知ってやがったな
「おい乾物屋!てめえ、知ってやがったな?」
ヒコイチのせまい家、窓からすっとはいってきた黒猫にどなりつけた。
『なんだいヒコ。そんな怒鳴り散らすとまた、むこうのおかみさんが心配すんだろ』
たしかに前もこの猫をどなり、ふだんおとなしいヒコイチがどうしたと、同じ長屋のおかみさんたちが心配してのぞきに来たことがある。
ち、と舌をうったヒコイチは、起きたときにつくった湯冷ましを鉄瓶からついで一気にあおると、声をおとして文句のつづきをはじめた。
「―― あの瓶が並んだ隠居の家、あのあたりじゃずいぶんと名が通ってるそうじゃねえか」
『ああ、《瓶屋敷》ってな』
「それになあ、隠居はとじこもってるわけじゃねえだろ」
『ほう、中に入ったか?それじゃあ、あの門のとこの瓶もどけたか?』
「どけてねえよ」
帰るときはあの三段分をとび越えたのだ。
なんでえヒコ、と黒猫が、ばったり、と横になる。
『―― おめえなら瓶の一つか二つは蹴り割ってくるかと思ったのによ』たよりにならねえなあ、と足の毛をなめるようすに腹が立つ。
「なんだと、おい、―― あの隠居が《掛け軸の女を囲ってる》ってのは、知ってたんだろ?」