし、埋めなくていい、と言った。
「里のモンにも言っておく。最後はヒコイチに任すようにな」
「さいごって?」
「川に流すか、海におとせ。このあたりの谷あいで川に落とせば、楽だがな。里人に見つかると面倒な騒ぎになるかもしれんから、海のほうがよかろう。 むこうの『針棚』まで荷車で運んで、針の間に落とせ」
『針棚』とは、とがって細い岩が海にささるように集まった岩棚がある高台で、細長い『針』とよばれる岩の間には、いつでも高い白波がたっている。
「あそこならあがってこねえし、浜にうちあがることもねえ。 それと、おれの物はなにも残すな。―― 行李の中にある袋もいっしょに、海におとせ」
その行李の袋は細長く、中には刀があるのを、ヒコイチは知っている。
じいさんがそうしてほしいのなら、ヒコイチはそうする。
うん、とうなずくしかない。
「 ・・・手間だがな、おめえにしか頼めねえ。おれは、残したくねえのよ。この世に。 ああ、だけどな、 ―― おめえは、おれのことをおぼえてりゃ、それはそンでいい」
じいさんの竹をけずる手元をながめながら、ヒコイチはもう一度、うん、とうなずいた。
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