ぐっと口をとじる
乾物屋である《黒猫》にそそのかされて、つい足をむけてしまったが、聞いたのは『金魚をいれた瓶を家の前に並べてとじこもってる男がいてな』というものだった。
その『男』の、猫みたいなわらった顔をこうして目の前にして、どこかのクニの訛りのある声をじかにきいてみれば、たしかに聞いていたように、入り口には隙間なく瓶を並べてはいたが、こちらに声をかけてきたのはむこうであるし、どうも、『とじこもって』いるようには思えない。
《おぼっちゃま》にこのはなしを売るにしたって、ほんとうにおもしろいという話でなければ金はでない。
乾物屋は、ここに来ればぼっちゃまが買いたくなるようなおもしろい話がころがっているかのように尾っぽをふってみせたが・・・、どうもこれは、―― 女にせがまれたまま金魚をあつめた《変わった隠居のはなし》になりそうだ。
「―― まあ、そういうことにもなりましょうがねエ、なにしろほら、みてのとおりオフジは金魚を買いにもでられませんでしょ?」
・・・『みてのとおり』?
ヒコイチがその掛け軸にあらためて目をながしたとき、ああ、と叫んだ隠居が板の間に走り、並んだ瓶の間に起用に足をつっこみながら、掛け軸のさがる床の間をめざした。
「こりゃすまんかった、いつのまにやら陽があたってたわなあ。暑かったか?肌が赤くなってないか?ああ、そんならええわ。――― すまんかったなあ。オフジ」
謝りながらはずした掛け軸を、いとおしげに巻き取る男を、ヒコイチはぐっと口をとじて見守った。




